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この問題で答えは4なんですけど6ではダメなんですか?教えてください🙇

これは話し合いの参考にするための事前アンケートで <アンケート用紙 「ごみの散乱を防止する方法」としてどんなものを知っています 書きで挙げてください。いくつでも可) <アンケート集計結果〉 調査対象: 3年1組 40人 「ごみの散乱を防止する方法」としてどんなものを知っています ごみの散乱防止をすすめるポスター 標語コン 2 本校運動部の生徒がボランティアで 行っている早朝 3 地域住民による一斉清掃 市の環境課が立てたポイ捨て防止の [立て看板 地域住民が自主的に行っている ごみ拾 16 市のポイ捨て禁止条例 その他 【Ⅱ】クラスでの話し合い す。 では、花子さんお願いします。合いいれ 提案してくれた花子さんに提案の理由を説明してもらいま (一郎) 今日は私が司会を務めます。今日の話し合いのテーマは「通 学路付近のごみの散乱防止について」です。まずはこのテーマ ご 中 8 回答 10 20 30 S どうぞ。 (一郎)では、皆さんの意見を聞きたいと思います。意見のある人は 減ると思います。 計結果を見て、私も て、人の心に訴えるようなものを作れば、ポイ捨てをする人も が、何となく印象が薄い気がします。デザインや言葉を工夫し (太郎) 私は、ポイ捨て禁止の立て看板を自分たちで作って、通学路 沿いに立てさせてもらうのがいいと思います。アンケートの集 があることを思い出しました いました。あのようなものを作ったらいいのではないでしょう 捨てをやめようという気持ちになるようにいろいろと工夫して ターを描いたことがありましたが、あのときも、見た人がポイ (雪子) 私も賛成です。 図工や美術の時間にごみ散乱防止のポス かたがた 動部員だけでなく、全校生徒が三 に抵抗を感じる人も多いのではないでしょうか。ですから、重 た。誰かが掃除している姿を見ると、そこにごみを捨てること 分はポイ捨てはしないようにしようと心がけるようになりまし (次郎)私は、地域の方々が清掃しているのを見て、少なくとも自

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歴史 中学生

青い線の文章についてです。 国司から守護に変わったのは 鎌倉時代では無いのですか?

(1) ア (2) 古事記 (3)ウ (4)(例)正長元年以前の借金が帳消しになった(17字) (1) 弥生時代には,大陸から「稲作や青銅器・鉄器が伝えられ」 「高床倉庫」に米を保管したの でアが正しい。 イ磨製石器がつくられ、弓矢を使って狩りをしたて穴住居に住むようになっ たのは縄文時代。ウ漢字・儒教や、製鉄などの技術が渡来人によって伝えられたのは古墳時代。 工氷河があり,打製石器を使って狩りをしながら移動する生活をしていたのは旧石器時代。 (2)奈良時代に日本書紀とともに編さんされた「神話・伝承・記録などをまとめたもの」は, 古事記である。古事記と日本書紀はともに天皇中心の国家成立の歴史をまとめたものである。 (3)平安時代には,地方の政治は国司に任されるようになり、自分の利益を求める国司が増えて、 しだいに地方の政治は乱れていったのでウが正しい。 ア権限が拡大された守護が国司に代わっ て国を支配するようになったのは室町時代。イ大和政権に従い巨大な前方後円墳を築く豪族が あらわれたのは古墳時代。エ「名主(庄屋)組頭, 百姓代」 「五人組」から江戸時代。 (4)土一揆は農民が荘園領主や守護大名に年貢を減らすことを要求したり、 借金の帳消しなど を求めて高利貸しの酒屋や土倉などを襲ったりした行動である。 「正長元年ヨリサキ」とは 正長元年以前,「ヲキメ=負い目」は借金, 「アルヘカラス」はあってはならないということ である。

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国語 中学生

したがい の主語を答える問題で、答えは蜂だったのですが、蜂「が」はいらないのですか?学校では「が」や「は」もいると習ったので混乱しています😢あと、蜂たち という答えはどうなのでしょう?‪✕‬ですかね、、

【古文】 はち じんち すべて、蜂は短小の虫なれども、仁智の心 ありといへり。 しゅつし なり。 きやうごくだい されば、京極太政大臣宗輔公は、蜂をいく たま らともなく飼ひ給ひて、「なに丸」 「か丸」と め 名を付けて、呼び給ひければ、召しにしたが かくごしや かんだう ひて、勤者などを勘当し給ひけるには、「な ながさ に丸、刺して来」とのたまひければ、その ふるま ままにぞ振舞ひける。 出仕の時は車のうらうへの物見に、はらめ きけるを、「とまれ」とのたまひければ、と はちかひ おとど まりけり。世には蜂飼の大臣とぞ申しける。 不思議の徳、おはしける人 【現代語訳】 ちえ 総じて、蜂は小さな虫であるけれども、愛 情と知恵があるといわれている。 そうであるから、京極太政大臣宗輔公は、 さむらい 蜂を数え切れないほど(たくさん) お飼いに なって、「なんとか丸」「かんとか丸」と名前 を付けて、お呼びになると、お召しにした がって蜂たちがやって来て)、侍たちをお叱 りになるときには、「なんとか丸、誰それを 刺して来い」とおっしゃると、そのとおりに (蜂たちは)行動したという。 ぎっしゃ だれ 出仕のときは牛車の左右の物見窓に、飛び 回っているのを、「止まれ」とおっしゃると、 止まったそうだ。世間では(この人を)蜂飼の 大臣とお呼びしていた。不思議な徳が、おあ りになった人である。

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