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国語 中学生

最後の4番についてなんですが私は○だと思ったんですが子供のためにっていうのがいりますかね?

変岡9×; ©国 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 いい年をして、いまだに宿題の夢を見る。「英語の単語を因数分解で解け」という問題に、汗びっしょ て、生意気な様 *子煩悩=我が子を強く愛す と。また、その人。 宿題といえば、「桃太郎サン」の全文をノートに書きウツす宿題を朝になって思い出して、食卓で ペソをかきかき書いたこともあった。そのせいか、今でも、桃太郎というと、炊きたての御飯のにお りでベッドにはね起きたこともあった。 (2点 ×5) 漢字の読みと書き いを思い出して困ってしまう。 a ウツ(す} ニ>* 一番インショウに残っているのは、風船の宿題である。あれは小学校何年生のことだったろうか。 私は、紙風船を作る宿題ができなくて、半泣きであった。算数で、球形はたくさんの楕円形から成り立っ たから、私は、窓から運動場を眺めることで時間をつぶした。そして、家へ帰って、ハタと当惑して しまったのである。当時はまだ、質のいい高性能接着剤はなかったから、ひょろ長い楕円形の端と端 b インショゥ ている、というようなことを習って、先生は例として紙風船を示していた。算数はとても苦手であっ [G を張り合わせて、紙風船を作ることは至盤の衆であった。あちらつければ、こちらがはがれる。つい に泣きだした私に、父は「もう寝ろ。」とどなった。 隣E 。 朝起きた私は、食卓の上に紙風船がのっているのを発見した。いびつで、ドタッとした、何とも不 d タメ(した) 様な紙風船であった。 「いろんなもので、タメしたあげく、やっと小さなやかんが型に合ってできたのよ。お父さんにあり e 頑固 がとうを言いなきい。」 母が口をそえた。父は怒ったような顔をして、御飯を食べていた。 私は風船を大きな菓子袋の中に入れて、意気揚々と登校した。ところがー風船を作ってきたのは一 私一人なのである。そんな宿題は出てはいなかったのだ。その日帰って、私は、うそをついた。 今にして思えば小賢しい話だが、そう言わなくてはいけないような気がしたのだろう。「お父さん の風船」の話は、よく話題にのぼった。このエピソードは頑固で気短な父が、実は子煩悩である- というPR用に、好んで母が話していたようである。 私は、ますます白状しそびれてしまった それぞれの 心情 を読み取ろう。 9母- · 3一線0とありますが、これは風船を作ることがどのようであることを示し ていますか。それを編的に表している言葉を、文中から四字で抜き出しなさ」 2|線2の意味として、最も適当なものを次から選び、記号で答えなさい。 (動)。 ァ 緊張してびりびりした様子。 ウ 心配で心が落ち着かない様子 (動ゴ) 口にあてはまる会話文として最も適当なものを次から選び、記号で答えな ィ 穏やかに満ち足りた様子。 工 得意で誇らしげな様子。 ()。こ ィ 宿題ではないのによくやってきたねって、ほめられた……。 ウとてもよくできましたって、ほめられた……。 エ 子どもが作ったようには見えない、って疑われた……。 ン 子どものたのに風船さてや ア 不様な風船を見せたら、みんなに笑われた……。 コ線8は、「父」のどんなところからいっているのですか。それをまとめ た次の文の口にあてはまる言葉を答えなさい。(0点) 「もう寝ろ。」とどなっておきながら Jところから (一国)

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国語 中学生

この問題の3番教えていただけませんか( ;∀;) わりと困ってます。ここだけわからないです 教えてくださればフォローさせていただきます!

サハラ砂漠である。もう、三十年以上も前のことだ 日本の風土とまさに対極にある 「砂の海」に身を置いたら、どん な気分になるだろう。そう考えたのが砂演への旅の動機だったのだ が、そのサハラのまんなかに連なっている月世界のような岩の台地 に、一万年も前の原始絵画が描き残されている、と知らされたこと」 も、ぼくを砂漠へ駆り立てるのに拍車をかけた 予想はしていたものの、砂漠への道行きはじつにきびしいもの だった。地中海に臨む港町アルジェからアトラス山脈を越え、南へ 千数百キロ、目的の岩絵はそこに。応立するタッシリ高原に“展示 されているのだから。 その岩のアトリエへ達するには、ふもとのオアシス、ジャネット でロバ数頭を調達し、水、食糧、毛布、キャンプ道具一式を積んで、 映阻なタファルレット峠を越え、何日も歩き通さなければならな い。だが、神秘な原始絵画の誘惑が、すべての苦難に勝った。 峠を登りつめるのに、どれほど苦労したことだろう。最も苛酷な 夏の盛りである。気温は五十度を超えていた。累々と積み重なる岩 の急坂を、半死半生の態でよじのぼり、まだほんの序のロというの に、ぼくは早くも岩陰にヘナヘナと座り込んでしまった したたる汗を拭いながら、岩と空しかない世界を見回したときで ある。まさしく *反世界。 としか思えない日本の美しいイメージが、 不意にぼくの胸をよぎった。そのイメージとは、なんと、場ちがい な『新古今和歌集』の夢のような風景だった。その一首 みよし野の高嶺のさくら散りにけり 嵐もしろき春のあけぼの一 み吉野の高い峰まで咲き競った桜が、春の強風に雪のように散っ ている。その花吹雪が、あけぼのの空に白い嵐のように見える、と ん いう風景だ。 作者は後島羽院。 この。親集のなかで、ぼくが最も 心意かれる美の極致である ぼくは、あらためて、あたりを見回した。一木一草とて許さない 1大地の骨が、悪のような太陽のもとで溶け出すのではないか とさえ思われた。ぼくを先導するトゥアレグ人のガイド、パーバが 傍らに立って不思離そうに、ぼくを見おろしている。彼にとって こんな岩場は革のサンダルで歩き慣れた日常世界なのであろう。 バーパには、落花で嵐も白い春のあけぼのの光景など、2およそ想 像もつかないにちがいない。そう考えると、こうも異なる風土に ぼくは、いまさらのように、おどろきを禁じえなかった。 3このタファルレット峠が現実だとすればーいや、たしかに現実 だ そうならば、「吉野」はまさに曇気楼ではないか 「早く行こう。休んでいたら、もっと暑くなるよ」とパーバに促さ れて、ぼくは全身の力をふりしぼり、岩に手をかけながら夢中で立一 ちあがった。「しろい嵐」は一瞬にして消えた。だが、このとき、 ぼくは日本へ帰ったら、桜の季節に、ぜひとも吉野を訪ねよう、と 心に決めたのだった。 そんなわけで、帰国後、折りにふれては、「みよし野」の「嵐も しろき」春の風景が心に浮かんでいたのだが、花の季節に吉野を訪一 れる機会は、なんと、三十余年もめぐって来なかった。毎年、桜に 心を奪われながら、つい、行きそびれていたのである。このままで は、吉野を知らずに人生を終わることになってしまう ところが、早春のある日。旧友のI君から思いがけぬ誘いがか かった。「吉野の桜を見に来ないか」というのである。彼とは長い 付き合いだったが、彼の。細君の実家が、吉野「中千本」の通りに 面して、絶好の場所にあると知らされたのは初めてだった。 Jad 体号 山梨県

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