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この俳句十五句の最後の3つの解説を教えてください。また、もうすぐ期末があり、記述問題はどのような問題が出ると予想できますか?

線情 とまろぎの こけるのでは やわらかい感 語叙事詩 昨句十五句 スホールしてるん 花鳥風月(自然界の美しいもの) 生命力 一日を見て感動し生命力がつらやま 草近 REW 「 俳 こしい? Fox tot Kur 自分 飛気 まさおか くにいるな人…遠い 夏草やベースボールの人遠し 猫絵・イラスト 青→文字 正岡子規 読み手が勝手に想像する 正岡子規 愛媛県に 山木」 ● どがある。 高浜虚子 愛媛県 百句 加藤 東京 ② 春の浜大いなる輪が画いてある →〇の形ががいて、 花鳥諷詠(見たままの情景高浜虚子 俳句にする) 病気 あセリ かとう しゅうそん ③ 木の葉ふりやまずいそぐないそぐないの葉が散ってほしくない 加藤楸邨 ゆい from 幸 転がるねころんで上を見上げたら空が海に似ている 木下夕 広島 雷」な 山口 秋草にまろべば空も海に似る孤独?海みたいし空を海にみたてる きのしたゆうじ 木下夕爾 京都 有子 港」「 努力 定・終止形詠嘆 中村草 中国 動的(俳句) 少年の指みどりなり少年ガホタルを手でとって手の中からホ山口誓子 夕いの光があふれ出ている 切れ字ではない 遠景緑 やわらかさ あこ 烹万緑の中や吾子の歯生え初むる 近白 春 なつかしさ さみしい なかむら くさたお 中村草田男 しば ふきお 卒業の兄と来てゐる場かなりしいけど兄が遠く行ってしまうのが芝 不器男 やわらかさ どじょう 音 ひしめているように感いえない ものの種にぎればいのちひしめける種をにぎることで新しい命 おたまじゃくし またがり 蝌蚪に打っ に打つ小石天変地異となるかとが地の中でいたら、小石をなげら野見山 朱鳥 れて大変なことになる。 ただく なまず 泥鰌浮いて鯰も居るというて沈む 雪ほかない・さびしい 無? 単な3情かもしれない 0 この道しかない春の雪ふる 有本 ひっそりと さしたところ 香 一日物伝はず蝶の影さす 戦争が廊下の奥に立つてゐた かぶとむし地球を損なわずに歩く いでぼんや溶 るりしてい るとき、ぼや 人やりとす が見えた雪 叙景→隠喩 耕 衣い的 ぱんりょ 媛県 「萬緑」 芝不器 愛媛県 器男句集 日野草城 東京都に 「人生の じゅしゃげ 野見山朱鳥 福岡県に生ま 珠沙華』『荊 永田耕衣 けいかん 兵庫県に あくりょう 永田 たねだ さんとうか 種田山頭火 古」「悪霊」 種田山頭火 山口県に おざき ほうさい 木塔」が 尾崎放哉 尾崎放哉 わたなべ はくせん 渡辺 白泉 うだ きよこ 宇多 喜代子 いけだ すみ 静的 鳥取県 空』があ 渡辺白泉 東京都 泉句集」 宇多喜代 山口県 「象」「記 わか よし分った君はつくつく法師である 千みちしるべ 印象に残った句を選び、声に出して読もう。 また、P に、選んだ俳句について批評しよう。 2 池田澄子 池田澄子 神奈川 「空の庭」 「歳時記」を活用し、さまざまな季 のうえで、次ページのコラムを参考に句

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中2国語 (1)なぜ たとえば なのですか?

2 5 2 〈随筆文の読み取り〉 次の文章を読んで、あとの問いに答えよ。 欧米にも我々のような社会生活を営むうえでの「常識」というのは当然ある。そ してそれは日本人の「常識」としばしば食い違うのもおもしろい。 しごく 私があ アメリカ人に大変世話になって、その次にその人の妹に会った。彼にはとても世 話になったのでよろしく伝えてください、と頼んだ。日本人なら至極あたり前のこ とだ。ところがその妹はつっけんどんに、私と兄とは別々の人間で関係ない。 その ようなことを頼まれるのは迷惑なことだ、と言うのでびっくりした。アメリカ人に とってはそんなことを言われるのは、常識外れということらしい。私はつくづく難 しいものだと思った。 2 「口に入れば口に従え」という。つまり、「常識」というのは、そのくらい地域 や家庭によって違う、ということだ。逆に言えば「常識」とは、必ずしも普遍的な 知識ではなく、また合理的ですぐれたルールというわけでもないのである。 にあてはまる接続語を答えよ。 (金田一春彦「日本語を反省してみませんか」より) 線①「そんなこと」は、具体的にはどの部分を指すか。文中から探し、初 めと終わりの五字をそれぞれ抜き出して答えよ。 ③線②「常識外れ」と同じ意味の言葉を、漢字三字で答えよ。 ④第一段落の体験を、筆者はどのように受け止めているか。それを表している一 文を探し、初めの五字を抜き出して答えよ。 線③ 「口に入れば口に従え」ということわざの口には、同じ言葉があて はまる。その言葉を漢字一字で答えよ。 ⑥ 本文の内容をまとめた、次の文の それぞれ抜き出して答えよ。 にあてはまる言葉を、本文から探し、 筆者は、「常識」は1によって違うもので、必ずしも ②ではなく、 ③でもないと結論づけている。 ふへん

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この文章の問題で 下線部②「いくつになっても」が直接修飾する文節を 本文中から1文節で書き抜いて答えなさい。 という問題なのですが 修飾するという意味がわからず、どこがどのように 修飾されているのか教えていただきたいです。

れつ 2 確認問題 小説 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 《「父」は苦学の末、満州国で医師免状を手にしたが、日本の敗戦に より帰国。国内では、満州での免状が認められなかったため、医師と して開業するためには国家試験に合格することが必要だった。 「父」 は既に三十を越える年齢だったが、合格を目指してひたすら勉強に励 んだ。 その間、家計は、妻子たちが内職によって支えていた。> 父は毎朝山へ出掛け、夕刻家へ帰ってくる。 山といっても、家を借りたり、 お寺の一室にこもったりしているのではなかった。近くの山に壊れかけたお 堂がある。その軒先に腰を掛けて、声を出して本を読むのである。若いうち、 二十代の半ばまでなら、目で通読しただけで記憶できる。だが年をとると、 音読しなければ意味がつかめなくなるのである。 記憶するとなると、 何度も 5 何度も唱えなければならぬ。 一番苦しかったのは父であったろう。息子たちを働かせ、しかも自分は金 苦 を使って勉強している。世間の常識とはまったく逆である。 その 痛は想像にあまりある。普通なら、「ついに俺には達成できなかった。だか ら、息子たちよ、お前たちが存分に勉強してくれ。」と言うはずである。こ れが現在の教育ママや教育パパの発想である。が、 これほど自堕落な、愚 劣な発想があろうか。私は、 いくつになっても、ひたむきに生きる人を尊 敬する。一ミリでも一センチでもいい、じりじりと夢へと這っていく人を。 息子に夢を託すというのは、生活の放棄であり甘えである。そういう心根で 息子や娘に楽をさせても、ロクな結果が生まれるものか。現状にふさわしい じだらく いもほ 所で、常に前を向いて歩くことこそ大切なのである。私は、自分の父が、 家 庭を一切顧みずに勉強したことを誇りたいくらいだ。 かせ その生活にも、やがて終止符をうつ時がきた。父は、私たちが稼いだ金 を根こそぎ持って、東京へと試験を受けに行ったのである。試験から帰った * あかもん 父は、「赤門から入ってなあ、偉い教授の口頭試問を受けた。もう何と答 3 えたか、あがっちまってわからなかったから、どうも今年は駄目だろうが、 とうだい みやげばなし さすがに天下の東大だった。すごい建物がこうずらりと並んでいた。それで 帰る時、わざと遠回りして赤門から出てやった。 な、 これからバカにするな よ、 これでも赤門出なのだから。」 と土産話をして、しばらくぼうっとし 日を過ごした。それから私は赤門とやらを夢に見るようになった。――よ25 その大学へ行こう。私はそう決心したが、後で実際に通うようになった ら、古びてしょぼくれた奇妙な門に過ぎなかった。馬車馬のごとく突進しか 知らなかった父は、 ②と呼ばれるものに弱いところがあった。 合格の通知は山の畑で受け取った。 両親と私は、弟を連れ、祖父の畑で山 芋掘りをしていたのである。そこへ、留守番をしていた兄が、電報をひらひ 3 らさせながら駆けてきた。 「ゴウカク、オメデトウ。」 「このヤロウ。」 「さあこい。」 私たちは芋畑を転げ回った。 母はへたへたと座りこんでしまったが、私 は父とすもうをとった。 たた 6 私は何度も父を投げ飛ばし、大地に叩きつけた。 その年、満州出身の医師は八十数名が受験したというが、国家試験に合格 したのはたったの三名だった。 (注)赤門=東京大学の、朱塗りの門。 〈畑正憲 「ムツゴロウの青春記」より〉 答えなさ . 2 に入る適切なことばを、つ 10

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この問題文の下線部④ 「これでも赤門でなのだから」という言葉に対して 文字通り「赤門から出た」という意味のほかに もう一つどの様な意味が込められているのか 「〜こと。」と言う形で、15字以内で答えなさい。 という問題がわかりません。 どの様なところからにもう一つの意味が分か... 続きを読む

れつ 2 確認問題 小説 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 《「父」は苦学の末、満州国で医師免状を手にしたが、日本の敗戦に より帰国。国内では、満州での免状が認められなかったため、医師と して開業するためには国家試験に合格することが必要だった。 「父」 は既に三十を越える年齢だったが、合格を目指してひたすら勉強に励 んだ。 その間、家計は、妻子たちが内職によって支えていた。> 父は毎朝山へ出掛け、夕刻家へ帰ってくる。 山といっても、家を借りたり、 お寺の一室にこもったりしているのではなかった。近くの山に壊れかけたお 堂がある。その軒先に腰を掛けて、声を出して本を読むのである。若いうち、 二十代の半ばまでなら、目で通読しただけで記憶できる。だが年をとると、 音読しなければ意味がつかめなくなるのである。 記憶するとなると、 何度も 5 何度も唱えなければならぬ。 一番苦しかったのは父であったろう。息子たちを働かせ、しかも自分は金 苦 を使って勉強している。世間の常識とはまったく逆である。 その 痛は想像にあまりある。普通なら、「ついに俺には達成できなかった。だか ら、息子たちよ、お前たちが存分に勉強してくれ。」と言うはずである。こ れが現在の教育ママや教育パパの発想である。が、 これほど自堕落な、愚 劣な発想があろうか。私は、 いくつになっても、ひたむきに生きる人を尊 敬する。一ミリでも一センチでもいい、じりじりと夢へと這っていく人を。 息子に夢を託すというのは、生活の放棄であり甘えである。そういう心根で 息子や娘に楽をさせても、ロクな結果が生まれるものか。現状にふさわしい じだらく いもほ 所で、常に前を向いて歩くことこそ大切なのである。私は、自分の父が、 家 庭を一切顧みずに勉強したことを誇りたいくらいだ。 かせ その生活にも、やがて終止符をうつ時がきた。父は、私たちが稼いだ金 を根こそぎ持って、東京へと試験を受けに行ったのである。試験から帰った * あかもん 父は、「赤門から入ってなあ、偉い教授の口頭試問を受けた。もう何と答 3 えたか、あがっちまってわからなかったから、どうも今年は駄目だろうが、 とうだい みやげばなし さすがに天下の東大だった。すごい建物がこうずらりと並んでいた。それで 帰る時、わざと遠回りして赤門から出てやった。 な、 これからバカにするな よ、 これでも赤門出なのだから。」 と土産話をして、しばらくぼうっとし 日を過ごした。それから私は赤門とやらを夢に見るようになった。――よ25 その大学へ行こう。私はそう決心したが、後で実際に通うようになった ら、古びてしょぼくれた奇妙な門に過ぎなかった。馬車馬のごとく突進しか 知らなかった父は、 ②と呼ばれるものに弱いところがあった。 合格の通知は山の畑で受け取った。 両親と私は、弟を連れ、祖父の畑で山 芋掘りをしていたのである。そこへ、留守番をしていた兄が、電報をひらひ 3 らさせながら駆けてきた。 「ゴウカク、オメデトウ。」 「このヤロウ。」 「さあこい。」 私たちは芋畑を転げ回った。 母はへたへたと座りこんでしまったが、私 は父とすもうをとった。 たた 6 私は何度も父を投げ飛ばし、大地に叩きつけた。 その年、満州出身の医師は八十数名が受験したというが、国家試験に合格 したのはたったの三名だった。 (注)赤門=東京大学の、朱塗りの門。 〈畑正憲 「ムツゴロウの青春記」より〉 答えなさ . 2 に入る適切なことばを、つ 10

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