19世紀後半の東アジアへの欧米諸国の進出に対し、朝鮮は近代化(欧米化)の道を探り始めます。その際、①宗主国である清、②一足先に近代化を進め始めた日本、③欧米諸国の1つであるロシア、それぞれの国との関係を深めようとの考えが出てきます。それに政権内部の抗争が絡んで外交方針は安定しませんでした。
さらに、日清戦争・下関条約での清の宗主権喪失、三国干渉での日本の遼東半島返還がおき、ロシアの立場が優勢になっていきます。
そのような状況下でおこった殺害事件は日本と親日派による武力行動ですから、ロシアを頼るのは必然的ではないでしょうか。
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