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中2学力テストの国語古文の問題で問3のように主語に当たる部分を探すときは、どうすれば答えでますか?

三次の古文を読んで、問いに答えなさい。 「ちおほね かたさ たち を 筑紫に、なにがしの押領使などいふやうなる者のありけるが、土大根をよろづにいみじき薬とて、朝ごとに二つづつ焼 きて食ひける事、年久しくなりぬ。ある時、館の内に人もなかりける隙をはかりて、敵襲ひ来たりて、かこみ攻めけるに、 館の内に兵二人いで来て、命を惜しまず戦ひて、皆追ひ返してげり。 いと不思議に覚えて、「日ごろここにものし給ふと も見ぬ人々の、かく戦ひし給ふは、いかなる人ぞ」と問ひければ、「年来たのみて、朝な朝な召しつる土大根らに候」と つはもの さふらふ としごろ 3~ いひて失せにけり。 深く信をいたしぬれば、かかる徳もありけるにこそ。 ちくぜん ちくご あふりやう つちおほね ちんあつ ・・・だいこん 押領使・・・反乱を鎮圧するための役人 ものし給ふ…いらっしゃる (注) 筑紫… 築前・筑後の国。いまの福岡県付近 よろづにいみじき薬・・・何にでも効くすばらしい薬 朝な朝な・・・毎朝毎朝 徳神仏の恵み としごろ 来たのみて・・・長年あなたが信頼して つれづれぐさ 「徒然草(第六十八段)」 問 いふやうなる」を現代仮名遣いに直しなさい。 問二 ~~~~~線1「皆」と同じ内容を表す言葉を、文中から一字で書き抜きなさい。 問三 ~~~~~線2「問ひければ」、~~~~~線3「失せにけり」の主語に当たる言葉を、それぞれア〜オから選びなさい。 あふりやう かたさ ア 押領使 イ敵 一つはもの ウかこみ 兵二人 才人 11 たま ひょ たま

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わかんないので教えてください

和四(二〇二)年度 「吉」というのは、いか の問いに答えなさい。 けないな」が「真」なのです。 www. M す。 「真」というのは「本」のことで、ただの本ではなくて。 の上に載っかった本」です。一、二と数える時の 「 つまり「本」ですが、これが かってい るのが「食」という文字の形ですから、大切に扱わなければい 昔には「下らない本」というものが存在しません。 という みんな もので、「人生のお手本となるような、生き るための ただでさえ 書いてある深いもの」でした。 「食」で立派なもので、それが、「古い かれたもの」 だったりすると、 ヴェールきまとってしまうかもしれ ません。そういうものだから、「つまんなくてなもの」であ る可能性だって十分にあるのです。 今ではあまりそんなことが ないようですが、 がって んだり、本を踏んづけたりすると思られまし た。本というものが、「ためになる ことが書いてある大切 」ということは す る」ということで、「本」とはすべてが「 だったので なもの」と思われていて、「本 t' 日本人が椅子生活 「 するには、というも てむ」でなければならないものでした。 して 本を なければなりません。 の上に置いて 、本との距離が開いてしまって、どうして も背中が丸まります。 これはBADです。 でじたもので、一がそんなに厚くも重くもありません。だ から、手に持って本を読み続けると手が疲れてしまうというこ ともありません。その代わり、本がんだりします。それで は にわらずに読めるようにする 」という ものがありました。それほど高くはない のようなもの で、ここに いてきその をして読むのです。 の上に載せられた本」だから「典」なのですが、「食」を むのは大変なんです。 本というものはみんな もの」で、ある時間まで「 らない本」というものは存在しませんでした。 どうしてかと言 うと、それは本というものの のあり方と関係して きます。 大昔の本は、 一冊ごとの手書きです。 そんな時代、という ものはなものですから。 下らないことには使えません。 という手段が生まれて、 フクス フタスクの本を手書きではなく作り 出すことが出来るようにならないと、出願は成り立ちません。 というとゲーテンベルクの印ですが、 日本の町 時代にヨーロッパで開発されたこの技術が日本で一般的になる のは、 でも、それ以前の日本に本 時代になってからです。 印刷する技術がなくて、出版というものが成り立たなかった のかというと、そんなことはありません。 西洋式の と は違う、という技術がありました。 文字がずらっと並んで いる本の一ページを、そのまま木版で思ってしまうのです。 見台が存在した時代の本は、そういうものでした。 その頃に本を作るのは、とてもお金がかかります。 まず、 ADA (注意) 解答はすべて別に記入すること される本文をきれいに ますが、 と同じですから、 する 者がいます。」と 画 それを仕事とする人が担当します。 た して木に貼っ 思ったらその ます。 たとは別 その上から なくなってしま いますから、 された文字 が必要なのです。 コピーのない昔はそんなめんどうなこと しました。 木に貼りつける 人がいて、それがまた 側にいて、思られた版木で紙に印刷する人がまたにいます。 その人達全員にギャラが支払われます。もちろん本ですから、 これが一枚ですむわけはありません。長い本なら、 このコウテイ 百も二百回も、下手をすれば千回と繰り返されてしまい ます。 そして、木を使って印画すると、木が贈り減るという ことが起こります。 一枚の って仕上がりがきれいにな るのは二百枚くらいが限度とされて、その 「一杯」と 言ったりするのですが、二百しかれない少数部の本なの コスト にかかるのです。 今だと、「本を書いたら印が入って届けが出来る」と 逢ったことを信じている人がいますが、もう本はそんなに売れ ないので、よっぽどの一部の人 はけが出来ませ ん。 そして、木で作っていた江戸時代には、「印」と いうがありません。なにしろ、とんでもなく金がかかって です。 こんなものを売ってからはずがありません。だ かかる費 職人の費用や代や代は全 あるいは「この本を出版したい」と思う人が支払いま す。この当時の販売は、「出したいと言うのなら をします。 私が売って差し上げますから、その分の から は全部出して下さい」というようなものでした。 その本が売れたら、売れた分のお金は全部出版販売に入 ります。 それ以外の人が本を出したいと思っても、一銭もか ません。では、そんな時代になんだって人は「本を出した い」なんてことを考えたのでしょうか? 理由は一つです。 この本を出しての人にいろいろなことを知らせたい」 です。 昔に書かれた手書きをして、 を高めたい」とか、「私の考え方を知って下さい」とか、そう いう真面目な目的で、本を出したい人は自を切るのです。 が「立派なもの」で「してまなければならないもの」で あるのは、このためです。 橋本「古典を読んでみましょう」 ちくまプリマー新書より) グーテンベルク・ヨハネス・グーテンベルク 一三九八年頃 四六八年) ドイツ出身の金細工、印 印刷技術の発明者といわれ、広く 知られている。 み合わせて作った印を用いて する方式 木の板に文字や絵などを刻んだ それで買った な」のことで EN S 3 木 $ spol 化す いもの なる自 PER RUNCHRE aleのカタカナは漢字に直し、漢字は読みをひらがなで書きなさい。 二重人」の本文中での意味を次のア~ウの中から一つ選び、記号で書きなさい。 アく一部の人に行きること。 イ一か所にとどこおらず、流れること。 ある現象で、式が一時的に広く行なわれること。 「古い時代に書かれた立派な本」と対比されている言葉を本文中から五字で抜き出しなさい。 RE 「本」とはすべてが「教科書だったのです。」とあるのは、「本」にはどのような存在意義があるからか。 本文中から三十一字で探し、最初の五字を書きなさい。 (句点は一字として数えます。) 「それを仕事とする人」の「それ」とはどのような仕事を指しているか。 「~という仕事。」に続くように本文中から 十六字で抜き出しなさい。 (句点は一字として数えます。) 六 本が「立派なもの」で「正座して読まなければならないもの」であるのは、このためです。」と述べた理由を、 次の文に続くように本文中の言葉を用いて、五十字以内で書きなさい。 その際、具体例を明確に挙げて書くこと。 句点は一字として数えます。) 本を出して を持つ人がいるため、 七 太郎 「差し上げます」と同じ種類の敬語表現を次のア~エの中から一つ選び、記号で書きなさい。 ア はい、田中でございます。 イ先生がすぐ来るようにとおっしゃった。 ウ午後五時にお迎えに参ります。 皆さんで召し上がってください。 同八 本文中にある「自腹を切る」という慣用句を例に、次の1~2の()に漢字で体に関する言葉を入れて、 慣用句やことわざを 完成させなさい。また、その意味として当なものを ア~オの中からそれぞれ一つ選び、記号で書きなさい。 1 鬼の( )にも涙 (12( )に水 ア 素晴らしさなどで見とれさせる。 驚いたり感心したりして言葉も出ない。 冷酷な人も、たまには情け心を起こすことがある。 オ 食べ物の味が好みに合う。 突然思いがけないことが起きて驚く様子。 九 本文の内容に合っていないものを、次のア~エの中から一つ選び、記号で書きなさい。 ア「古典」の「はただの本ではなく、「台の上に載っかった本」であり、 「大切に扱わなければならない本」である。 イ印刷技術が一般的になったのは明治時代だが、実はそれ以前から、日本でも西洋式の印刷技術が使われていた。 江戸時代、本を出すとなれば、印刷にかかる経費は著者あるいは出版業者が全額負担した。 さらには、本が売れてもその分の金額 は著者には入らなかった。 本というものはそもそも立派なものであり、昔には「下らない本」というものは存在しなかった。 しかし、出版の発達により既に 江戸時代には「下らない本」というものがあった。 次の文章を読んで後の問いに答えなさい。 高校一年生の梨乃は東日本大震災で兄・樹を亡くし、埼玉 県の中学校に転校した経験を持つ。そこでクラスメイトから同 情的な目で見られていたことに心の負担を感じた梨乃は、知り 合いの誰もいない東京の高校に進学し、以前から入りたかった 吹奏楽に熱中する。 本文は現在の梨乃が故郷・宮城県にいる友達・ 菅原太一は、兄である貴樹の親友だった。同級生であり、部 活も兄と同じ卓球部だった。(1)、小学生だった梨乃の値 れの人でもあった。大地震の一ヵ月ほど前のバレンタインデー に、梨乃は初めてギリではないチョコレートをあげた。太一 は、お返ししなきゃね、と言ったが、その後の地震と津波で、 ホワイトデーどころではなくなった。 愛希からのメールで転校前の恋人のことを想うシーンである。 KI RII HA

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模範解答がないので解答、解説を教えていただきたいです。お願いします🙇🏻‍♀️💦

次の文章を読んで、あとの (一) から (六)までの問いに答えなさい。 (文字数の指定がある場合は、句読点も字に数える) 昔、人々は自分の住んでいる地域内でいっさいの暮らしを立て、村ざかいや 国ざかいを越えて、よその地域に出かけることはなく、 それぞれの地 域でそれぞれの地域特有の言葉 が形成されていきました。 ところが、明治維新になって、東京に明治政府ができ、 日本語を統一しよう として、東京の言葉を標準語として、徹底した共通語の普及を強引に行ったこ とはよく知られています。 戦後、爆発的に膨張したマスコミュニケー ション、なかんずく放送ジャーナリズムが、その普及に大きく加担しました。 そうしたことのために、一方では、日本中どこへ行っても言葉が通じなくて困 るというようなことはなくなりました。 C 一方では、方言の中の、たく さんの美しい言葉、 微妙な感情を伝える言い方、 力強い表現、 ゆかしい言い回 などを死滅させ、今もさせつつあります。 ヨーロッパでは、中世封建制が崩れ、近代国家が作り上げられていく過程で、 各地の言葉が混ざり合い、 溶け合い、それに芸術家や学者が磨きをかけて、長 い時間をかけて、それぞれの国語が熟成していきました。 日本では、その熟成期間が飛ばされてしまったのだといえるでしょう。 学校で、標準語の普及を図る手段として、方言を口にしたら罰として背中や 胸に「方言札」と書かれた木の札を掛けるということまで行われました。 沖縄県平良市の大神島では、戦後もこの方言札が、 小・中学生だけでなく、そ の父兄たちにまで用いられたそうです。 こうした、無理強いの、ゆがんだ経過を経て流通している、いわゆる標準語 は、まだまだインスタントの人工語で、たいそうやせており、方言の側から輸 三次の(一) から (四)までの傍線部について、漢字はその読みをひらがなで 書き、 カタカナは漢字で書きなさい。 会社で事務用品をコウニュウする。 手紙からは故人の人柄がうかがえる。 日程の都合で旅行をアキラめた。 (四) 肉体と併せて精神の強さが必要だ。 e. (1) (11) (111) > 血しないと、ますます貧血の度が進むというのが、わたしの認識です。 日本の近代化の陰で、標準語という名の消しゴムに消された方言の中から、 輸血するに値する濃度を持った言葉を探し出すことは、地上から消えていくわ らぶき屋根を惜しむといったふうの感謝を超えた、日本語の現場の問題なのだ とわたしは思っています。 すい それにしても、方言は日々幾何級数的なといえるほどの速度で衰微しつつあ ります。 消えてしまったら、それでもう終わりです。 世の中の変化とともに、言葉も変わっていくのだから、方言が消えていくの も、自然な推移だ、という論旨があります。 言葉とはそういうものだと、わた @ しもそれに基本的には賛成です。 しかし、同じ一つ屋根の下に住む家族で、おじいさん、おばあさんのしゃべ る言葉が、孫にはもうよく理解できない、それほどの状態を生むような時代の せっかちな流れ方に、その速さに、このまま身を任せてていいのだろうか、と 思うのです。 捨てなくていいものまで、わたしたちは、捨てつつあるのではないか、と危惧 します。 共通語自身、例えばニホンカニッポンか、日本の国の名さえどっちつ かずであるほど、まだ Ⅱ しているのです。 いい換えれば、日本にはまだ真 の意味での共通語はでき上っていません。 そんなとき、日本の各地で、遠い昔 からの人々の生活と結び付いて息づいてきた方言を顧みることなく、点検 もせず、あっさり捨て去っていいはずがありません。 (川崎洋 『感じる日本語』による) 四 次の(1) から (三)の問いに答えなさい。 次の文の傍線部に対する主語を、 あとのアからエまでの中から一つ選ん で、そのかな符号を書きなさい。 ① 私は母が食べたいと言っていたお菓子を兄が食べていたのを見た。 ア 私は イ 母が お菓子を エ兄が ② 彼がコーヒーを飲んでいたので、私も同じものを注文した。 ア 彼が コーヒーを ウ 私も 同じものを 次の文の傍線部が修飾する文節を書きなさい。 ① 屋上で父が兄から 将来の話を聞いていた。 ②昨日山で食べたカップラーメンはとても美味しかった。 次の傍線部を文脈に合った正しい敬語に直し、書きなさい。 ① 昨日の朝、娘が塾に行くと、学校の先生がいたそうだ。 ② 小学生の妹は校長先生からもらった賞状を家に飾っていた。 (1) (11) (111) wintere

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どうゆうふうに解けばいいですか?

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 「わたし」(高梨桃)は、中学生になってから、ほかのみん なより子どもっぽいことを気にしていて、早く大人にならな きゃいけないと思っていた。 小学生のころいっしょに図書館に 来ていたみっくんが、 大人向けの文庫本を借りていたのに感心 して、 「わたし」も大人向けの小説を借りるなどしていた。 放課後 わたしは読むのをあきらめた恋愛小説を、図書館に 返しにいった。 返却カウンターで、図書館のお姉さんに本をわたしながら、 わたしは後ろめたい気分でいた。ほんとうに返してしまってい 1.0 いんだろうか。 この本を返しちゃったら、わたしはこれからも ずっと、大人っぽくはなれないんじゃないかな。 そんな不安も 感じていた。 返却が終わったあとも、まっすぐ童話を借りにいく気にはな れなくて、わたしは大人向けの小説の欄のあいだをうろうろし ていた。またべつの小説を借りてみようかな、とも考えたけど、 おもしろそうな本はなかなか見つからなかった。 しばらく迷ったあとで、わたしはためらいがちに、大人の小 説のコーナーを離れた。 そしていつもの童話の棚に向かうと、 そこでわたしは思いがけない相手の姿を見つけた。 そこにいたのは、大人びた顔の背の高い男子。 みっくんだった。 みっくんは棚の前で童話の本を開いて、熱心に立ち読みをして いた。 本の表紙は見えないけど、挿絵でわかる。 この前わたしが返 した、「こだぬきレストランのポックル」の最新刊だ。 F 2 それを読むみっくんの顔には、すごくわくわくした表情が浮 かんでいた。いつもの不機嫌で怖そうな顔とは違う、昔となん にも変わっていない、おもしろい童話を読んでいるときのみっ くんの顔だ。 驚きすぎて声をかけることもできないでいると、みっくんが わたしに気がついた。 みっくんはぎょっとした顔になってから、 すぐにその表情を引っこめて、 「なんだ、 高梨か」とぶっきらぼ うに言った。 そして読んでいた本を棚にもどすと、なにごとも なかったかのように、すたすたとその場を立ち去ってしまう。 呆気に取られてしまってから、わたしはとっさにボックルの 最新刊を棚からぬきだして、みっくんのあとを追いかけた。 「道橋くん、待って!」 わたしが呼びかけても、 みっくんは立ち止まってくれなかっ た。わたしは駆け足でみっくんに追いつくと、服の裾をつかん で言った。 「待ってよ、みっくん!」 13 昔のあだ名をつい使ってしまったら、みっくんが怒った顔で 振りかえった。 鋭い目でにらまれて、わたしはびくっとうつむ いた。 けれどそれからすぐに、大きなため息の音が聞こえた。 わた しがおそるおそる顔を上げると、みっくんは怖い顔をやめて、 あきれたようにわたしのことを見ていた。 「もうその呼びかたはするなよ。 恥ずかしいだろ」 「ごめんなさい。 その、これ、借りようとしてたんじゃないの?」 わたしはおずおずとポックルの本をみっくんに差しだした。 するとみっくんはその本を見もしないでこたえる。 「そういうわけじゃない。 この前高梨が話してたのを思いだし て、ちょっと見てただけだ」 20 13 40 45

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大門4の問1を教えておしいです。(写真順番は画像のしたの真ん中にあるページどおりです。)

4 次の文章を読んで、あとの各問に答えよ。(*印の付いている言葉に は、本文のあとに [注] がある。) あなたは、誰かと対話をした経験があるだろうか。 会話ではなく、対話 である。(第一段) よほど特別の事情がない限り、私たちは日常的に会話をしている。 駅の キヨスクでチョコレートパーを買い、会社の守衛さんに挨拶し、職場で同 と打ち合わせをして、昼食時にショートメールで遠方の友人と近況を伝 えあい、帰宅して家族と今日のニュースについて話し合う。このどの場面 でも、私たちは会話をしている。そのいくつかは軽いやり取りであったり、 ただ楽しむためであったりする。他方、仕事の打ち合わせなどはかなり真 剣に、ときに厳しいやり合いをしなければならない。 (第二段) だが、このどれもが会話であっても対話ではない。(第三段) 対話とは、真理を求める会話である。 対話とは、何かの問いに答えよう として、あるいは、自分の考えが正しいのかどうかを知ろうとして、誰か と話し合い、真理を探求する会話のことである。ただ情報を検索すれば得 られる単純な事実ではなく、きちんと検討しなければ得られない真理を得 たいときに、人は対話をする。 それは、自分を変えようとしている人が取 り組むコミュニケーションである。(第四段) ショッピングや仕事でのやり取りは、自分の要望と相手の要望をすり合 わせようとする交渉である。 友人や恋人との会話は、よい関係を保ち、相 手を理解し、互いに話を楽しもうとする交流である。これらの会話は有意 かもしれないが、真理の追求を目的としてはいない。対話は、何かの真 理を得ようとして互いに意見や思考を検討し合うことである。(第五段) 私たちは日常生活の中で、ほとんど対話する機会がないのではないだろ うか。それは、真理の追求が日常生活で行われなくなっているからである。 だが実は、対話をしなければならない場面は、日常生活の中にも、思った よりもたくさんあるのだ。 (第六段) 仕事場でも、ただ当面の与えられた業務をこなすだけではなく、仕事全 体の方向性や意味が問われる場合、たとえば、「良い製品とは何か」「今は どういう時代で、どのような価値を消費者は求めているのか」「環境問題 に対して、我が社は頬かむりをしていていいのか」など真剣に論じるべき テーマは少なくないだろう。 家庭でも、子どもの教育をめぐって、 そもそ も子どもにとっての良い人生とはなにか、そのために何を学んでほしいの 親と子どもとはどういう関係なのか、子離れするとはどういうことか、 これらのことについて家族で話し合う必要はないだろうか。地域でも、ど のような地域を目指せばいいのか、住人はどのような価値を重んじている のか、以前からの住人と新しく来た人たちはどう交流すればよいか。本当 はこうしたことについて膝を突き合わせて対話する必要があるのではない だろうか。(第七段) 人生に関すること、家族と社会に関すること、政治に関すること、地域 での生活のこと、私たちはこれらのことをほとんど対話することなく、 日々を過ごしてしまっている。 そうした難しい議論は頭のいい人たちに任 せて、自分たちはせっせと働き、自分個人の生活だけを楽しめばいいのだ。 かつてはこう考える人たちもいた。しかし、そうした態度はすでに販売を 迎えている。私たちは、公共の問題にもう無関心でいられないし、自分個 人のあり方についても、いろいろな人から意見を聞いて考え直してみたい 1 6 ĭ

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大門4の問1を教えておしいです。(写真順番は画像のしたの真ん中にあるページどおりです。)

4 次の文章を読んで、あとの各問に答えよ。(*印の付いている言葉に は、本文のあとに [注] がある。) あなたは、誰かと対話をした経験があるだろうか。 会話ではなく、対話 である。(第一段) よほど特別の事情がない限り、私たちは日常的に会話をしている。 駅の キヨスクでチョコレートパーを買い、会社の守衛さんに挨拶し、職場で同 と打ち合わせをして、昼食時にショートメールで遠方の友人と近況を伝 えあい、帰宅して家族と今日のニュースについて話し合う。このどの場面 でも、私たちは会話をしている。そのいくつかは軽いやり取りであったり、 ただ楽しむためであったりする。他方、仕事の打ち合わせなどはかなり真 剣に、ときに厳しいやり合いをしなければならない。 (第二段) だが、このどれもが会話であっても対話ではない。(第三段) 対話とは、真理を求める会話である。 対話とは、何かの問いに答えよう として、あるいは、自分の考えが正しいのかどうかを知ろうとして、誰か と話し合い、真理を探求する会話のことである。ただ情報を検索すれば得 られる単純な事実ではなく、きちんと検討しなければ得られない真理を得 たいときに、人は対話をする。 それは、自分を変えようとしている人が取 り組むコミュニケーションである。(第四段) ショッピングや仕事でのやり取りは、自分の要望と相手の要望をすり合 わせようとする交渉である。 友人や恋人との会話は、よい関係を保ち、相 手を理解し、互いに話を楽しもうとする交流である。これらの会話は有意 かもしれないが、真理の追求を目的としてはいない。対話は、何かの真 理を得ようとして互いに意見や思考を検討し合うことである。(第五段) 私たちは日常生活の中で、ほとんど対話する機会がないのではないだろ うか。それは、真理の追求が日常生活で行われなくなっているからである。 だが実は、対話をしなければならない場面は、日常生活の中にも、思った よりもたくさんあるのだ。 (第六段) 仕事場でも、ただ当面の与えられた業務をこなすだけではなく、仕事全 体の方向性や意味が問われる場合、たとえば、「良い製品とは何か」「今は どういう時代で、どのような価値を消費者は求めているのか」「環境問題 に対して、我が社は頬かむりをしていていいのか」など真剣に論じるべき テーマは少なくないだろう。 家庭でも、子どもの教育をめぐって、 そもそ も子どもにとっての良い人生とはなにか、そのために何を学んでほしいの 親と子どもとはどういう関係なのか、子離れするとはどういうことか、 これらのことについて家族で話し合う必要はないだろうか。地域でも、ど のような地域を目指せばいいのか、住人はどのような価値を重んじている のか、以前からの住人と新しく来た人たちはどう交流すればよいか。本当 はこうしたことについて膝を突き合わせて対話する必要があるのではない だろうか。(第七段) 人生に関すること、家族と社会に関すること、政治に関すること、地域 での生活のこと、私たちはこれらのことをほとんど対話することなく、 日々を過ごしてしまっている。 そうした難しい議論は頭のいい人たちに任 せて、自分たちはせっせと働き、自分個人の生活だけを楽しめばいいのだ。 かつてはこう考える人たちもいた。しかし、そうした態度はすでに販売を 迎えている。私たちは、公共の問題にもう無関心でいられないし、自分個 人のあり方についても、いろいろな人から意見を聞いて考え直してみたい 1 6 ĭ

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答えと解説お願いします!

月 〈随筆〉 (1.5.10… は行番号です。) 中学一年生の夏休み、生れて初めて高山を間近に眺めた。 父親の仕事 の手伝いで上高地に行ったのである。 車酔いでふらふらになった私の頭 上へ、穂高連峰がいきなりおおいかぶさってきた。 私は突然自分が蟻み たいに小さくなるのを感じた。 そして山は美しさと荘厳さにおいて、ま さに神に近かった。 山に人が太刀打ちできるとは、とうてい思えなかっ た。その印象はいまだに体に彫りこまれていて、消すことはできない。 北の山を中心にあちこちの峰をめぐり歩いていたときも、私は偉大なる 山に遊んでもらっていたにすぎない。 父は双翅目が専門の昆虫学者であった。上高地には妖精のような高山 もふわふわ舞っていたのだが、私が捕るように命じられたのはハエと アブだけだった。たぶん父は研究対象の双翅目の許可だけをもらってい たのであろう。私は笹やぶを補虫紙で引っかき回すのに退屈して、手伝 いを放棄すると、魂のけし飛ぶ思いでいつまでも山々を眺めつづけた。 そうかいかん 翌年、焼岳と西穂に登った。頂上に立って四方を見わたす爽快感を知っ 156た。その次の年は館が岳。下山後、雲海の夢につきまとわれた。〈中略〉 五歳まで札幌で暮らしていた私は、ふるさとの山や雪に特別の思い入 れを持っていた。北大に進学したのも、北の自然が私を呼んだのである。 〈中略〉 しょかん ていね あしべつ そらぬま 四年間に登った山々は、 空沼・朝里・十勝・大雪・手稲・芦別・暑寒 えにわ らうす ゆうばり たてやま 20別・ニペソツ・石狩・余市・羊蹄・恵庭・羅臼・ニセコ・夕張・立山・ 穂高・白馬など。 夏も冬も道内も道外もひたすら登りつづけた日々であった。 それぞれ の山には、それぞれの思い出が焼きついていて、今となってはどれかを 選びだすことは不可能に近い。 25 ガラスの粉のようにきらめくザラメ雪、羽毛のように軽やかに舞いあ れっぷう ほお がる新雪 烈風を頬にたたきつけて凍傷を残して去った猛吹雪、ヒグマ 2を気にしながらやぶこぎしたハイマツ帯、色とりどりの敷物のように展 基本の確認 問 3行めの足を洗って に関連して、「足を洗う」の意味を辞書など を使って調べてみましょう。 アドバイス 慣用表現には体の一部を使ったものがたくさんあります。 「足を洗 う」と同じように「足」を使ったものには「足が重い」 「足が地に つかない」 「足をのばす」などもあります。 これらの意味だけでなく、 ほかにどのような表現があるかも辞書などで調べてみましょう。 問一 筆者の山に対する印象〉7~8行めの私は偉大なる山に遊ん でもらっていたにすぎない について、筆者が山を偉大だと感じてい る理由を次のように書きました。 後の1~③に答えなさい。 筆者が生まれて初めて見た高山は、筆者に「A(六字)」るほど大 きく、あまりにも美しく荘厳だったので、 人間などとてもかなわない 神様のように感じられたから。 ①Aに入る最も適当な言葉を、 六字で本文中からそのまま抜き出 しなさい。 ② とてもかなわない について、本文中で筆者が山に「とてもかなわ ない」と述べている部分(同じ意味の部分)を二か所探し、それぞれ 一文でそのまま抜き出しなさい。 (注)そうしく ほかほぼ & けだけにしほ ここんちゅう ♦ ようてい ♦ ♦ ♦ ・ ・ ・ • ぞうしょく 2開するお花畑。映像は消えることなく重なりあい、増殖してふたたび山 への慕情をかきたてていった。 30 卒業後も、仕事の間をぬってせっせと山へ行った。五月の尾瀬では丸 し ぶっさん 三日間一人歩きして、出会ったのは至仏山のふもとで春スキーをしてい た数人のスキーヤーのみである。七、八年後には交通整理をするほど有 名になる場所とも知らず、思えばぜいたくな山旅であった。 頂上が目的の登山から足を洗って、十年以上にもなる。 幼い娘たちの 956 体力に合わせて、ゆっくりした山歩きを選んでいるうちに、いつかその ほうが自分の性にも合っていることを発見したのである。 のんびり野山 を歩いていると、それまでは気にとめなかった様々の生命のしるしが現 われてきた。野鳥の鳴き声、茂みを走っていく小動物の足音、ひっそり と咲く野花の群れ、樹木のささやき、昆虫たちのふしぎな生活。自然の 中にはこれら生き物の気配が満ち満ちていた。 そうがんきょう いつのまにか私は双眼鏡を首からさげ、リュックに数種類の図鑑を入 れ、片手にノートを持った自然観察者の姿になっていた。人生の幾つ目 の角を曲がって、山がたて方向にのみではなく、水平の方向にも深い 広がりを持つことを見いだした私は、いわば最初に山を見た中学生の地 145点に戻ったのかもしれない。 彼女が穂高の に人智を超えたものを見たように、私も今、自然を形 づくる生命たちの精巧さに限りなく引かれているからだ。 せいこう (注) 双眼….二枚の翅を持つ昆虫の仲間。 北大・・・北海道大学。 やぶこぎ… 低木の密生する藪を地面に足がつかない状態でかき分けて進む こと。 ハイマツ帯… マツ(ハイマツ)が広がる地帯。 尾瀬・・・福島県・新潟県・群馬県に広がる盆地状の高原。 (③) 筆者が、いろいろな山に登れるようになった後も、「偉大なる山に んでもらっていた」と述べていることを次のように書きました。 に入る言葉を本文中から探して書きなさい。 筆者は を知った後でも、初めて高山を見たときに抱いた、山に対する尊敬の 気持ちは変わらなかった。 問二山歩きを楽しむ筆者〉 4行めの自然観察者の姿について、 山歩きを楽しむ筆者の姿を想像しましょう。 このときの持ち物を、筆 者がどのように使うか、 本文を参考にして考えてみましょう。 そうがんきょう 双眼鏡 問三昔のことを振り返る 〉 4行めの彼女は誰のことをさしますか。 次の1~4から一つ選び、その番号を書きなさい。 筆者の父 2 上高地で見た山 3 筆者の娘 4 中学生の頃の筆者 T ・・・ 長野県にあるんかくけいお こんちゅう (とうゆきこ 山と私」による。

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