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理科 中学生

問4の問題で浮力が0.8Nとどのように分かるのですか?

5 物体にはたらく力や浮力を調べるために実験を行いました。 の影響は考えないものとし、 また、 質量100gの物体にはたらく重力の大きさを1Nとします。 (19点) 図1のように, ばねに1個 40.0gのおもりを1個から5個まで個数を変えてつり下げて, おもり の個数とばねののびの関係を調べると、表1のようになった。 表 1 実験 1 ばね ばねののび 図 1 ・おもり 表2 水面から物体の底面 までの距離 [cm] ばねばかりの 示す値〔N〕 おもりの個数 〔個〕 ばねののび〔cm〕 0 実験2 図2のように,高さが8.0cmの直方体の物体Aの上 面に糸をつけてばねばかりにつるし, 底面が水平になる ように保ちながら物体Aを容器に入れた水に沈めてい き, 水面から物体Aの底面までの距離とばねばかりの示 あたい す値を記録した。 さらに,物体Aと同じ高さで同じ底 面積の直方体の物体Bについても同様の実験を行い 水 面から物体Bの底面までの距離とばねばかりの示す値を 記録した。 表2はその結果である。 ただし, 物体Bの実験では, 水面から物体Bの底面までの距離が6.0cmになったと ころでばねばかりの示す値がONになり, それ以上はば ねばかりを下げても物体Bは沈まなかったことを表して いる。 0 1 2.0 底面 3 2 6.0 4.0 水面 |水 図2 実験3 物体Aの上面と物体Bの底面をぴったりと合わせて接着した物体を静 かに沈めると、図3のように容器の底まで沈み, 静止した。 4 8.0 糸 - ばねばかり集 上面 5 10.0 0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 6.0 7.0 8.0 9.0 10.0 物体 A 2.0 1.9 1.8 1.7 1.6 1.5 1.4 1.3 1.2 1.2 1.2 物体B 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 水面 水 物体A 水面から物体Aの 底面までの距離 容器 図3 1 ―物体B 物体A

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国語 中学生

1枚目(左)の文章を読んで 2枚目の(右)の問の答えを解いて 答えを教えてください!! 私立の一般入試の問題です。 答えが配られてないのでわかる方教えてください😭

次の文章を読んで、あとの (1) から (六)までの問いに答えなさい。 (文字数の指定がある場合は、句読点も一字に数える) 昔、人々は自分の住んでいる地域内でいっさいの暮らしを立て、村ざかいや それぞれの地 国ざかいを越えて、よその地域に出かけることはなく、 域でそれぞれの地域特有の言葉Ⅰが形成されていきました。 ところが、明治維新になって、東京に明治政府ができ、日本語を統一しよう として、東京の言葉を標準語として、徹底した共通語の普及を強引に行ったこ 戦後、爆発的に膨張したマス・コミュニケー とはよく知られています。 ション、なかんずく放送ジャーナリズムが、その普及に大きく加担しました。 そうしたことのために、一方では、日本中どこへ行っても言葉が通じなくて困 一方では、方言の中の、たく るというようなことはなくなりました。 さんの美しい言葉、 微妙な感情を伝える言い方、力強い表現、 ゆかしい言い回 などを死滅させ、今もさせつつあります。 C ヨーロッパでは、中世封建制が崩れ、近代国家が作り上げられていく過程で、 各地の言葉が混ざり合い、溶け合い、それに芸術家や学者が磨きをかけて、長 い時間をかけて、それぞれの国語が熟成していきました。 日本では、その熟成期間が飛ばされてしまったのだといえるでしょう。 学校で、標準語の普及を図る手段として、方言を口にしたら罰として背中や 胸に「方言札」と書かれた木の札を掛けるということまで行われました。 沖縄県平良市の大神島では、戦後もこの方言札が、小・中学生だけでなく、そ の父兄たちにまで用いられたそうです。 こうした、無理強いの、ゆがんだ経過を経て流通している、いわゆる標準語 は、まだまだインスタントの人工語で、たいそうやせており、 方言の側から輸 1 血しないと、ますます貧血の度が進むというのが、わたしの認識です。 日本の近代化の陰で、標準語という名の消しゴムに消された方言の中から、 輸血するに値する濃度を持った言葉を探し出すことは、地上から消えていくわ らぶき屋根を惜しむといったふうの感傷を超えた、日本語の現場の問題なのだ とわたしは思っています。 ききゅうす それにしても、方言は日々幾何級数的なといえるほどの速度で衰微しつつあ ります。消えてしまったら、それでもう終わりです。 ろんし 世の中の変化とともに、言葉も変わっていくのだから、方言が消えていくの も、自然な推移だ、という論旨があります。言葉とはそういうものだと、わた しもそれに基本的には賛成です。 しかし、同じ一つ屋根の下に住む家族で、おじいさん、おばあさんのしゃべ る言葉が、孫にはもうよく理解できない、それほどの状態を生むような時代の せっかちな流れ方に、その速さに、このまま身を任せてていいのだろうか、と 思うのです。 捨てなくていいものまで、わたしたちは、捨てつつあるのではないか、と危惧 します。共通語自身、例えばニホンかニッポンか、日本の国の名さえどっちつ かずであるほど、まだ しているのです。いい換えれば、日本にはまだ真 の意味での共通語はでき上っていません。そんなとき、日本の各地で、遠い昔 からの人々の生活と結び付いて息づいてきた方言を顧みることなく、点検 もせず、あっさり捨て去っていいはずがありません。 (川崎洋『感じる日本語』による)

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