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理科 中学生

マーカーの部分に水に砂糖を溶かす前の質量とありますが、これは砂糖を入れる前の水の質量のことでしょうか?また、砂糖を入れて溶かす前のことでしょうか?教えて欲しいです。

の一晩置いた液のようすから何がわかる 実験から コーヒーシュガー(砂糖)は また, 一晩置いた液を観察すると,どの部 水にとけて透明になるようすを観察できた。 のろ過 ーシュガーとデンフンはそれぞれ。 コー 紙を通過することができたといえる。 ろうか。 あたい 同じこさだった。 がわかるか。 か。 図3 砂糖が 必実験から コーヒーシュガー(砂糖) 80 「物質が 水にス とう めい いえる。 たつと底に でしまった。 分も同じこさだった。 一方, デンプンは、 水にとけず,液は白くにごり, そのうち底 にしずんでしまった。このことから, 水に とける物質と,とけない物質があることが わかる。また, 水に砂糖をとかす前の全体 の質量と,とかした後の全体の質量は変わ らなかったことから,水にとかした砂糖は ずんだ に物質 5 全体の び きょう 微鏡 のは った。 もこ 時間 なくなっていないことがわかる。 ろ過したそれぞれの液は透明であったが, 砂糖をろ過した液を蒸発させると,あとに 砂糖が残った。このことから, 砂糖はろ紙 のあなを通りぬけたことがわかる。しかし 10 い。 で 図 粒 デンプンをろ過した流む前 00

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理科 中学生

教えてください

光合成について調べるために次の「実験合11から(実験3〕 までを行った。 次の(1)か 2 Oのオオカナダモを、aは光がよく当たる場所に、bはそのまま暗室に置いた。 3 半日以上たってからオオカナダモa, bの葉をそれぞれとり、お湯であたためてか らヨウ素液をたらして顕微鏡で観察したところ, aの葉のみ青紫色に変化した。 (天験!」0 2本のオオカナダモabを水槽に準備し、暗室に一晩置いた。 (1)(実験 らエまで ア 葉 ウ葉 (美験2J 0 水を沸騰させた後, 密閉して室温まで冷まし、 試験管A, B, C, Dに同量入れた。 2 試験管A, B, Cには、 二酸化炭素を十分に吹きこんだ。 3 試験管A, B. Dには、 葉の数や大きさ、茎の太さや長さが同じくらいのオオカナ ダモを入れ、試験管Cにはオオカナダモを入れずに, 試験管の口に栓をした。 の 図1のように、試験管A, Cはそのまま,試験管B, Dはアルミニウムはくでおおっ てから、光がよく当たる場所に3時間置いた。 (2) 図4 式的 青紫 ぶし 5) 試験管A,B, C, D内で酸素の発生が見られるかを観察したところ, 試験管Aか らのみ、酸素の発生が見られた。 が そ D 図1 A B A 水 [実験3) 0青色のBTB 溶液に息を吹きこんで緑色にし, 試験管E, F, G, Hに同量入れた。 2 試験管E, F, G, Hに, 葉の数や大きさ, 茎の太さや長さが同じくらいのオオカ ナダモを入れ,試験管の口に栓をした。 3 暗室内で,図2のように光源からの距離を変えて置いた試験管E, F, Gに光を当 てた。試験管Hは,図3のように試験管をアルミニウムはくでおおってから光を当てた。 の 光を十分に当てた後,各試験管内の BTB溶液の色を調べ,表にまとめた。なお, 同様の実験を試験管E, F, G, Hにオオカナダモを入れずに行ったところ,溶液の 色はすべて緑色のままだった。 図2 E F 図3 光源 光源 表 試験管 E F G H BTB 溶液の色 青色 うすい青色 緑色 黄色 緑色にしたBTB溶液」 アルミニウムはく D EN H \アルミニウムはく オオカナダモー オオカナダモ 二酸化炭素を 吹きこんだ水 緑色にしたBTB溶液 オオカナダモ アルミニウムはく一 1二酸化炭素を一 吹きこんだ水 緑色にしたBTB溶液 D オオカナダモ オオカナダモー 二酸化炭素を 吹きこんだ水」 緑色にしたBTB溶液 O) オオカナダモ オオカナダモー

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国語 中学生

この黄色いところの「それ」とは何を指しているのか教えてくれたら嬉しいです!お願いします🤲

『を語る●君は「最後の晩餐」 を失 ところが、実際に修復を終えた「最後の晩餐」の前に亡 ないほどに魅力的なのだ。確かに細剖は落ちて、消えてなくなっている。しかし、 そのため にかえって、絵の「全体」がよく見えるようになった。人物の輪郭が作る形。その連なり。 絵の構図がもっている画家の意図。つまり、レオナルドが、絵画の科学を駆使して表現しよ うとしたものが、とてもよく見えてくる。だから、いきなり「かっこいい。」と思えるのだ。 逆に、絵が完成したばかりの頃、それを見た人たちは、細部の描き込みのすごさに息をの んで、感嘆したのかもしれない。しかし、そういうものに目を奪われて、この絵がもってい る本当の魅力が「見えなかった」。そんなことがあったのではないか。そして細部が剥げ落 ち、ぼんやりした形の連なりだけが残った。修復は、そのような「全体」をより明快に見え るようにした。だとしたら、本当の「最後の晩餐」は、二十一世紀の私たちが初めて見たの かもしれない。レオナルドが描きたかったのは「それ」なのだ。 「最後の晩餐」は、建物の壁に描かれている。だから、レオナルドが暮らし、この絵を描 いたミラノの町てしか見ることができない。君もいつか、イタリアを旅して、この絵を自分 の目で見てほしい。五百年も昔に描かれた名画は、二十一世紀の今も生きている。芸術は永 遠なのだ。 筆者 布施英利 一九六○(昭和三五) 著書 「君はレオナルド。ダ 群馬県出身。芸術学者·批評家。

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