✨ ベストアンサー ✨
収穫量の3%は幕府が貰います!
ていうことです。
なんの収穫量の3パーセントをの納めるんですか?
地価の3パーセントを地租として
納めさせていたのではないんですか?
その時の米の価格が地価のことですよ〜
収穫量のかわりに収穫力(その地域の育ちやすさなど)に応じて決められてるのが地価なので噛み砕いてみましたがちょっとやりすぎましたかね?
歴史用語は難しい言葉のままより少し噛み砕いてでも意味を理解した方がいいと思います!
今は都会とか田舎とかで地価は変わりますけど
江戸時代とか明治時代とかだとまだ米がよく収穫できるところが地価が高いですからね!
なるほど…
教科書には
【面積を調査して地価を定めた】
と記載されていますが
これは中学生の教科書だからですよね?
本来はもう少し複雑で、HKSさんが書いたようなものということですかね
幕府は安定した税を集めたかったから米の量で税を集めるよりも、土地を持ってる人がその土地で稼げる米の量の3%を政府に納めろってことだと思うんですけどね、(収穫量に変わって収穫力と教わったので)
横から失礼します
「収穫量の3%」とするのは少し言い過ぎかもしれません、語弊が生じてしまいます。
「地租改正」では、
「地価の3%」を税金として収める、という方式を用いることになりました。
「地価」とは、その土地ごとに付けられた価値のことだから、
収穫量の高い土地には高い地価がつくわけですね。(H.K.Sさんが言ってたのはこのことだと思う)
で、
それまでは「その年の収穫量に応じて年貢が変わる」というシステムで、米が採れねえ年はちょっとの年貢で許されてたんですけど、
「地価の3%」となってしまったからには、
ぜんっぜん米が採れない年でも税金は変わんないということです。
この制度で政府は安定した税収をゲットしたが、
農民は苦しくなってしまいましたね。なので直後に「地租改正反対一揆」によって2.5%まで引き下げられましたね。
語彙が崩壊してた僕の説明を完璧にしてくださりありがとうございます!
なるほど
理解できました🤲
へい!!

そうなんですね!!
解決できて良かったです!!