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数学 中学生

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6) 6 連続する2つの奇数の和は4の倍数に なることを,文字を使って説明した。 右の ・判・表 * 3h 2 a 4点×3 nを整数とすると, 連続する2つの奇数のうち, 小さ 説明を完成させ をうめて, ほう しなさい。 い方の奇数は2n+1,大きい方の奇数は (4) ( 7 下の図のように、1辺の長さがの正 方形の内部に, 2種類の模様を作った。 2n+3と表すことができる。その2数の和は, (2n+1)+(2n+3) =2n+2n+1+3 =4m+2 となり、4(+))と表すこと ができる。 n+)は整数であるため、 4(n+1)は4の倍数であるといえる。 ----8----- 図1 S ----- T したがって, 連続する2つの奇数の和は4の倍数になる。 P.18~19 図 図2 図1の模様は、1つの円が正方形に接 していて、 図2の模様は、4つの同じ 大きさの円が,正方形やとなり合う円 と接している。 図1,図2の模様で、色をつけた部分 の面積をそれぞれS, Tとするとき, 正しいものを次のア~ウから選び,そ の理由を説明しなさい。 ただし, Tは 4つの円の面積の和とする。 ア S>T イ S<T ウ S=T 7 思表 説明 4 To 5点x2 まず、図1の円の半径はその 1なので、量となり、面積は ×12×π=πcm²と表せる。 次に、図2の円の半径はその 立なので、委となり、×× の円が4つあるので、面積は ×××4= ・cm²と表せる。 STの面積はⅣ cm²という方式で 表すことができたので、面積は S=Tだといえる。 76X22 4 23

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歴史 中学生

(1)〜(36)の答えお願いします🙇

【幕藩体制下の日本】 1 日本では、豊臣秀吉の死後に徳川家康が( ① )に任じられて、江戸幕府を開いた。 江戸幕府が各地の大名 家藩)を従える統治体制を(②)と呼ぶ。 大名は領地の支配を認められた代わりに、 将軍に対して(③) (土木工事) などを含む軍役を務めた。 2 徳川家康は、対馬の(④)を通して朝鮮と(⑤)(⑥)の役の講和を実現し、対馬藩に朝鮮との通交・ 貿易の独占を認めた。 3 2代将軍秀忠や3代将軍家光はキリスト教の禁止を強化しつつ大名の統制を強めた。 1635年には諸大名 (7)を義務づけた。 4 江戸幕府はポルトガル船の来航を禁止し、オランダ商館を(8)の出島へ移した。 5 幕府はキリスト教を厳禁し、)を制度化し、すべての人が仏教寺院の⑩)となることを義務づけた。 日本への通商の要求と対応】 1 1792年、 根室に来航したロシア使節( 11 )に対して、江戸幕府は長崎で交渉するとした。 これに従って 1804年に長崎に来航した使節(1)に対し、幕府は「鎖国」が「祖法」であるとして通商を拒絶した。 2 幕府は1825年に(1)を出したが、アヘン戦争の戦況が伝わると、軍事攻撃を受けてその権威が傷つく 事を恐れ、 1842年に(1)を出した。 一方で、 水戸藩は(1)を契機に尊王攘夷論が提唱されていた。 3 アメリカは、太平洋を渡り中国と往復する汽船が石炭・水の補給のために日本に寄港をすることを認めさせ ようと、オランダ商館経由で幕府に予告した上で、 大統領の国書を託した ( 15 )を派遣した。 リーの来航】 4 11853年に江戸湾口に現れたペリー艦隊は、日本側を威嚇して大統領の国書を受け取らせ、翌年の返答を 約束させ退去した。 2 老中首座(⑩)は、ペリーの要求を朝廷に報告し、諸大名らに意見を求めた。 ペリーが1854年に再来航 すると、幕府は(1)を結んだ。 3 (17)では、アメリカ船が下田・箱館に寄港すること、 日本側が漂流者を保護すること、下田へのアメリ カ官吏の駐在、(1)などを認めたが、通商は認めていなかった。 開国前に、鉄製大砲を鋳造するための(1)の建設など、 すでに西洋軍事技術の導 入が始まっていたが、開国後には、幕府は(2)と講武所を設け、 長崎でオランダ海軍派遣隊による汽走 軍艦を用いる海軍伝習を行なった。 5 ペリーは(1)を結んだ直後に、 琉球との間に通商を認める(2)を結んだ。

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