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日本が苦戦しながらも連戦連勝し、戦争に勝ったことは確かで、大勝利といっても間違いではありません。しかし、小国ゆえ、すでに経済は逼迫し、国力は尽き、対するロシアは、やはり大国で、破砕されたのは海軍のみ、北満、シベリア、ヨーロッパ本国方面に、陸軍は健在でした。
日露両国とも、お互いに、そうした状況は把握し合っていたため、講和会議では、ロシアは頑張り、日本は強硬姿勢を徹底することができませんでした。
しかし、賠償金や樺太全部を獲得できなかったのは、そうした、軍事、経済だけのせいではありません。
好意的だったアメリカ世論と、ルーズベルト大統領の変心・世界戦略-ロシアを追い出し、極東の強国となった日本への警戒-から、講和会議では、アメリカは、アジアでの国際勢力の均衡を謀るため、これ以上、ロシアを追い詰めないように、裏でロシアに味方したのです。また、現地ポーツマスで、ロシア外相ウィッテは、アメリカの新聞を味方に付けて、ロシアの立場を宣伝、アメリカ世論を、ロシアに好意的に転換させました。
ルーズベルト大統領は、日本人を尊敬しましたが、自国の世界戦略のため、嫌いなロシア人を、完全な壊滅から救い出そうとしたのです。
日本が賠償金獲得まではできなかった、理由の一つです。
とてもわかりやすいです!
ありがとうございます!