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国語 中学生

月曜までに教えて頂きたいです*。 ㅇ出来るだけ短い時間でどのように考えるのか ㅇ解答例(解答) ㅇもしもこの様な問題が入試に出た際、どのくらいの時間をかけて解けたら良いか 多いですがお願いします🙇🏻‍♂️💦! 答えを探しても見つからなかった為、質問しました*。

四一次の文章を読んで、問いに答えなさい。 マ4 古代の土器や銅鐸にきざまれた紋様をよく見ると、さまざまな渦が描かれています。それもよくよく見ると、渦の巻き方 が同じ方向ばかりのものと、互いに反対向きに巻く渦が対になっているものがあります。さらによく観察すると、その渦の 対にも、右の渦が時計回りで左の渦が反時計回りのものと、右が反時計回りで左が時計回りのものの二種類があることに気 がつくでしょう。いちど、図鑑や博物館で実際に確かめてください。 p 4 ところで渦は、どんなところで見られるでしょうか。有名なのは鳴門のうず潮ですね。他にも、台風や竜巻の渦、曲がっ た土手に沿って発生する渦、橋桁の丸い柱の後ろに次々と生まれる渦、ロから吐き出されたタパコの煙の渦、人工えいせい で撮られた巨大な渦巻く雲など、さまざまな渦を知っています。でもたぶん、その渦の巻き方にまで注意して見たことはな いと思います。 |古代の人たちは、そこまでしっかりと観察し、紋様に使っていたのです。古代の人々の社会は、荒々 しい自然に取り囲まれており、いたるところに渦が見られ、ときには渦に子供をさらわれたり、家が流されたりしたのでしょ う。だから、渦をしっかりと見つめていたのです。 このように、科学の出発点は、まず自然をくわしく観察することにあります。観察とは、「よく注意してくわしく見る」 ことです。漠然と見ていれば同じように見える現象でも、よく注意してくわしく見れば、渦の巻き方が異なっていたり、毎 日少しずつ変化していることに気づくようになります。それを根気よく続けると、そこに何らかの「規則性」があることが わかってきます。似た現象を集めてきて、共通する性質(渦を巻くということ)、異なった性質(渦が巻く方向)、変化してゆ く性質(川の流れの速さと渦の数)で分類していくのです。観察を通じて、自然の現象が気まぐれに起こっているのではなく 規則的であり、たんじゅんなパターンに分けられることを発見できるということが、科学が成立する最大の根拠なのです。 このような、現象の性質を観察し規則性を記述することを、「定性的」研究といいます。博物学は、いわば定性的研究の集 1~wへ 大成で、人々に自然の豊かさを実感させました。小学校の理科も、それを目的にして組まれており、理科が好きだった人も 多かったはずです。 N ~ 観察を、より一歩進めたのが「観測」です。自然が引き起こす現象の性質をくわしく見るだけでなく、「測る」、つまり何 らかの尺度を用いて性質を数値に置き換えるのです。渦の場合なら、渦の大きさ。回転する速さ。発生の頻度·消えてゆく までの時間などです。そのためには、測る尺度が決まっていなければなりません。もっとも基本的な尺度(単位)は、大きさ (サイズ)、重さ、時間ですね 時間は、屋の動き、月の満ち欠け、地面にさした棒の影の長さや方向を観察し、指 を使って規則的に変化する数を数え、一年、一月、一日と時間の尺度を確立しました。紀元前四○○○年ころのことです。 このように、自然現象の性質を、ある単位で測り、数値化することを「定量的」研究といいます。共通の単位で測ってお けば、異なった人の異なった場所での観測結果も、客観的に比較したり、整理したりすることができるでしょう。また、変 化の差や大きさが正確に決められ、系統だって現象が記録できるようになります。そして最終的には、数式を用いて表され る法則との照合が可能になります。法則はまだわかっていなくても、それがどのような条件を満たさねばならないかを推測 することが容易になります。中学·高校の理科では、この定量的な記述が始まります。なぜ、そのように表すのか、それに よって何が明らかになったかが明確にされないと、理科はおもしろくありません。この時点で理科蝶いが増えているのかも しれませんね。 いn 池内 了「科学の考え方·学び方」(岩波ジュニア新音) ||-

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(2)の答えが「大事な会議に間に合うかということ。」なのですが、なんでこのようになるのか分かりません💦

第1章 説明的文章① 《広島改》 かったのだ。あっと叫んてしまったのは、イライラしていただけの乗客 8 e2次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 から別の視点をもつ人間にカチッと切り替わった瞬間の小さな驚きのせ一 急いている時に、電車を待つのは誰てもイライラするものである。電 いてあった この「視点の切り替え」は、従来から映画や小説の手法としては時々 車が行ったばかリりだったりするとなおさらである。そんな時、ホームの 天井からぶら下がっている案内板に「前の駅を出ました」という表示が 出ると、あと数分待つにも拘わらずイライラが少し解消に向かう。 使われるのだが、その時はそんな解説的な態度てはいられないほど、そ のカチッという感覚が面白く感じられたのだ。このカチッという視点切 " り替えの同じ感覚をエンターテインメントとして取り入れた素晴らしい 先日も大事な会議に遅れそうて、僕はかなりイライラして地下鉄を待 っていた。その路線は「前々駅を出ました」という二駅前の情報が表示」 例をその時急に思い出した。かなり昔、友人が外国て観てきた博覧会の パビリ材ンの話をしてくれたことがあり、僕はそれにひどく感心したの される路線て、その表示が出た途端、これなら辛うじて間に合うなと、 ほっとして僕のイライラも瞬く間に消えていった。もしその「前々駅を 出ました」がなければ、来る直前までものすごく気を採み胃が痛くなっ てしまっていたはずてある。これは、電車の本数を増やすとか、乗リ心 だった。人気のあるパビリオンにとって待ち時間の長い行列は悩みの種 である。メインの本展示に予算を取られて、出展者は外の行列に対して s まで何らかの演出を施す余裕はない。しかし、そのパビリオンは延々と 地をよくするとかに匹敵するサービスだったんだと改めて僕は感心して 続く長い行列に来場者が飽きる頃に、なぜかみんな振り返って一様にに こやかになるというのだ。一体どうして?. と友人に尋ねるとなるほど と思わせる回答が返ってきた。そのパビリオンは、人り口が二階にあ り、階段を昇る造りになっていて、ふと振り返ると今まで自分が並んで いた列が動物の一筆書きのイラストになっている、というものであっ た。来場者はくねくね曲がけくねった導線を単なる行列の道としか思わ ないが、少し距離をもって上から見不ろすとなんと楽しい展示になって いたのだった。階段の上まで来た人は、自分がその展示のパーツを務め ていたことや、先人たちがなぜ振り返ってにこやかになったのかの秘密 6 がわかりとても楽しくなるのてある。ここでは、展示の一部としての自 分とそれを楽しむ観客としての自分という「視点の切り替え」がエン ターテインメントとしてうまく使われていたのだった。 「視点の切り替え」の重要性はみんな理解していると思うが、僕はそ いた。 そして数分後に電車は予告通りホームにすべりこんてきた。ドアが開 の) き僕は乗り込んだ。普通、人はそれまでの関心事がずっかり解決した送 端、何事もなかったかのように次の関心事に移る。僕も普段なら一人の 5 乗客として空いてる席を見つけるとかするだろうが、その時は気づいた ばかりの「案内板のイライラ解消作用」を相変わらず引きずって考えて いた。 そして電車が動き出した瞬間、ある事をさらに発見して思わず小さく あっと叫んだ。それは「僕のイライラがさっき消えたということは、ち a ょうど今頃、次の次の駅にいる人たちのイライラも消えているというこ とだー」ということであった。自分が数分前に享受した「前々駅を出ま した」の表示による作用が、今や二駅光のホームにいる大たちのイライ ラに対して及ぼされていると思うと当たり前てはあるが、何か妙に面白

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