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答え教えてください!! ノートに書いてなくてなんとなく授業で言っていたような気がした内容は、院政をしていた後鳥羽上皇は先例に囚われない自由な政治で不安に思う人が多かったからっていうのです

(3)[ポスター]の下線部aの乱の際、 後鳥羽上皇が出した命令が [資料2] である。 それに対 もし、[資料3] は、 北条政子が御家人によびかけた言葉である。 [資料 2] [資料 3] を参考 に、なぜ下線部bのように、 後鳥羽上皇に味方する武士が少なかったのか、 その理由を説 明しなさい。 ] [資料2] 後鳥羽上皇の北条義時追討の命令 [資料3] 北条政子の言葉 (1221 (承久3)年5月19日) かんとう ちあんじ めいもく 近ごろ, 北条義時は関東の治安維持という名目 みな しょうぐん よく聞きなさい。 これが最後の言葉である。 で、天下の政治をみだしている。 将軍はいるがま なによりともこう ちょうてい てき たお ぱく おさな ねんれい ほうじょうまさこ が朝廷の敵を倒し、幕府を開いてから, だ幼い年齢だ。義時は、将軍北条政子の命令 おん しょう だといって, ほしいままに政治や訴訟の裁きを全 国各地に対して行っている。 まるで朝廷が定めた きまりを忘れてしまっているようだ。 これはまさ ちょうてい 0 官位や土地など,その御恩は山よりも高く海よりも いよ むく。 ・・・名誉を失いたくない者は,敵を討ち幕府を守りな さい。 この御恩に報いる心が浅くてよいはずがない。 ごきしちどう むほん しく謀反であろう。 早々に五畿七道の諸国に命令 しゅご じとう して義時をうて。 また諸国の守護・地頭は,裁き かまくら を受けたいことがあるなら, 鎌倉ではなく朝廷へ (『小松氏所蔵文書」 要約) まいるようにせよ。 (吾妻鏡」より、一部要約》

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(4)①はなぜアになるのか教えていただきたいです。

カード2 中世 b鎌倉時代になると、寺社の門前や交通の便利な所には定期市が開かれ、人々が集まって町が生ま れた。室町時代に入ると、定期市の回数も増え、交通の盛んな所では、物資を運ぶ馬借や、問と 呼ばれた運送業をかねた倉庫業者が活動した。 (3) 下線部bにかかわって、鎌倉時代の定期市で主に取引に使われていた貨幣として、最も適切なものを、 次のア~エから1つ選び、記号を書きなさい。 [ア 和同開珎 宋銭 ウ 富本銭 (4) 下線部 cにかかわって、 各問いに答えなさい。 明 ] おうみ くつき 資料2 近江国朽木関 関銭表 ① 桜さんは資料2から考えたことをノート1にまとめた。 ノート 1のい うに当てはまる数字の組み合わせとして適切なも のを、下のア~エから1つ選び、記号を書きなさい。 品物 荷駄 歩荷 海藻 7文 魚 7文 鉄 10文 ノート1 品物を持って朽木関を通るためには、 何文か費用が かかる。魚であれば、 荷駄で7文、 歩荷で3文である。 鉄を 歩荷として米10俵分運ぶとい 文かかるが、 馬で同量運ぶよ りう文安くなる。 銅 20文 3335 3文 3文 3文 5 文 文文文文 荷駄は馬1頭に積める米2俵分 歩荷は人が背負える米 1俵分 20 資料3 楽市令 い 30 う 20 イい 30 う 70 - ウい 50 50 エ い 50 150 この安土の町は楽市としたの で、いろいろな座は廃止し、 さ ★②資料2のような明正は お鍋は除する。

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「くわしい中学歴史」というテキストを使って歴史を覚えようとしているのですが、 画像のように文章になっているため どのように覚えれば良いのかがわかりません。 文章を何度も丸写しするのはなんか違う気がします。 どのように覚えればいいでしょうか?

3 宗教・芸能・民衆の文化 A 禅宗と浄土真宗 (一向宗) ぜんしゅう りんざいしゅう 幕府の保護を受けた禅宗がさかんになりました。 とくに臨済宗が重 ござん じょうどしん んじられ, 京都と鎌倉の五山が重要な禅寺に指定されました。 浄土真 しゅう いっこうしゅう ほんがんじ れんにょ きんぎ とうかい ほくりく 宗(一向宗) では,本願寺の蓮如が活躍し, 近畿・北陸 東海地方を中 心に, 強大な教団を組織していきました。 B 能と狂言 ま でんがく さる 田植えのときに農民が歌い舞う田楽と, こっけいなものまね芸の猿 がく のう かん あみ あみ . 楽が結びつき, 能が生まれました。 観阿弥 世阿弥の父子は足利義満 の保護を受け,能を芸術に大成しました。 能の合間には, 民衆の感情 きょうげん を表現する狂言が演じられました。 • © 茶の湯 生け花 あさ みそ しょうゆ もめん ばな 禅宗の修行から発展した茶の湯が流行し, 茶室に花をかざる生け花 もさかんになりました。 民衆のくらしも変わり、床にかわって木綿の 着物が増えました。 食事が1日3度になったのも、 味噌や醤油がつ くられるようになったのも,この時代です。

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