回答

✨ ベストアンサー ✨

現状2011年の震災以降、原子力発電は減ってしまい、今は火力発電でほとんどをまかなっております。火力発電を使うことの問題は二酸化炭素(CO2)の排出が抑えられないことです。

再生可能エネルギーは不安定でなかなか安定して発電することができません。太陽光発電は夜間はゼロです。風力も風がなければゼロです。

例えばですが、

日本は温泉がよく出るので、その近くに地熱発電所を設置し、原子力発電に置き換えられると考えた。ソーラーパネルを増やし、昼間の発電量の底上げを行なうことで、二酸化炭素をなるべく排出しないようにするため。

などと書くと良いかもしれません。

絵と字が汚くてすみません

冬雛

ありがとうございます

ひふみ

ベストアンサーが決まっているのに、質問してすみません。

昼の太陽光は、一見良い案に見えますが、
太陽のでない日(曇り、雨、台風、大雪)の日は、大都市が停電になりかねません。
太陽がでない日は、働くな、みんな家にこもって、電気使うなで良いでしょうかね?

この手の問題を出す学校の先生は、模範解答を用意しているのでしょうかね。
夢や理想は大切ですが、
技術は、夢を語る教科ではないです。技術をもって、課題解決をする教科です。

そうなると、資本主義という生活スタイルまで、手を突っ込まないと、電気の利用は解決しない課題だと、個人的には感じています。
そんなことを言い出せば、技術の先生は、たちまち立ち往生でしょうね。

自然由来の発電の発電量は、自然の影響を受けるので不安定です。
太陽光パネルも、変換率はそんなに高くありません。日本中、太陽光パネルで埋め尽くしても、そんな大量の電気は作れなかったと思います。
きれい事では、消費電力量(=人の欲望)をまかなうことができません。

そう言った事に対する、きれい事ではなく、学校の先生の見解(先生自身の考え)を聞いてみたいですね。

shotanet

ひふみさんのご指摘はご最もです。
私は工業高校で電気を学び今もIT系ですがエンジニアをしております。デメリットがある上で中学生の学習範囲内で理想を書きました。私個人の考えでは良いアイディアを出すために制約を一旦外して究極の理想を考えるという観点からこう書いています。技術が発展するときというのは理想や情熱があったからこそと考えるからです。

現状の太陽光発電はまだ数%にも満たない状態です。太陽光パネルを設置することで森林伐採を行うことが、この前熱海で起きた土石流災害の一因とも言われています。

実は地熱発電も実は日本の火山近くは国立公園に指定されており、建物の建造が許されておらず、生態系へ影響も計り知れない状態です。

さらに再生可能エネルギーの課題は蓄電にあります。テスラモーター社が充電池の開発に力を入れていまして、これが普及することで夜間も太陽光発電で作った電気を使えるようになるかなと思います。

いま中学生に求められているのは自分の知識の中から自分の考えを作り出すこと、その根拠を説明できるようになる力です。

またこのように違う意見が出たときは「議論」をして知識や認識の違いを受け入れ深め合うという行為そのものを中学生が身につけるべき力とされています。

ですので続けます。

ベース供給力としての原子力をどうするかという問題です。2011の震災が起きる前までは日本も温暖化防止運動の一環として、原子力発電の割合を更に増やす計画でした。原子力発電を戻すかどうか。なくしたときの代案はどうするのか。他の国はどうしているか。

冬雛さんは、ご自分で調べたりひふみさんなどの意見を聞いた上で自分の考えを持てるようになることを願っています。

この問題自体、日本中を巻き込む議論であるべきはずなのに教科書数行のクイズのような形で済ませてしまおうというところに教育の限界を感じます。そこは別の課題なので一旦おいておくとして、再生可能エネルギーの利用を増やすというのが世界の流行であり、不安定なエネルギーをどう扱っていくかという答えを出すことに力を入れていかなければなりません。

ここで別案を提示するのは「課題を出すという学習」の妨げになるのでやりませんが、異議ももちろんある意見だと思ってご自分の答えとして採用していただきたいです。もしくは更に調べた答えを書いていただくのが理想かなと思います。

ひふみさんは疑義の提示ありがとうございます。
冬雛さんの勉強応援しています!

ひふみ

技術屋として、良い見識だと同感します。
大人げない私が、申し訳ないくらいですねOrz

エネルギー政策や、発電を取り巻く現状に対する的確な洞察と分析は、さすがです。
私も、勉強になりました。

個人的に、
技術教師は、技術の教科の範囲内でしか授業をしないというか、それすら満足にできていないことを、良しとしていません。
(中には、技術の先生であることは、学校の教師になる方便で、本心は、好きな部活指導がしたいとか、安定した収入が欲しいというか、技術にこだわりを持たない先生も多いですからね。)

戦略的勝利を、戦術的勝利ではくつがえせない。
戦術レベルで終始する感じが、嫌なのです。(技術の教科書の範囲内だけの、課題提示)
戦術的な事を知り尽くしているからこそ、戦略にまで思惑がいくのだと、日々考えています。

歴史とか社会を考える時に、技術的視点(論理的な考え方)で物事を考えて欲しいのです。
社会の先生の発問なら、ま、文系の理論倒れの先生の発想だから、しゃーないという気になりますが、技術の先生の発問なら、もっと、現実を直視した視点の授業を展開されることを願うばかりです。

もし、そうじゃなかったら、生徒の方から、突き上げる形になるでしょうが、私のような疑義を先生に、投げかけて欲しいのです。
提示された盤面をひっくり返すようなより、大きなスケールの質問を
それが成り立ってこそ、授業における「主体的・対話的深い学び」であり、生徒が調べ考えたが故にでてきた疑問に対応できてこそ、新指導要領に求められるこれからの先生だと考えています。

最後に、shotanetさんて良心的な方だと思います。それで、良いと思います。
〉ここで別案を提示するのは「課題を出すという学習」の妨げになるのでやりません
なんて、大人の対応なのでしょう。
それにひきかえ、私は、大人げないですよね。平気で、課題の前提をひっくり返してしましますからね。
お恥ずかしい限りです。

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