国語的な話になりますけど、基本的に説明的長文は抽象→具体→抽象→具体の順に展開されます。
一つ目の何故?の部分と同じことを言っている(一つ目の何故の部分は抽象なので次に来るのは具体)のはつまり〜
から始まる部分です。
要はプラシーボ効果(例えばただのラムネなのに、薬と偽られて飲んだ場合、薬らしきものを飲んだという事実に満足して何故か体調が良くなること)が人体にはある以上、その効力は無視できないわけである。
だからこそ本当にその薬は効果があるのかを調べる際は、プラシーボ効果込みで考えなければならないというお話である。
例えばコロナの治療薬を作った場合、
コロナ患者100人と薬Aと薬Bをそれぞれ用意する。
薬Aは本当の薬、Bはダミーだとする。
100人をそれぞれ50で割って2組に分け、それぞれ薬を飲ませる。その際薬Aにはコロナに対する効果がないのにも関わらず、プラシーボ効果で治ってしまう人もいる。しかしその際にBも同じ程度が治った場合、それはプラシーボと分かる。
なのでプラシーボ効果が存在することを織り込んだ上で、こうした研究は行わなければならないので、患者本人が本物の薬を飲んだと思うような、リアルな偽薬を使うべきであるということです。
そして二つ目のどゆこと?の部分で言われていることは、上記のプラシーボ効果がある以上、単純な投薬実験でもって、治療薬Aのお陰でコロナが治ったとするのは早計であり、その投薬した患者本人の性格(本文の言葉を使うなら、騙されやすいお人好しさんがプラシーボで治っただけの可能性もある)を加味しなければならんって事ですね。