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英語 中学生

左のが本文で右のが問題です わからないので教えてください

時間 25分 |1)読解のテクニック 次の英文は,英語の授業で, 一郎が, 自分の趣味であるジョギング(jogging)について書いたもの これを読んで,あとの問いに答えなさい。 の 実力問題 Step(3 r 11 house for three days. He is very active and healthy, so he looks young for his age. I asked him, "Grandpa, He said to me, “I jog every day for my health. Since I started jogging ten years ago, I haven't been One day during my summer vacation, I visited my seventy-year-old grandfather, and stayed at his sick." every “Grandpa, is it hard to run every day?” I asked him. (3 “At first, I thought it was difficult. But now it's fun for me because I do it with some friena. morning. Jogging is part of my life," he answered. The next morning, when I was sleeping, I heard a big voice from the garden.“Ichiro got When I opened the window, my grandfather and his friends were there. together?" My grandfather said, “Ichiro, their smiles, I thought jogging with them wasn't a (4 I wanted to sleep more, but when I bad idea. I said, “Well , yes. “Good, Ichiro!" they shouted. When I started jogging, I felt comfortable because there was a cool wind and the sun was shining and I heard the voices of birds singing in the trees. But ten minutes later, I became a little tired and wanted to stop running. my grandfather looked at me and said, “Ichiro, if you slow down, you can still enjoy jogging" I felt relieved. I slowed down and my grandfather and his friends also jogged slower. Then Thirty minutes later, we came back to my grandfather's house. My grandfather said to me, "Ichiro, good job!” I felt happy because it was my first time to run for thirty minutes. Since that day, I've enjoyed jogging every day, and it has become one of my favorite things. Through this experience, I've learned the joy of trying new things. (北海道 語句 active 活発な healthy 健康な for his age 年の割に grandpa おじいちゃん jog ジョギングする slow down ペースを落とす smile 笑顔 Comfortable 心地よい shine 輝く slower さらにゆっくりと relieved 安心した

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国語 中学生

緊急で要約お願いします🤲 文字数は自由です。 本当にお願いします🤲

意味している。こうしたプロセスを「学ぶ」といっているのだ。簡 単に言うと、「学び」とは体験から何らかの新しい「知識」を導き 出す心身の営みのことを言う。 「学び」のプロセスは、何らかの感情の動きを伴っている。たと えば、新しい事態を以前の「知」 では理解できないでいたときに 誰かから説明を受け、なるほどそうだったのかと納得し、それを取 り込んで新しい「知識」を自分の中につくるとき、その人は(小さ な)感動という感情を体験するはずだ。自分で調べて発見して納得 " し、新しい「知識」を自前でつくりあげるときも、感情の大きな動 きを体験する。やったぁ!というのに似た感情だ。だから「学び」 というのは、静的で冷たい心の働きではなく、動的で情的な、人間 にとってとてもうれしい営みになるはずだ。 こう考えると、私たちは日常、たえず「学び」を経験しているこ 8 とがわかる。ちょっとした経験から、私たちは「こういう場合は○ Oしたら失敗する」というような「知識」を日ごろ勝手に導き出し たりしているからだ。こうした場合でも「学び」がおこなわれてい ることになる。ただ、「学び」にはある種の感動が伴うものである ということを踏まえると、同じ「学び」にも浅い深いがあると考え " たほうが進切だろう。「学び」が深いほど、感動が大きい。あるいは、 「学び」が深ければ深いほど、心身に新しいものが付け加わる度合いが 大きく、行動までもがそれによって変わることがある、ということだ 学び」の意味をこのように考えてくると、そこに必ずしも「教え」 ということが必要とは限らないということが理解されるだろう。 と同時に、そうだとすると、私たちの「学びの姿勢ということ 会K番回回になってくる。「学び」は体験から新しい「知識」 を 練習問題 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。 「学ぶ」とか「学び」とかいうことばが最近よく使われる。これ は教育学という学問のなかで、これまでのように教える側を中心に 教育という営みを考えるのをやめて、学んでいる側に視点を置いて 考えてみようという主張が強くなってきたためだ。 私たちは「教育」ということばをあたりまえのように使っている。5 けれどもこのことばは、最初に「教える」という漢課字がきてその後 に「育つ」という漢字がくるという構造になっていて、まるで「教 育」なる営みは、誰かが誰かにまず「教え」なければ成立しないと いうような感覚を人に与えてしまうという性格をもっている。 コか のろうJニうSだ。教えるとSうのは、むしろ学 3 ぶという行為を上手に支える営みであり、大事なのはあくまでも 学ぶ側がどれほど深いよい学びができているかということではない るJニS。言っPされは、 「教育」Jいわれている回の重 可e「外」地うに移して発想してみようJいうことだ JP超SP国いてみる。「学ぶ」って、いったいどういう意味だ? 新しく体験したことがそれまでの自分の「知識」と矛盾するよう な場合、あるいは体験がなくてその事態や物事についての「知識」 がない場合、人は新しい体験とそれまでの「知識」が矛盾しなくて すむように、自分の「知識」のほうを修正して両者を両立させるよ うな新たな「知識」をつくりあげたり、新しい体験を自分なりに納 SニV=Sニ「豆属」につVりあげたの。これ「豆艦」 1 A いは 「豆」が創造 にJJ

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国語 中学生

中2なんですけど、国語で大岡信さんの言葉の力の約100字で要約の宿題が出されました。 私は本当に国語が苦手なので要約した文章を書いてくださる方はいませんか? 本当にお願いします🙇‍♀️🙏💦

言葉の力 大岡 信 人はよく美しい言葉、正しい言葉について語る。しかし、私たちが用いる言葉のどれを とってみても、単独にそれだけで美しいと決まっている言葉、 正しいと決まっている言葉 はない。ある人があるとき発した言葉がどんなに美しかったとしても、別の人がそれを用 いたとき同じように美しいとは限らない。それは、言葉というものの本質が、口先だけの もの、語葉だけのものだはなくて、それを発している人間全体の世界をいやおうなしに背 負ってしまうところにあるからである。人間全体が、ささやかな言葉の一つ一つに反映し てしまうからである。 京都の嵯峨に住む染織家志村ふくみさんの仕事場で話していたおり、 志村さんがなんと も美しい桜色に染まった糸で織った着物を見せてくれた。そのピンクは淡いようでいて、 しかも燃えるような強さを内に秘め、はなやかで、しかも深く落ち着いている色だった。 その美しさは目と心を吸い込むように感じられた。 「この色は何から取り出したんですか」 「桜からです」 と志村さんは答えた。 素人の気安さで、 私はすぐに桜の花びらを煮詰めて色を取り出した ものだろうと思った。実際はこれは桜の皮から取り出した色なのだった。あの黒っぽいご つごつした桜の皮からこの美しいピンクの色が取れるのだという。 志村さんは続いてこう 教えてくれた。この桜色は一年中どの季節でもとれるわけではない。桜の花が咲く直前の ころ、山の桜の皮をもらってきて染めると、こんな上気したような、えもいわれぬ色が取 り出せるのだ、と。 私はその話を聞いて、体が一瞬ゆらぐような不思議な感じにおそわれた。春先、間もな く花となって咲き出でようとしている桜の木が、花びらだけでなく、木全体で懸命になっ て最上のピンクの色になろうとしている姿が、私の脳裡にゆらめいたからである。花びら のピンクは幹のピンクであり、樹皮のピンクであり、 樹液のピンクであった。桜は全身で 春のピンクに色づいていて、花びらはいわばそれらのピンクが、ほんの先端だけ姿を出し たものにすぎなかった。 考えてみればこれはまさにそのとおりで、木全体の一刻も休むことのない活動の精髄 が、春という時節に桜の花びらという一つの現象になるにすぎないのだった。しかしわれ われの限られた視野の中では、桜の花びらに現れ出たピンクしか見えない。 たまたま志村 さんのような人がそれを樹木全身の色として見せてくれると、はっと驚く。 このように見てくれば、これは言葉の世界での出来事と同じことではないかという気が する。言葉の一語一語は桜の花びら一枚一枚だといっていい。一見したところぜんぜん別 の色をしているが、しかし、本当は全身でその花びらの色を生み出している大きな幹、そ れを、その一語一語の花びらが背後に背負っているのである。そういうことを念頭におき ながら、言葉というものを考える必要があるのではなかろうか。そういう態度をもって言 葉の中で生きていこうとするとき、一語一語のささやかな言葉の、ささやかさそのものの 大きな意味が実感されてくるのではなかろうか。美しい言葉、正しい言葉というものも、 そのときはじめて私たちの身近なものになるだろう。

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国語 中学生

要約するのを手伝ってください💦

意味している。こうしたプロセスを「学ぶ」といっているのだ。簡 単に言うと、「学び」とは体験から何らかの新しい「知識」を導き 練習問題 出す心身の営みのことを言う 「学び」のプロセスは、何らかの感情の動きを伴っている。たと えば、新しい事態を以前の「知識」では理解できないでいたときに 誰かから説明を受け、なるほどそうだったのかと納得し、それを取 り込んで新しい「知識」を自分の中につくるとき、その人は(小さ な)感動という感情を体験するはずだ。自分で調べて発見して納得0 し、新しい「知識」を自前でつくりあげるときも、感情の大きな動 きを体験する。やったぁ!というのに似た感情だ。だから「学び」 というのは、静的で冷たい心の働きではなく、動的で情的な、人間 にとってとてもうれしい営みになるはずだ こう考えると、私たちは日常、たえず「学び」を経験しているこ ぶ とがわかる。ちょっとした経験から、私たちは「こういう場合は○ Oしたら失敗する」というような「知識」を日ごろ勝手に導き出し たりしているからだ。こうした場合でも「学び」がおこなわれてい ることになる。ただ、「学び」にはある種の感動が伴うものである ということを踏まえると、同じ「学び」にも浅い深いがあると考え たほうが適切だろう。「学び」が深いほど、感動が大きい。あるいは、 「学び」が深ければ深いほど、心身に新しいものが付け加わる度合いが 大きく、行動までもがそれによって変わることがある、ということだ 「学び」の意味をこのように考えてくると、そこに必ずしも「教え」 ということが必要とは限らないということが理解されるだろう。 と同時に、そうだとすると、私たちの「学び」の姿勢ということ が大事な問題になってくる。「学び」は体験から新しい「知識」を 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。 「学ぶ」とか「学び」とかいうことばが最近よく使われる。これ は教育学という学問のなかで、これまでのように教える側を中心に 教育という営みを考えるのをやめて、学んでいる側に視点を置いて 考えてみようという主張が強くなってきたためだ。 私たちは「教育」ということばをあたりまえのように使っている。5 けれどもこのことばは、最初に「教える」という漢字がきてその後 に「育つ」という漢字がくるという構造になっていて、まるで「教 育」なる営みは、誰かが誰かにまず「教え」なければ成立しないと いうような感覚を人に与えてしまうという性格をもっている。 しかし、違うだろう、というのだ。教えるというのは、むしろ学 10 ぶという行為を上手に支える営みであり、大事なのはあくまでも、 学ぶ側がどれほど深いよい学びができているかということではない か、というのだ。言ってみれば、「教育」といわれている営みの重 点を「学ぶ」ほうに移して発想してみよう、ということだ そこで、改めて聞いてみる。「学ぶ」って、いったいどういう意味だ? 5 新しく体験したことがそれまでの自分の「知識」と矛盾するよう な場合、あるいは体験がなくてその事態や物事についての「知識」 がない場合、人は新しい体験とそれまでの「知識」が矛盾しなくて すむように、自分の「知識」のほうを修正して両者を両立させるよ うな新たな「知識」をつくりあげたり、新しい体験を自分なりに納 20 のいく新しい「知識」につくりあげたりする。これは「知識」が に たしたこと、 あるいは新たな 「知識」が創造されたことを 導き出す営みだから、体験からどれだけ深い「知識」を導き出せる かということが、私たち自身に問われるようになるからだ J 4J (汐見稔幸「「学び」の場はどこにあるのか」より) sて 18

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国語 中学生

この文を、要約したく、5つ大切となるキーワードがあるという問題なのですが、この鍵となる5つのキーワード(単語)がわかる方教えていただきたいです🥺お願いします🥺

スマホと学段 子どもを交えて議論を チどもの多くは既にスマホをと、 小学生の58、中学生の6 生徒一人ひとりが賢く使えるよ 持っている。スマホとどう付き%がスマホや携帯電話を使って うになることだろう。 合うか。教師や襲だけでなく、 いる。登校時に加えて、放課後 HNのA1に考えたい。 大阪府が、公立の小中学校の で保護者と離れて過ごす子は多 方や使用時間の目安なども盛り 児童:生徒に、来春からスマホ い。大阪府の判断は現状を踏ま 込むという。ただ、学校や地域 や携帯電話を持って登校するこえたともいRるだろう。 Jや脳S° 編香ほ20 09年、教育活動に真接公要で はないとして学校への持ち込み をどう実行するかだ。先生が生 ほしい を原則禁止する通知を出してい 徒からスマホを預かることが考 るが、独自に「解禁」する形と えられるが、先生の負担増、紛 索ねるのも一案だ。 なる。 今年6月の大阪北部地義が登 り方など、難しい問題がある。 は、学校への持参は萎止だが 型来m以針をまとめ の劇9物に外クラブなどる予定で、 SNSとの向き合い によって状況は興なる。指針を: 考にしながら、クラスから学 「松はわない」 年、 学校へと競論を積み重ねて だが、懸念や課題は多い。 学年が進めば、生徒に検討を 失や盗離、破損に伴う震任のあ 東京都の調布市立第四中で 府の方針を受けて、子どもが 生徒会が中心になって 「SNS に手間取った保護者から不安の スマホを持たない親からは、さ ルール」をつくった。友達や家 声が上がった。それを受けてのつそく「持たせた方がよいか」族直接謡す時間やスマホを使 対応で、校内での使用はき続 との相談が寄せられているとい わない時間を設けることなど 対応で、校内での使用は引言続 との相談が寄せられているとい き装じる。学校から生徒へスマ う。 所有を強いることにならな 8項目を申し合わせた。 ホを使って連絡することは予定いよう、配慮が必要だ 甘ず、実際に解熱するかどうか や解薬時の具体的なルールは市 に、歩きスマホの危険性や依存 デメリットは抑える。スマホ問 町村教委や各学校に任せる 内懇府の立年度の調査による ルなど負の側面にも目を向け、 機会としたい 次々と登場するモノやサービ 何より重要なのは、これを機 スのメリットを生かしながら、 症、ネット上のいじめやトラブ 懸を、そんな意識や姿勢を養う

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