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歴史 中学生

全部教えて欲しいです

すいこてんのう 飛推古天皇の摂政として蘇我氏と協力して政治を行ったの 31 鳥 はだれか。 32 33 34 35 37 38 40 飛鳥 41 飛鳥 飛鳥 飛鳥 ずい せいど 36 飛隋の進んだ制度や文化を取り入れるために送った使いを 何というか。 44 飛鳥 飛鳥 飛鳥 飛鳥 39 飛7世紀はじめに隋にかわり,中国を統一し、大帝国を築 いた国は何か。 43 飛 飛鳥 天皇が女性や幼少であるとき, 天皇の代理として政治を 20 行う役職を何というか。 飛鳥時代に設けた、家柄にとらわれず,才能や功績のある 人物を役人とするための制度は何か。 飛鳥 あすかじたい じゅきょう 飛鳥時代に定めた, 仏教や儒教の考えを取り入れ、天皇 の命令に従うべきことなどの役人の心得を示したきまり を何というか。 飛鳥 飛鳥 607年に隋に派遣された人物はだれか。 聖徳太子が建てたとされる世界最古の木造建築物を何と いうか。 飛豪族が支配していた土地と人民を朝廷が直接支配するこ 42 鳥とを何というか。 奈良盆地南部を中心に栄えた日本で最初の仏教文化を何 というか。 645年に蘇我氏をたおし、 新しい政治のしくみをつくる 改革を行った中心人物は中臣鎌足ともう一人はだれか。 なかとみのかまたり そが 645年に蘇我氏をたおした後に始めた新しい政治のしくみ をつくる改革を何というか。 663年に日本が百済を助けるために朝鮮半島に大軍を しらぎ 送り,新羅と唐の連合軍に敗れた戦いを何というか。 てんじてんのう 672年に起こった天智天皇のあとつぎをめぐる戦いを何 というか。 45 羊の乱に勝利して即位した人物はだれか。 とう ほうりつ 701年に, 唐の法律にならってつくられたきまりを何と 46 いうか。 34

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この問題で、i がウ、ii がエ になるんですが、何故でしょうか??簡単にでいいのでお願いします。

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 *じゆかい *ぢやうにち ※ れnDやうりやうげん *ざす 慈恵僧 正 良源、座主の時、受戒行ふべき 定 日、“例のごとく催し設 たま *しゆつ し けて、座主の 出 仕を相待つの所に、「 にはかに帰り給へば、供の者ども、 *J4Jれん 「こはいかに」と心得がたく思ひけり。衆徒、諸職人も、「これ程の大事、 日の完まりたる事を、今となりて、さしたる障りもなきに延引せしめ給一 *はS< Oしかるべからず」と誇ずる事限りなし。 ふ事、 *Jを あつま 諸国の沙弥らまでことごとく参り集りて、受戒すべき由思ひゐたる所 よ かはハせうかう えんいん したが に、横川の小綱を使にて、「今日の受戒は延引なり。重ねたる催しに随 ひて行はるべきなり」と仰せ下しければ、「(何事によりてとどめ給ふ ぞ」と問ふ。使、「全くその(故を知らず。ただ早く走り向ひて、この由 を申せとばかりのたまひつるぞ」と。いふ。栗れる人々 得ず思ひてみな退散しぬ。 おのおの心 かかる程に、一 その時人々、「この事あるべしとかねて悟りて、延引せられける」と思 ひ合せけり。受戒行はれましかば、そこばくの人々みな打ち殺されなま 」の時ばかりに、大風吹きて、南門にはかに倒れぬ。 しと、感じ工 ののしりけり。 (「宇

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写真三枚目の問題が、なぜウなのか解説を読んでもわかりません。私がイだと思ったのは、 陶器士が内心喜んでいた と文中にあって、それを反省させるためかのかな、と思ったからです。

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 ある国の有名な陶器師が、上等とされる軽くて薄い茶わんを、殿さまに献一 |上した。以下はそれに続く場面である。 今度、新しく、薄手の茶わんが上がってからというものは、三度のお食事に殴 さまは、いつも手を焼くような熱さを、顔にも出されずに我慢をなされました。 rいい陶器というものは、こんな苦しみを耐えなければ、愛玩ができないものか」 (当)こマ と、殿さまは疑われたこともあります。また、あるときは、「いやそうでない 家来どもが、毎日、俺に苦痛を忘れてはならないという、悪義の心から熱さを耐 (国) *1 えさせるのであろう」と思われたこともあります。「いや、そうでない。みんな が俺を強いものだと信じているのて、こんなことは問題としないのだろう」と思 われたこともありました。 あれと、殿さまは、毎日お食事のときに茶わんをごらんになると、なんとい でリUな 顔色が養るのでございました。 あるとき、殺さまは山国を旅行なされました。その地方には、殴さまのお宿を しは するいい宿屋もありませんでしたから、百姓家にお泊まりなされました。 百姓は、お世辞のないかわりに、まことにaでありました。股さまはどん なにそれを心からお喜びなされたかしれません。いくらさしあげたいと思っても、 山国の不硬なところでありましたから、さしあげるものもありませんでしたけれ ど、殿さまは、百姓の真心をうれしく思われ、そして、みんなの食べるものを喜 Rておくになりました。 季節は、う秋の末で寒うございましたから、熱いお汁が身体をあたためて、 たいへんうもうございましたが、茶わんは厚いから、けっして手が焼けるような ことがありませんでした 国いくら軽くたって、また際手であったとて、茶わんにたいした変わりのある はずがない。それを軽い薄手が上等なものとしてあり、それを使わなければなら

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中3です! 分からない問題があって...。 画像の問題のやり方を教えて頂けたら嬉しいです🙏

振る話は山ほどある。やはり危険は回避して、多少じれ の科白ではないけれど 「まあ、お聞き下さりませ」 きならぬ目に人を誘うことがある。t| こ体 「回Sない」から) がれから、知らず知一 みる。 紙を選び、墨色の濃淡も行き届いた手紙で伝えられる言葉は、書かれて ~同時に、友達と遊 と腰を据えられれば、騒ぐ心も落ち着きを取り戻して、鎮まる余裕が生 たと思う。なかには いる内容も申し分ないに違いないが、書き手の姿や、その居廻りの様子が、 知って居るはずもないのに、カーテン越しの光が躍っているか、障子の隅 だけが明るく、部屋の中はそろそろ灯りが欲しい時間だろうかなどと、相想 像をかき立てられる気がすることがあり、言外の楽しみを与えられるとい う訳だが、こんな手紙を受取った後は、返事に困り、頭の痛いことである。 言葉を文字で読む時、自分が声を出して読まなければ、それは目だけの 文字の世界だが、なぜか分からないが、私の耳は声を聞いていると感じる ことがある。書かれている内容によって、男の声、女の声、老人のことも あるが、減多に華やかな艶っぽい声を聞くことは少ない。自分が過ぎてき 日葉や、苦労して覚 話た せ屋の棟」 た時間の中に、心に残るほどの佳い声に出会わなかったのか、こちらの心 になる慣わしを持 が捉え切れなかったのか、今さらながら惜しいことではある。 は成り立たない しは存在すら確か ずっと穏やかで、ゆっくりだったと思う。。言葉遣いも、年齢、職業、社 会的な位置による使い分けがはっきりしていて、使うべき言葉、いかなる 場合にも使ってはならない言葉の区別は、小学生でも心得ていた。だから、 大人の居ない所でわざと規則違反をやったり、上品ぶった奥様言葉をまれ て得意満面、大人をからかったりしていい気分になっていた。垣根がある 昭和のはじめの頃、今から思えば日常生活の中で互に交される言葉は、 になるのだ。言葉 は自分の思いを ければ、文を書 から、垣根破りは面白いのだし、言葉自体にその人の生活が強く結び付」 「 は いている使い方があることは、きまりに縛られる不自由さもあったが、言 r 捨てて、退引 葉の持つ表情は豊かで奥行きのあるものだった。今の平均化した言葉は分 これを オギー 「こんな手紙を受取った後は、返事に困り、頭の痛いことである。」 とありますが、それはなぜだと考えられますか。次か で答えなさい せるのだろ 0 国語、

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