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理科 中学生

(1)②が分かりません。 ちなみに答えは11時50分となっています。 出来れば対比の計算で求めていただけたら ありがたいです。 そうじゃなくても構いません!!お願いします!

学習日: B 入試に挑戦しよう p.60 点 石川·改く8点×5> 太陽の1日の動き 石川県のある地点Xで、太陽の 1日の動きを 図1 調べるために、次の観測を行った。 【観測) 図1のように,9時から2時間ごとに、 太陽の位置を透明半球の球面に記録した。表 1は、9時の位置から各時刻の位置までの透 明半球上の長さを記録したものである。 また、点A~Dは,円の 表1 中心○から見た東西南北の いずれかの方位を示してい る。点E,Fは,記録した 点をなめらかな曲線で結び,透明半球のふちまでのばしたときの円との交 点であり,点QはACとEFの交点である。 (1) 図1の点Pは,太陽が南中した位置である。 0 図1において,南中高度を表すものはどれか,次のア~エから1つ選 び,その記号を書け。 ヒント 透明半球 P13:00 *15:00 (1)) 円の中心C 1100 観測者の位置 あたる。 9:00 DF C A 2太陽の動 BE さは一定で 方位磁針 画用紙 表1より、 は透明半球 時 刻 9:00 11:00 13:00 15:00 2時間(120 9:00の位置から 各時刻の位置まで の長さ[cm] で4.8cm移 0 4.8 9.6 14.4 ている。 (2) 透明半球の 者の位置から 印をつけた位 太陽があるよ 記録したい。 (3) 図1より、 イ ZAOP ウ ZCOP 9時の位置から点Pまでの透明半球上の曲線の長さは6.8cmであった。 この日の太陽の南中した時刻を求めよ。なお,途中の計算も書くこと。 ア ZAQP エ ZCQP 出の位置は真 り南 北のど 寄りになって (完答) 計算 か。また、表 り、観測した (2) 油性ペンを使って,太陽の位置を透明半球に点で記録するとき,どのよ うにすればよいか,「油性ペンの先のかげが」という書き出しに続けて,書 け。[油性ペンの先のかげが (3) 表2は, 地点Xで観測した日とその3週 表2 間前,3週間後の日の出の時刻をまとめた ものである。また,図2は,地球の公転軌 道と地軸の傾きを模式的に表したものであ り,a~dは春分,夏至,秋分,冬至のい 図2 ずれかの日の地球の位置を示している。観 測した日,地球はどの位置にあったか,次 のア~エから1つ選び,その記号を書け。 また,そう判断した理由を書け。 アaとbの間 降の日の出の はどのように しているかを 記道 る。 日の出の時刻 3週間前|観測した日| 3週間後 5:18 4:54 4:39 北極 公転の向き 太陽 地球 b

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国語 中学生

お話の最後の◻️には何が入りますか?教えてください。

鉄筋コンクリート三階建ての校舎は、そのころモダンで明るく健康的といわれていたが、像にとってはそれは、いつも暗く、重一 苦しく、陰気な感じのする建物であった 僕の行っていた中学校は九段の第国神社の隣にある。 僕は、全くとりえのない生徒であった。成績は悪いが絵や作文にはずば抜けたところがあるとか、模型飛行機や電気機関車の作 り方に長じているとか、ラッパかハーモニカがうまく吹けるとか、そんな特技らしいものは何一つなく、なかでも運動ときたら学 業以上の苦手だった。野球、テニス、水泳、鉄棒、などもだが、マラソンのように不器用でも誠実に頑張りさえすればなんとかな る競技でも、中途で休んで落伍してしまう。体操の時間にバスケットボールの試合でもあると、僕は最初からチームの外の四人の 邪魔にならぬよう、飛んでくる球をよけながら、両手をむやみに振り回して、「ドンマイ、ドンマイ。」などと、訳も分からず叫ん で、どかどかコートの周りを駆け回っていた。おまけに僕は、全く人好きのしないやつであった。地下室の食堂で、全校生徒が黒 い長いテーブルについて食事するとき、僕は独りでだれよりも先に、お汁の実のいちばんいいところをさらってしまう、そんなと きだけはだれよりもすばしこくなる性質だった。そのくせ食べ方は遅くてきたなく、ソースのついたキャベツの切れ端や飯粒など を担任の先生に調べられるのだが、他の連中は、たばこの粉や、喫茶店のマッチや、けんかの武器になる竹刀のつばを削った道具」 や、そんなもののか見つかりはしないかと心配するのに、僕ときたら同じびくびくするのでも、全く種が違うのだ。僕のポケット からは、折れた鉛筆や零点の数学の答案に交じって、チョークのでよごれた古靴下、パンの食いかけ、鼻くそだらけのハンカチ、 そういった種類の思いがけないものばかりが、ひょいひょいととび出して、担任の清川先生や僕自身を驚かせるのだ そんなとき、清川先生はもう怒りもせず、分厚い眼鏡の奥から冷たい目つきでじっと僕の顔を見る。すると僕は、悔しい気持ち にも、 悲しい気持ちにも、なることができず、ただ心の中をからっぽにしたくなって、目をそらせながら、(まあいいや、どうだっ て。)と、つぶやいてみるのである。 教室でも僕は、他の予習をしてこなかった生徒のようにそわそわと不安がりはしなかった。どうせ僕に当てたってできっこない と思っているので、先生は、めったに僕に指名したりはしない。しかし、たまに当てられると僕は必ず立たされた。教室にいては 邪魔だというわけか、しばしば廊下に出されて立たされることもあった。けれども僕は、教室の中にいるよりは、かえってだれも いない廊下に一人で出ているほうが好きだった。たまたまドアの内側で、先生がおもしろい冗談でも言っているのか、級友たちの一 「わっ」という笑い声の上がったりするのが気になることはあったけれど……。そんなとき、僕は窓の外に目をやって、やっぱり、 (まあいいや、どうだって。)と、つぶやいていた。 校庭は、一周四百メートルのトラックでいっぱいになって。樹木は一本も生えていなかったが、「小路」を一つ隔てた靖国神社の一 木立が見えた。朝、遅刻しそうになりながら人通りのないその「小路」を、急ぎ足に横切ろうとすると不意に、冷たい、甘いにお いがして、足下に黄色い粒々のくりの花が散っていた。 春と秋、靖国神社のお祭りがくると、辺りの様子は一変する。どこからともなく丸太の材木が運び込まれて、あちらこちら積み 上げてあるが、それが一日のうちに組み上げられて境内全体が大小さまざまの天幕の布に覆われてしまう。それは僕らにとって「休 み」のやってくる前ぶれだ。やがて、オートパイの曲乗りゃ、楽隊の音や、少女の合唱や、客を呼ぶ声が、参詣人の雑踏に交じっ て毎日、絶え間なく響き、それらの物音が、土ぼこりにまじった食べ物のにおいの漂う風に送られてくると、校庭で叫ぶ教官の号 令の声さえ闘き取れなくなってしまうのだ。そして、教室の校庭に面するすべての窓からは、そうしたテントの街の裏側をすっか り見渡すことができたのである。 いつか僕は、目立って大きいサーカス団のテントの陰に、一匹の赤茶色い馬がつながれているのを目に止めた。それは肋骨が透一 けて見えるほどやせた馬だった。年取っていれらしく、毛並みにもつやがなかった。けれどもその馬の一層大きな特徴は、背骨の一 ちょうどくらの当たる部分がたいそう湾曲してへこんでいることだった。一体、どうしてそんなに背骨がヘこんでしまうことにな ったのか、僕には見当もつかなかったが、それはみるからに、痛々しかった。 自分一人、廊下に立たされている僕に、その馬について、いろいろに考えることが好きになった。彼はたぶん、僕のように怠けて 何もできないものだから、曲馬団の親方にひどく殴られたのだろうか。殴った後で親方はきっと、死にそうになった自分の馬を見一 てびっくりしたに違いない。それで、ああやっと殺しもできないで毎年連れてきては、御客の目につかない裏の方へないでおくの一 0う。……そんなことを考えていると僕は黙ってときどき自分のつながれたくりの木のこずえの葉を、首を上げて食いちぎった」 りしているその馬が、やっぱり、(まあいいや、どうだって。)と、つぶやいているような気がした。 僕はまた、あの不良少年というものでさえなかった。朝礼の後などに、ときどき服装検査というものが行われ、ポケットの中身 が僕の立った跡にはいちばん多く残っていた。

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