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国語 中学生

<故郷>魯迅 教科書に載ってる物語全文を読むと、ルントウとの思い出の場面で【まどろみかけた〜金色の丸い月が懸かっている】とあったので、思い出の ア が正解だと思ったんですけど、、、 どのような文脈から、 ウ が正解だと分かるのですか?解説お願いします🙏🙇🏻

教科書 P. 8~12 発展 故郷 ・次の文章を読んで、下の問いに答えなさい。 古い家はますます遠くなり、 故郷の山や水もま すます遠くなる。だが名残惜しい気はしない。自 分の周りに目に見えぬ高い壁があって、その中に 自分だけ取り残されたように、気がめいるだけで ある。 すいか畑の銀の首輪の小英雄の面影は、元 は鮮明このうえなかったのが、今では急にぼんや りしてしまった。これもたまらなく悲しい。 母とホンルとは寝入った。 私も横になって、船の底に水のぶつかる音を聞 きながら、今、自分は、自分の道を歩いていると わかった。思えば私とルントウとの距離は全く遠 くなったが、若い世代は今でも心が通い合い、現 にホンルはシュイションのことを慕っている。 せ めて彼らだけは、私と違って、互いに隔絶するこ とのないように…とはいっても、彼らが一つ心 でいたいがために、私のように、むだの積み重ね で魂をすり減らす生活を共にすることは願わない。 また、ルントウのように、打ちひしがれて心が麻 する生活を共にすることも願わない。 また、他 の人のように、やけを起こして野放図に走る生活 を共にすることも願わない。 希望をいえば、彼ら は新しい生活をもたなくてはならない。私たちの 経験しなかった新しい生活を。 希望という考えが浮かんだので、私はどきっと した。たしかルントウが香炉と燭台を所望したと き、私は、相変わらずの偶像崇拝だな、いつにな ったら忘れるつもりかと、心ひそかに彼のことを 笑ったものだが、 今私のいう希望も、やはり手製 の偶像にすぎぬのではないか。 ただ、彼の望むも のはすぐ手に入り、私の望むものは手に入りにく いだけだ。 【まどろみかけた私の目に、海辺の広い緑の砂地 が浮かんでくる。その上の紺碧の空には、金色の 丸い月が懸かっている。】 思うに希望とは、もと もとあるものともいえぬし、ないものともいえな い。それは地上の道のようなものである。もとも 地上には道はない。 歩く人が多くなれば、それ が道になるのだ。 (魯迅/竹内好訳 「故郷」より) なごり、 しょくだい べき じん たけうち 名前 そう思・判・表 字数指定のあるものは、 RYCHTO BS 2 5-内の美しい風景は、「私」にとって何を象徴して いるのか。 次から一つ選びなさい。 ア 思い出 イ人生ウ 希望エ偶像 idel

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国語 中学生

1)と2).5)がわからないです。解説と答えが、わかる方教えてください

次の生徒作文を読んで、問題に取り組もう! (10点×5) 皆さんには、自分を励ましたり戒めたりするために、いつも心に 留めておく大切な言葉、つまり ①]。 私の座右の銘は「雨だれ石をうつ」です。「わずかな雨だれでも、 長い間同じ所に落ち続けると、硬い石にも穴があく」という意味で、 「小さな努力でも根気よく続ければ、最後には成功する」というこ とを表します。 [ア] これは、部活で試合に出られず、基礎練習ばかりの毎日が嫌になっ て退部を考えていたとき、 先輩が教えてくださった言葉です。 〔1〕 先輩も一年生のときは、黙々と練習を続ける日が続いていたそう です。 でも、試合で活躍する自身の姿をイメージしながら練習を頑 張ったとおっしゃっていました。 [ウ] Netatm 私はこの話を聞いて、十分に努力をしないまま、早急に結論を出 そうとしたことを反省しました。 [エ] この言葉は、部活以外のことにもいえると思う。私は、これから 「雨だれ石をうつ」の精神で、 3 -- ① に入る言葉を、「座右の銘」の語を使って書きなさい。 ② 次の一文が入る場所を、 文章中の〔ア〕~〔エ〕から一つ選びなさい。 そして、気持ちを新たに、部活を続けることにしました。 ③「早急」を聞き取りやすい言葉に直したい。 熟語を使わずに、ひ らがな二字の言葉で書きなさい。 (44) 文章中に文末の表現が不統一な部分が一か所ある。その部分を一 文節で抜き出し、正しく書き直しなさい。 誤 to to ③に入る言葉を、「根気よく」の語を使って書きなさい。 筆者は「根気よく」 何をしていきたいと 思っているかな? 5 3.8

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国語 中学生

国語が得意な方 (2)が分かりません 教えてください🙏

44 説明的文章 ⑥ 覚がないから、便所のスリッパのまま畳の部屋にはいりこんで主 基本問題 >>>>> わてさせたりするのである。 〈熊本> 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。 日本人は住まい方において、内と外とを厳しく区別するという行動 様式を示す。最もはっきりしたその現われは、家の中にはいる時には 3このような家の内と外、部屋の内と外の区別は、物理的とい もむしろ心理的なものである。つまりそれは、意識の問題であり、 観の問題である。 あら [②という習慣である。今日のように鉄筋コンクリートのマンション そうごん に椅子とテーブルの生活という洋式を採用しているところでも、まずほ とんどの日本人はこの風習を守り続けているであろう。もちろん、西欧 社会でも、家に帰れば内履きにはきかえるということはよくあるが、そ れは私的な環境でくつろぐためであって、例えばお客を迎える時はきち んと靴をはくし、客も靴のまま家の中にはいって少しも怪しまない。だ が日本ではお客にたいしても靴を脱ぐことを当然のこととして要求する ので、慣れない外国人は当惑するということになる。 空間構造はつなが っているように見えながら、行動様式では内と外は明確に区別されてい るのである。 どの社会にも、聖なる空間を大切にする習慣があって、その 立派な教会堂や荘厳な神社が建てられる。だが西欧の教会建築は って内外の区別がはっきりしており、壁の内部は聖なる場所で、 は俗世間ということがかたちの上でも明確だが、日本の神社で聖 間を示すものは、物理的には境界として何の役にも立たない鳥 る。つまり一歩鳥居をくぐれば神の空間であるというのは、もっぱ れわれの意識の問題なのである。 とびし あいまい 似たような例として、お寺や日本式料亭の庭の飛石の上に、 十文字に縄をかけた小さな石が置かれていることがある。これは と呼ばれるもので、ここから先は立入禁止というしるしである。 れも、その気になれば簡単にまたいていけるもので、物理的には 碍にもならない。関守石の存在によって空間が区別されるのは、 れの意識のなかにおいてである。 がい 2 このことは、間仕切りの曖昧な家の中においても同じである。お客 にたいして、靴の代わりに室内用のスリッパを提供するというのは、今 ではごく普通に行われている。だがそのスリッパも、板の間や廊下なら F よいが、畳の座敷に上がる時は再び脱がされる。というよりも、普通の 日本人なら、スリッパのまま畳の部屋にはいることには、大きな抵抗感 があるであろう。あるいは、たいていの家では、便所にはまた別の専用 のスリッパがあって、そこでまたはきかえるということになる。日本人 にとっては、それはごく当たり前のことだが、西洋人にはそのような感 このように、眼に見えないかたちで内外の区別が成立する は、鳥居や関守石の意味についての共通の理解を前提とする。 そ の理解を持った集団、ないしは共同体が日本人にとっては「身内 リ「仲間」であって、その外にいる者は「よそ者」ということに 日本の家がしばしば「うち」と呼ばれるように、家族は「身内」の 14 to Be が見た場合いそ a LO tirinh, 60-100

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