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国語 中学生

(3)、(4)、(5)を教えて欲しいです🙇‍♀️

年 1年 化学実験 :気体発生(水素) 二股試験管による塩酸と亜鉛の反応 ■的】 化学反応による物質の変化と質量・体積の関係を考察する。 二股試験管4本ゴム管付きゴム栓2本 メスシリンダー2本 水槽 (ラボボックス) 塩酸 8mL 亜鉛片 4枚 順】 ① 二股試験管に塩酸と亜鉛片をそれぞれ入れ、 ゴム管付の栓をする 塩酸 : 0.2mL~2.0mLの幅で0.2mL 刻みの連続4種類を各班で決める 0.16g 亜鉛 : 同じ質量のものを4枚 ② 水槽に水を張り、 メスシリンダーを満水の状態で沈める メスシリンダー内にゴム管を入れ込み、 メスシリンダーを立てる ④ 二股試験管内で塩酸と亜鉛片を反応させ、発生気体を水上置換法にて捕集 ⑤ 捕集が完了したら発生した気体の体積を記録する (注意:ゴム管は水中から出しておく) 4種類の塩酸の量で発生気体量を比較する (グラフ化) 図は反応開始時のものです J 船と塩酸の化学反応式 ・+2HCI-H2+2nclr 塩酸 1.2 1.4 1.6 18 mL mL mL mL 発生気体量 40 59 58 60 mL mL mL mL (3) 中学で学んだ知識を思い出し、 どのようなグラフになるか予想してから、 4種類の塩酸量と発生気 体をグラフ化しなさい。 【予想グラフ】 (4) グラフから気づくこと、考えられることをできるだけ多く、班で話し合いながら書きなさ い。 (グラフの書き方についても考察する) (5) 手順⑤の注意でゴム管を水の中につけておくと、 どうなるか理由も含め書きなさい。 (結果・考察) 他の班の結果も踏まえて、 化学反応式とどんな関係があるか考えて書きなさい。 【片づけについて】 二股試験管に残っている廃液は混合溶液であるため、回収して適切に処理した後、廃棄しま

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国語 中学生

1枚目(左)の文章を読んで 2枚目の(右)の問の答えを解いて 答えを教えてください!! 私立の一般入試の問題です。 答えが配られてないのでわかる方教えてください😭

次の文章を読んで、あとの (1) から (六)までの問いに答えなさい。 (文字数の指定がある場合は、句読点も一字に数える) 昔、人々は自分の住んでいる地域内でいっさいの暮らしを立て、村ざかいや それぞれの地 国ざかいを越えて、よその地域に出かけることはなく、 域でそれぞれの地域特有の言葉Ⅰが形成されていきました。 ところが、明治維新になって、東京に明治政府ができ、日本語を統一しよう として、東京の言葉を標準語として、徹底した共通語の普及を強引に行ったこ 戦後、爆発的に膨張したマス・コミュニケー とはよく知られています。 ション、なかんずく放送ジャーナリズムが、その普及に大きく加担しました。 そうしたことのために、一方では、日本中どこへ行っても言葉が通じなくて困 一方では、方言の中の、たく るというようなことはなくなりました。 さんの美しい言葉、 微妙な感情を伝える言い方、力強い表現、 ゆかしい言い回 などを死滅させ、今もさせつつあります。 C ヨーロッパでは、中世封建制が崩れ、近代国家が作り上げられていく過程で、 各地の言葉が混ざり合い、溶け合い、それに芸術家や学者が磨きをかけて、長 い時間をかけて、それぞれの国語が熟成していきました。 日本では、その熟成期間が飛ばされてしまったのだといえるでしょう。 学校で、標準語の普及を図る手段として、方言を口にしたら罰として背中や 胸に「方言札」と書かれた木の札を掛けるということまで行われました。 沖縄県平良市の大神島では、戦後もこの方言札が、小・中学生だけでなく、そ の父兄たちにまで用いられたそうです。 こうした、無理強いの、ゆがんだ経過を経て流通している、いわゆる標準語 は、まだまだインスタントの人工語で、たいそうやせており、 方言の側から輸 1 血しないと、ますます貧血の度が進むというのが、わたしの認識です。 日本の近代化の陰で、標準語という名の消しゴムに消された方言の中から、 輸血するに値する濃度を持った言葉を探し出すことは、地上から消えていくわ らぶき屋根を惜しむといったふうの感傷を超えた、日本語の現場の問題なのだ とわたしは思っています。 ききゅうす それにしても、方言は日々幾何級数的なといえるほどの速度で衰微しつつあ ります。消えてしまったら、それでもう終わりです。 ろんし 世の中の変化とともに、言葉も変わっていくのだから、方言が消えていくの も、自然な推移だ、という論旨があります。言葉とはそういうものだと、わた しもそれに基本的には賛成です。 しかし、同じ一つ屋根の下に住む家族で、おじいさん、おばあさんのしゃべ る言葉が、孫にはもうよく理解できない、それほどの状態を生むような時代の せっかちな流れ方に、その速さに、このまま身を任せてていいのだろうか、と 思うのです。 捨てなくていいものまで、わたしたちは、捨てつつあるのではないか、と危惧 します。共通語自身、例えばニホンかニッポンか、日本の国の名さえどっちつ かずであるほど、まだ しているのです。いい換えれば、日本にはまだ真 の意味での共通語はでき上っていません。そんなとき、日本の各地で、遠い昔 からの人々の生活と結び付いて息づいてきた方言を顧みることなく、点検 もせず、あっさり捨て去っていいはずがありません。 (川崎洋『感じる日本語』による)

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