作文
中学生
解決済み

作文のテーマが一枚目で2枚目のように書きました。

アドバイスをいただきたいです。文字数が足りないのでどのように足せばいいかも知りたいです。
また皆さんだったらどのように回答するか教えていただきたいです。

【作文】(六〇分) 世の中には、「科学的である」と考えられているものと、「科学的 でない」と考えられているものがあります。この両者を分ける基準 は、何だと思いますか? 具体例を示しながら、その基準を六〇〇 字以内で述べなさい。
提正 私 J 科学的である」 と 張 60 729 「科学的でない」を分ける基準は、和を の主張や理論が普遍性をもち、さらに肯定する側とを定する側の双方が、 観測則や実験によって検証 反証を行える条件が整っていることを前提とし、特定 人の主観や信念に依存せず、誰誰が検証しても同じ結果が得られるかどうか が両者を分ける基準であると考える。例えば、ラッセルの提唱した「宇宙には <ティーポットが存在する」という説は、存在を確認する方法も示されていない しかし、ラッセルは、この説との対比判者にに宇宙にティーポットは存在しないことを 証明する責任を求めた。科学的な主張であるならば、本来は提唱者自身 10 200 240 250 220 190 がその正しさを検証可能な形で示す必要がある。このように。 280 6 164 いかなる条件でも 反証できない主張は、科学ではなく仮定や信念になりうる。また、普遍性 検証とが る条件にない 300 310 900 320 に欠けた主張は将来の観測や実験によって誤りであると示される可能性を含ん 330 340 でいる。 360 こそが、 ¥10 以上より主張が普遍的であり、肯定・否定の両立場が証明可能であること 「科学的である」と「科学的でない」を分ける基準であると考えた。 300 +20 (429) 400

回答

✨ ベストアンサー ✨

【文章のアドバイス】

一段落目
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私は、「科学的である」と「科学的でない」を分ける基準は、提唱者の主張や理論が普遍性をもち、さらに肯定する側と否定する側の双方が、観測や実験によって検証・反証を行える条件が整っていること、を前提とし、特定の人の主観や信念に依存せず、誰もが検証しても同じ結果が得られるかどうかが、両者を分ける基準であると考える。
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主語と述語が合っていないので直したほうがいいですね。
あと、「普遍性を持つ」と「同じ結果が得られる」など、内容が被っている部分がありますね。

おそらく内容が抽象的なので書きにくかったのではないでしょうか。

抽象的な内容をゼロから文章に起こすのは難しいですが、一度具体的な内容で文章を作り、それを抽象的に書き換える方法をとれば比較的簡単に書けるはずです。

ということで、ここではまずラッセルのティーポットという具体例で同じ内容を書き、後から抽象的に書き直してみます。

上の文章の内容について、ラッセルのティーポットという具体例で書いてみると……

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ラッセルのティーポットが「科学的である」か「科学的でないか」を判断するには
「宇宙にティーポットがある」という主張を肯定する側と否定する側の双方が、「宇宙にティーポットがある」という主張を観測や実験によって検証することが可能であり、その検証において得られる結果が特定の人の主観や信念に依存せず、普遍的であることを確認すれば良い。
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↓抽象的に書き換えてみます。ぜひ上の文章と下の文章を見比べてみてください。

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ある事象が「科学的である」か「科学的でないか」を判断するには
主張を肯定する側と否定する側の双方が、主張を観測や実験によって検証あるいは反証することが可能であり、その検証において得られる結果が特定の人の主観や信念に依存せず、普遍的であることを確認すれば良い。
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どうでしょうか

2段落目
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例えば、ラッセルの提唱した「宇宙にはティーポットが存在する」という説は、存在を確認する方法も示されていない。しかし、ラッセルは、この説の批判者に、宇宙にティーポットが存在しないことを証明する責任を求めた。科学的な主張であるならば、本来は提唱者自身がその正しさを検証可能な形で示す必要がある。
>>>>>>>

一段落目の内容を振り返ってみます。
「科学的あるということは、誰もが実験可能であり、その結果が普遍的であるということである」
という内容でした。
これを確認した上で、2段落目を読み返してみてください。話の内容がズレていますね。ラッセルのティーポットの前に、この『例えば』が機能しているかどうかを立証する責任がありそうです。

ーーーーーーー
例えば、ラッセルが提唱した「宇宙のティーポット」説は、この基準を満たさない。なぜなら、その存在を確認する具体的な方法が示されておらず、「誰もが検証できる」という条件を放棄しているからだ。本来、科学的な主張には、他者が客観的に正しさを確かめられる、あるいは間違いを指摘できる手続きが不可欠である。ラッセルのように「存在しないことが証明できないなら、自分の主張は正しい」と強弁し、検証の責任を他者に押し付ける態度は、普遍性を欠いた非科学的なものと言える。
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3段落目
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このように、いかなる条件でも反証できない主張は、科学ではなく仮定や信念になりうる。また、普遍性に欠けた主張は将来の観測や実験によって誤りであると示される可能性を含んでいる。以上より主張が普遍的であり、肯定・否定の両立場が証明可能であることこそが、「科学的である」と「科学的でない」を分ける基準であると考えた。
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書き換えた文章に合わせてこちらも書き直します。

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このように、検証の手続きが示されず、反証の余地すら閉じられた主張は、科学ではなく単なる「個人の信念」にすぎない。客観的な再現性が担保されない限り、それは他者と共有できる知識にはなり得ないからである。したがって、特定の主観に依存せず、誰もが実験や観測を通して「正しいか、あるいは間違いか」を判定できるオープンな性質こそが、科学と非科学を分ける真の境界線であると考える。
ーーーーーーー

【文字数を稼ぐために】

一段落目の内容を振り返ってみます。
「科学的あるということは、誰もが実験可能であり、その結果が普遍的であるということである」
という内容でした。

文字数を稼ぐには、後半部分の「その結果が(検証する人や場所によらず)普遍的である」という内容の具体例を書き足せば良いでしょうね。

書き換えた2段落目の内容は、これの前半部分「誰もが実験可能であり」という部分に触れた具体例でしたので。

「猫は可愛い」とか、人によって意見が変わってきますから良い例かと思います。
私は可愛いと思いますよ。猫アレルギーなので飼うことができないのが悲しいです……。

As we are

わかりやすく詳しい返事をありがとうございます!!参考にさせていただきます。
猫ちゃん可愛いですよね🐈
私も猫アレルギーです。。。。

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