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東西ドイツの間で、アメリカを中心とする西側諸国とソ連を中心とする東側諸国とに分かれ、冷戦の体制が整いました。
資本主義と社会主義、どちらが世界のリーダーシップをとるのか。武力による争いをするわけではなく、大国同士が直接ぶつかり合うわけではないが理解しあうこともないという状況が続きました。これが、冷戦の始まりです。
日本の影響は、また追加で書きます!
冷戦の緊張が緩和される流れの中で、日本はソ連とも国交を回復し(日ソ共同宣言)、ソ連の承認を得て、国際連合への加盟を認められました(1956) 。
しかし、東西の対立(共産主義諸国と資本主義諸国の対立)がなくなったわけではありませんでした。
インドシナ半島のベトナムでは、資本主義の南ベトナム(ベトナム共和国)と共産主義の北ベトナム(ベトナム民主共和国)が対立しており、アメリカは南ベトナムを支援するために北ベトナムを爆撃機で攻撃します(北爆)。一方、北ベトナムは中国の支援を受けました(1965)。このベトナムを巡るアメリカと北ベトナムの実質的な戦争をベトナム戦争と言います。北爆には沖縄にある米軍基地も使用され、日本でも抗議行動がおこります。
政府はベトナム戦争を含むアメリカのアジア政策に協力する立場から、同じ資本主義の国である韓国と国交を結びました(日韓基本条約、1965)。
しかし、ベトナム戦争は長期化し、アメリカ経済は膨大な軍事費などにより赤字が続き、危機的状態になりました。アメリカはベトナム戦争を打開するため、北ベトナムの支援国である中国(中華人民共和国)への接近をはかります。それまでアメリカは共産主義国家である本土の中華人民共和国を正式な国として認めず、資本主義である台湾の政府を正当な中国政府だとしてきました。しかし、台湾政府を否定して中華人民共和国を正式の中国政府として認めることで中国と和解(1972)し、これをもとにベトナム戦争を終結させました(1973)。
日本もアメリカと同様に中華人民共和国を正式な政府として認め、1972年に日中共同声明を発表し国交を樹立し、1978年には日中平和友好条約を結びました。
1989年から1991年にかけて東西ドイツの統一やソ連の崩壊などによって、かつてのソ連を中心とする東側陣営というものはなくなり、冷戦は終わりました。
結果的に、日本には良い影響が多かったと思います。たくさんの友好条約を結び、関係性も良くなったし、国際連合に加盟して、経済も進めれる状態となったことが、日本への影響だと思います。
ありがとうございます!!
こんなに書いてくれて嬉しいです✨
はい!ありがとうございます😭
めっちゃ分かりやすいです✨