都道府県レベルでは和歌山県の飛び地が奈良県と三重県の間にありますから地図帳で確認してみましょう。北山村というところです。市町村レベル、町丁字レベルですと全国で無数にあります。国レベルですとアメリカ合衆国の飛び地アラスカ州とか、ロシア連邦の飛び地カリーニングラードとかがあります。1971までですとインドをはさんでパキスタンと東パキスタンの飛び地国家が有名でしたが東パキスタン(現在のバングラデシュ)が独立して解消しました。
それはいろんなパターンがありすぎてなんとも・・・。
いくつか紹介しますね。
(1)日本はほとんどの農村が集村です。集村というのは村人の家がひとところに集まって暮らしている村です。生活用水が乏しいところでは泉の近くに住もうとします。よく氾濫が起こる川の近くではちょっとした丘に集まって住むようになります。田植えや稲刈りなど農作業上、住民同士で密な繋がりを保たなければならないなども作用してそうなります。ということは各農家はそれぞれの農地をそれぞれの屋敷の周りに配置することはできないわけです。Aさんは村から数百メートル以内の田畑ばかりだけど、Bさんは全ての農地が5キロ以上先というような不平等が存在すると、特に車のなかった時代では対等な人間関係が築けないですね。お祭りの準備をみんなで分担しましょうといっても、日常生活に格差があるとそうした分担も平等にはできません。ですから農地の持ち方に工夫が要るわけです。村人が全員近くに田一枚、少し歩いたところに五枚、半日かかる遠いところに畑というふうに、各農家が何箇所にも別れた農地を持つようになります。同じような配慮は村からの距離だけではなく水の豊富なところと乏しいところ、土が良いところと悪いところ、日当たりが良いところと悪いところなどでも有利不利が出にくいように少しずつ持ち合うわけです。すると村から遠方では隣接する他村の住民の農地が混在することも珍しくありません。現在のような厳密な境界線で囲まれた、面積を測れるようなきっちりとした市町村の原型ができたのは、1888年の「町村制」という法律が公布されて以降です。今では土地所有関係と自治体の範域とは無関係です(A市の市民がB市内の農地を購入してもA市にはなりません)が、明治期に新たに厳密な境界線を引く必要が出たときにA村の範囲はA村の集落部とA村の住民が所有する農地の範囲であると判断された地域では、必然的に飛び地が発生するわけです。その後、昭和の合併や平成の合併で隣り合う村が一つの同じ自治体に属するようになれば飛び地は解消しますが、そうでなければ飛び地のまま残り続けます。私の知る限りでは1960年代から1980年代頃に隣接する市同士で交換するなどして飛び地を解消させたところも多いですが、住宅地化の波に合わせてやっていた感も強いので、住宅地化の時代的ずれに応じてこうした交換分合の時代も地域差が大きいものと考えられます。
(2)降水量にあまり恵まれていない平野部では、灌漑による水稲作がよく行われます。灌漑にもいろいろありますが溜池灌漑が行われる地域にはよく飛び地が生じます。自分の村が河川の下流部にあったとしても、溜池はできるだけ上流部の河川そばに設置したいものです。より確実に河川から溜池に水が供給できるからです。そうするとしばしば自分の村の範域からはずれたところに、村の全住民による共有財産である溜池が存在する結果になります。一人の村人が遠いところに土地を持っているだけなら無視されても、全村民の共有財産であれば飛び地として扱われるのが普通です。同様に集落から数キロ先の里山に燃料用の枝拾い・草刈をするための共有林があったり、川のそばに屋根材に用いる萱刈場を共有していたりすることもありますので、これらも飛び地になりやすいです。池が埋められて公園になっていても、高速道路のインターチェンジができていても、池の形のままの飛び地が残ります。山の斜面が住宅地になったり、工業団地が造成されても飛び地のまま残ります。
(3)長くなりましたが珍しい例をもう一つ紹介します。ある村には大きな神社があって、その村自体が聖なる村との自覚のある地域がありました。昔日本では出産や出産後約1ヶ月の期間はケガレているとする考え方「産穢(さんえ)」が信じられていて、家の中で出産したり、産後の期間を家で過ごすことが許されない地域も珍しくなかったんです。その村では、家どころか、村の中でお産をすることが禁じられていたんです。そこで村共有の産屋(うぶや)を建てて、お産と産後の生活はそこですることとして村内の妊産婦が共同生活を送っていました(1970年頃まで)。そこは集落の目と鼻の先で、小さな丘があって木が植わっているので集落からは見えない位置になります。しかし、調べるとなんとその産屋の建っている土地だけが隣り村の飛び地だというのです。形だけでも「村の外」なら聖なる村はケガレないと考えたのでしょう。これはかなりの特殊事情だと思います。
なぜ、飛地ができたのですか?