「シベリア出兵」とは、第一次世界大戦の連合国(日本、イギリス、アメリカ、フランス、イタリア、カナダ、中国)が、「革命軍に囚われたチェコ軍の兵士を救出するため」に、シベリアに出兵したことをいいます。
もっとも、チェコの兵士救出というのは大義名分で、ロシア革命に対する干渉が目的だったと言われています。
1918年から始まり、チェコの兵士引き上げがおわった1920年ごろには、他の国は撤退しました。
しかし、日本は何かと理由をつけて、1922年まで単独で駐留しています。
この結果、国際的な不信を集め、国内での批判も高まったため、日本は撤兵しましたが、多くの死傷者を出し、多くの戦費も費やすことになりました。
この出兵は日米関係の悪化を招き、日ソ国交回復の妨げとなっただけだったと言われています。