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国語 中学生

国語の中3の世界はうつくしいとの表現技法って反復法以外にありますか?あと、作者の工夫などありますか?

世 うつくしいものの話をしよう。 いつからだろう。ふと気がつくと、 うつくしいということばを、ためらわず 口にすることを、誰もしなくなった。 そうしてわたしたちの会話は貧しくなった。 うつくしいものをうつくしいと言おう 。 けいこく 風の匂いはうつくしいと。渓谷の 石を伝わってゆく流れはうつくしいと。 午後の草に落ちている雲の影はうつくしいと。 遠くの低い山並みの静けさはうつくしいと。 きらめく川辺の光はうつくしいと。 おおきな樹のある街の通りはうつくしいと。 行き交いの、なにげない挨拶はうつくしいと。 花々があって、奥行きのある路地はうつくしいと。 雨の日の、家々の屋根の色はうつくしいと。 太い枝を空いっぱいにひろげる おおいちょう 晩秋の古寺の大銀杏はうつくしいと。 冬がくるまえの、曇り日の、 南天の小さない実はうつくしいと。 コムラサキの、実のむらさきはうつくしいと。 過ぎてゆく季節はうつくしいと。 さらりと老いてゆく人の姿はうつくしいと。 一体、ニュースとよばれる日々の破片が、 わたしたちの歴史と言うようなものだろうか。 あざやかな毎日こそ、わたしたちの価値だ。 うつくしいものをうつくしいと言おう。 幼い猫とあそぶ一刻はうつくしいと。 シュロの枝を燃やして、灰にして、撒く。 何ひとつ永遠なんてなく、いつか すべて塵にかえるのだから、世界はうつくしいと。 作者 長田弘一九三九 (昭和一四) ―二〇一五 福島県出身。詩人。 著書 詩集「深呼吸の必要」 「心の中にもっている問題 出典 「世界はうつる

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国語 中学生

1.2枚目は問題文で3枚目が問いです。 答えはウなんですけど、なぜウになるか教えて欲しいです。 急ぎでお願いします!

狩猟採集民は、自然の造った動物や植物のおこぼれにあずかって生きている人々である。自然を意のままに制 御するとか、征服しようとかの考えは最初から考慮の外にある。自然は圧倒的に強く、畏怖する以外に仕方のな はな い対象である。人間より圧倒的に強く、畏怖する対象を神と呼ぶならば、自然物にはすべて神が宿っている。従 ってアニミズムは必然的に多神教的になる。 狩猟採集民が、自然の意味づけをアニミズム的なやり方で行ったのは、けだし当然であろう。そこでは自我も また、自然の中の神々とつながっており、死後の自我の平安と永続性は、このような自然観の下で保証された。 もちろん、このような自然観は、個々人がそのつど考えたものではない。言語や自然観は、ある集団に人間が 生まれついた時から、すでに与えられたものとしてある。すなわち、文化と伝統である。強固な文化と伝統の下 では、人はわざわざ、自己とは何かなどと考える必要はない。 文化と伝統に従うのは、心安らかなことであり、人々はこの中で成長し、老い、心安らかに死んでゆく。 ②よ ほどのことがない限り、これを引っくり返すのは難しい。 現代人の自然観は科学技術文明に支配されている。科学技術の中心思想はコントロールである。人々はこの思 想を忠実に生きている。しかし不幸にもこの思想は、死後の自我の平穏も存在も保証しないので、人々は刹那的 に生きざるを得ないのかも知れない。私がいくら「科学は錯覚である」(私は一九九三年に宝島社から同名の本 を出版した)と言っても、さしあたってどうしようもないのである。 何が人々の自然観を変えるのか。様々な要因を述べることができるだろうし、ある場合には無根拠に変わるの かも知れない。しかし、③技術の発明が少なくとも大きなきっかけになることはまちがいなさそうである。 狩猟採集民に起こった最初の重要な技術は、採集物の貯蔵技術である。 貯蔵技術は定住をうながす。大量の貯 蔵物を携帯して移動することは困難だからである。ひとたび定住すれば、食糧ばかりでなく、それ以外の財狩 猟道具、衣服、装飾具)を保持することも容易になるため、持つ者と持たざる者の格差が発生する。 定住は不平 等を産み出すのである。たくさんの貯蔵食糧と財を所有すれば、当然これらを管理する必要が生ずる。 ここに、 コントロールという思考が芽生える。 貯蔵技術の次に人間が発明したのは農耕技術である。農耕は自然との変革管理なしには行えない。 野原や森林 を切り拓いて、田や畑にする。田畑は放っておくと、原野に戻ろうとするから手入れをしなければならない。自 然のコントロールという思想は、ここに確かなものとなる。しかし、自然は簡単にコントロールできるものでは ない。洪水、ひでり、大地震。 これらは現在でも手に負えない。コントロールしたいが、コントロールできない 自然。農耕民は、自然をコントロールしたいという願望と、コントロール不能な自然とのギャップにはさまれ、 ④非定住狩猟採集民とは少し違った自然観をもつようになる。 定住・農耕は自然の上に立つ神の出現と関係があるように思う。関係があるというのは、もちろん、因果関係 があるという意味ではない。 ⑤定住・農耕は、自然の上に立つ神という考えを受け入れやすい精神状態を作った のではないかということである。 アニミズム的な考えでは、自然はそれ自体が神々であった。一方、自然の上に立つ神は、自然を創造し、自然 を制御する。 ⑥このような神は、自然に対する人々のコントロール願望の反映なのではないだろうか。自分たち が制御できない自然を神に託して、神を崇拝することで、自然を間接的にコントロールしたい。 アニミズムにはおそらく真理という観念はない。多数の神々すなわち自然は、自分勝手に好きなことをして、 人間を楽しませたり、困らせたり、殺したりする。人間もまた神々のネットワークの一部であり、死ねば神々と 同化する。 それに対し自然の上に立つ神では、神の行いと考えが自然現象を決定するわけだから、すなわち、これが真理

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国語 中学生

定期考査の直しで、答えはイなんですけど、なぜいいになるかわかりますか? 急いでます。本当にお願いします

狩猟採集民は、自然の造った動物や植物のおこぼれにあずかって生きている人々である。自然を意のままに制 はな 御するとか、征服しようとかの考えは最初から考慮の外にある。自然は圧倒的に強く、畏怖する以外に仕方のな い対象である。人間より圧倒的に強く、畏怖する対象を神と呼ぶならば、自然物にはすべて神が宿っている。従 ってアニミズムは必然的に多神教的になる。 狩猟採集民が、自然の意味づけをアニミズム的なやり方で行ったのは、けだし当然であろう。 そこでは自我も また、自然の中の神々とつながっており、死後の自我の平安と永続性は、このような自然観の下で保証された。 もちろん、このような自然観は、個々人がそのつど考えたものではない。言語や自然観は、ある集団に人間が 生まれついた時から、すでに与えられたものとしてある。すなわち、文化と伝統である。強固な文化と伝統の下 では、人はわざわざ、自己とは何かなどと考える必要はない。 文化と伝統に従うのは、心安らかなことであり、人々はこの中で成長し、老い、心安らかに死んでゆく。 ②よ ほどのことがない限り、これを引っくり返すのは難しい。 現代人の自然観は科学技術文明に支配されている。科学技術の中心思想はコントロールである。人々はこの思 想を忠実に生きている。しかし不幸にもこの思想は、死後の自我の平穏も存在も保証しないので、人々は刹那的 に生きざるを得ないのかも知れない。私がいくら「科学は錯覚である」(私は一九九三年に宝島社から同名の本 を出版した)と言っても、さしあたってどうしようもないのである。 何が人々の自然観を変えるのか。 様々な要因を述べることができるだろうし、ある場合には無根拠に変わるの かも知れない。しかし、③技術の発明が少なくとも大きなきっかけになることはまちがいなさそうである。 狩猟採集民に起こった最初の重要な技術は、採集物の貯蔵技術である。貯蔵技術は定住をうながす。 大量の貯 蔵物を携帯して移動することは困難だからである。ひとたび定住すれば、食糧ばかりでなく、それ以外の財(狩 猟道具、衣服、装飾具)を保持することも容易になるため、持つ者と持たざる者の格差が発生する。 定住は不平 等を産み出すのである。たくさんの貯蔵食糧と財を所有すれば、当然これらを管理する必要が生ずる。ここに、 コントロールという思考が芽生える。 貯蔵技術の次に人間が発明したのは農耕技術である。農耕は自然との変革管理なしには行えない。 野原や森林 を切り拓いて、田や畑にする。田畑は放っておくと、原野に戻ろうとするから手入れをしなければならない。自 然のコントロールという思想は、ここに確かなものとなる。しかし、自然は簡単にコントロールできるものでは ない。洪水、ひでり、大地震。 これらは現在でも手に負えない。コントロールしたいが、コントロールできない 自然。農耕民は、自然をコントロールしたいという願望と、コントロール不能な自然とのギャップにはさまれ、 ⑨非定住狩猟採集民とは少し違った自然観をもつようになる。 定住・農耕は自然の上に立つ神の出現と関係があるように思う。関係があるというのは、もちろん、因果関係 があるという意味ではない。⑤定住・農耕は、自然の上に立つ神という考えを受け入れやすい精神状態を作った のではないかということである。 アニミズム的な考えでは、自然はそれ自体が神々であった。一方、自然の上に立つ神は、自然を創造し、自然 を制御する。 ⑥このような神は、自然に対する人々のコントロール願望の反映なのではないだろうか。自分たち が制御できない自然を神に託して、神を崇拝することで、自然を間接的にコントロールしたい。 アニミズムにはおそらく真理という観念はない。多数の神々すなわち自然は、自分勝手に好きなことをして、 同化する。 人間を楽しませたり、困らせたり、殺したりする。 人間もまた神々のネットワークの一部であり、死ねば神々と それに対し自然の上に立つ神では、神の行いと考えが自然現象を決定するわけだから、すなわち、これが真理

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国語 中学生

中3です。 どなたか作文の添削をお願いしたいです🙇‍♀️ もうすぐ受験で作文まだあまり得意でないので焦っております…。なんでもいいのでアドバイスやおかしいところがあったら教えて欲しいです。 写真の右側が問題文です。

14 2 私上 の が上手く 魚紳 リレ 1 ず ス 練 た い 0 と考えま - M st た 1 の中 K でで かし の学 ました 育 行 1習 まはわ私 10 行 +1 ₂ 結 え D pl. 11 FOX 人 せろと なこと 120 を合わ し 読み返して、いくらか付け加えたり削ったりしてもよい。 ●段は、内容にふさわしく適切に設けること。 原稿用紙の使い方に従って、160以上 氏名は書かずに、1行目から本文を書くこと。 一人ひとりが輝こう! みんなの力を合わせよう! で書くこと。 せると れ るも と 良 達ん せで で ででです + 12 +2 るき は んな +) N N2 = to to 条件 げるようになると 最下位でした ②①で選んだものについて、 よいと考えた理由を書くこと。 の案A、Bのどちらか一つを選ぶこと。 に従って書きなさい。 ンがよいと考えるか。 あなたの考えを、次の二つの条件とあとの注意 ガンの候補は、次の案AとBである。 あなたは、どちらのスローガ 6 ある中学校で、体育祭のスローガンを決めることになった。 スロー 取る 2 。 T 3 n 06.1² しや

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国語 中学生

この問題の答えを教えて欲しいです。

じゃん (香川・改) (50点=105点×2 120点 他は100点×2) 思考で、「当たらずとも遠からず」の判断になる場合もよくある。(1) の判断はまったく偶然のレベルである。 これら三つの形の「直観」は、 まったく違う種類の思考というよりは、判断の拠り所となる背景の 知識のありかたが違う思考と考えたほうがよい。豊富で精緻な知識 を持っていれば直観の精度は上がり、 「ひらめき」になる。 知識が ないところで直観に頼れば、 「あてずっぽう」 になってしまう。 (今井むつみの文章より) *①~⑨は段落番号を表す。 1 「科学的思考ができるようになる」とあるが、科学的思考とは、 どのようなもののことであり、どうすることを目的としたものだと 筆者はいっているのか。 それを説明した次の文のA・Bに入る 言葉を、第3段落の中からそれぞれ十五字以内で抜き出しなさい。 ・科学的思考とは、Aのことであり、Bことを目的とした もの。 ②「「体で覚える」ことによって初めて体得できるのである」とある が、これは、どのようなものをどうすることによって、批判的思考 を体得できるといっているのか。 「知識」 「経験」という言葉を使っ て、三十字以内で書きなさい。 ただし、文末は「…こと。」 の形で 書くこと。 3 「この「矛盾」」 とあるが、筆者は、どのような点を「矛盾」といっ ているのか。 次の文の 「批判的思考」 「直観力」 に入る言葉を、 という言葉を使って、六十五字以内で書きなさい。 ・学びの達人になるためには、□点。 44 「判断の拠り所となる背景の知識のありかたが違う思考」とあ るが、知識のありかたと直観の精度はどのように関係しているか。 四十五字以内で書きなさい。 国語 文章中の言葉を使って! 記述問題 テーマ別問題 説明的文章の記述問題 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 ① 科学を学習する目的は、発見された「事実」を覚えることでは 3 ない。今日覚えた事実や理論が、 一〇年後には棄却されているか もしれない。 2 科学はデータをもとに論理を組み立て、理論を構築するプロセ スである。 では、「科学を実践する」ために、子どもは何を学ば なければならないのだろうか? 学校で理科の時間などで実験 をし、データをとり、分析する、という学習はしているだろう。 しかし、それらは「科学を行う」ための要素に過ぎない。科学的 思考ができるようになるために必要なのは、むしろ、理論の検討 のしかた、仮説の立て方、仮説の検討のための実験のデザインの しかた、データの解釈の仕方、 結論の導き出し方、 などの論理を 組み立てるスキル(技能や技術)なのである。 3 もちろん、ここでいう「科学」は自然科学に限らない。 心理学 はもちろんのこと経済学、法学のような社会科学も同じだ。 さら に敷衍 (おし広げること)すれば、どのようなことであれ、単な る好き嫌いではなく、理にかなった意思決定をするために、論理 構築スキルに則った思考が必要である。 ④ いま、いたる所で 「批判的思考」ということばを聞く。 しかし、 批判的思考の定義に関して、ほとんどの人はあやふやな考えしか 持っていないようだ。 ⑤ 批判的思考とはつまり、科学的思考と基本的に同じで、ある仮 説、理論、 あるいは言説を、 証拠にもとづいて論理的に積み重ね て構築していく思考のしかたのことを言う。単に「感情にとらわ れず客観的にものごとを考える」とか「多角的に物事を検討する」 ということではないのだ。 ⑥ このような科学的思考、 批判的思考のバックボーン(思想・信 条等を支えるもの)になっている仮説検証のプロセスと理論構築 のプロセスはもちろん、本で読んだだけ、あるいは誰かに説明さ れただけでは理解できない。 知識を構築していく実際の道筋がわ からないと、様々な仮説を適当に立てるだけで終わってしまう。 自分で仮説を考え、実験をデザインし、データを取って分析し、 吟味し、論を構築し、それを評価する。 「批判的思考」はこのよ うなプロセスを何度も繰り返し経験すること、つまり、「体で覚 える」ことによって初めて体得できるのである。 とくちょう 批判的思考は学びの達人になるためにとても大事で、最近は教 育界のキーワードになっている。他方、熟達者の特徴は鋭い直観 力にあることも、誰もが認めるところである。 批判的思考を重要 視するということは直観的思考をどれだけ排除できるか、と考え られるのに、この「矛盾」はどのように考えればよいのだろうか。 ⑧ じつは「直観」ということばは、いくつかの意味合いを持つ。 三つの形を考えてみよう。 (1) ある状況で何がしかの判断をするとき、知識がないときは、 コイントスのように適当にするしかない。 (2) 子どもが単語の意味を考えるとき、「形ルール」 (形から判断 しようとすること)のようなスキーマ (外界を認識するときに 使われる知識の枠組み)に沿って、その場ですぐに初めて聞い た単語の意味を考え、その単語が使える範囲を決めてしまう。 (3) 将棋の達人は、次の一手についてあれこれ可能性を考えなく ても最善の一手が頭に浮かぶ。 いっぱん ⑨ (1)から(3) はすべて一般的には「直観的思考」と考えら れる。 しかし、その判断の精度や質はそれぞれ異なる。(3) は 非常に精度が高い判断。(2) はいわゆる「スキーマ」に頼った

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