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理科 中学生

(5)は自家受粉ではないのにどうやって3種類を掛け合わせるのですか💦 教えてください

1 遺伝の規則性と遺伝子について、多くの科学者がこれまで研究に取り組んできた。 んで,あとの(1)~(7) に答えなさい。 〈和歌山県 〉 オーストリアの修道院の神父であった 次の文を は, 1856年か 種子の形の遺伝に関する実験 丸形 ↓育てる しわ形 育てる 親 受粉 ら8年間にわたりエンドウを栽培し、種子の形やさやの色な ど7種類の形質の伝わり方を調べる実験や観察を行い, 「植 「物雑種の研究」という論文にまとめた。 右の図は,エンドウの種子の形の遺伝に関する実験を表し たものである。 エンドウの種子の形には,丸形としわ形があり,種子の 形を決める遺伝子が対になって細胞の核内に存在している。 丸形の遺伝子をA, しわ形の遺伝子をaとすると,対になっ ている遺伝子の組み合わせは,AA, Aa, aaの3とおりが ある。 子 親X 親Y 育てる すべて丸形 孫 丸形 しわ形 丸形の純系の親Xのめしべに、しわ形の純系の親Yの花粉 を受粉させると,できた種子はすべて丸形であった。 この丸形の種子を育て、咲いた花の花粉が同じ花のめしべについて受粉してできた種 子は,丸形としわ形の両方であった。 (1) 文中の にあてはまる人物はだれか, 次のア~エの中から1つ選んで,その記号を書きな さい。 ア ダーウィン ウ イフック メンデル エ ワトソン ] さい。 ] (3) 下線 ②について, 減数分裂のときに, 対になっている遺伝子が分かれて別々の生殖細胞に入る の法則 ことを何の法則というか,書きなさい。 (4) 細胞の核内の染色体に含まれている遺伝子の本体である物質を何というか,その名称を書きな [ (2) 下線 ①について, 丸形としわ形のように, 1つの種子に同時に現れない形質を何というか書き なさい。 (5) 下線③について,これらを両親としてかけ合わせるとき, 両親の組み合わせは何とおりあるこ 書きなさい。 [ とおり (6) 下線④について このような受粉を何というか,書きなさい。 7) 図の孫に現れる丸形としわ形の割合はどうなるか、最も簡単な整数の比で書きなさい。 また そのように考えた理由を遺伝子の組み合わせを使って,簡潔に説明しなさい。 割合 [ ] 理由 い。 「

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歴史 中学生

歴史(古代ー中世)のプリントの確認をして欲しいです。 学校で配られたのですが、答えがなく怪しい所か分からないところもちょくちょくあります。 ぜひ教えてください。 空欄 743年 1221年 1297年 ... 続きを読む

[年代 |57年 |出来事 倭の(奴)国の王が漢に使いを送る 239年 (邪馬台国)の女王(卑弥呼)が魏に使いを送る 593年(聖徳太子が推古天皇の(摂政となる |607年 (小野妹子ら)を(隋)に送る (遣隋使) 630年・・・ 第一回遣唐使を送る 蘇我氏が独断的な政治を行う 不満が高まる (F) SE 645年 (中大兄皇子)と(中臣鎌足 )が蘇我氏を滅ぼす →豪族が支配していた土地を国家が直接支配する(公地・公民) 日本の最初の元号をとって(大化の改新)といわれる 蘇我氏を |668年 (白村江の戦い 倒そう! →新羅・高句麗の連合軍に大敗 |672年 (壬申 の乱 →(天智 天皇の後継ぎをめぐる戦い 大海人皇子(弟) VS大友皇子 (息子) 大海人皇子の勝利 701年(大宝律令・・・唐の律令にならう 律・・・刑罰の決まり 令・・・政治の行ううえでの決まり 1710年 都を(平城京)に移す 方 (町) 723年 税を納めれば一定期間土地を自由に使ってよい 三世一身法・・・ 743年 →開墾があまり進まず (墾田永年私財法)・・・開墾した土地は税を納めればいつまでも私有地 奈良時代の税 (租) 稲 (収穫量の3%) 天皇 太政官 (調)・・・絹糸、布、 特産物 (庸)布(労役10日のかわり) (雑)・・・地方での労役(年間60日まで) 200 )・・・3,4人に1人食料・武器を自分で負担し訓練を受ける 都1年、九州(防人 )3年・ 794年 京都の(平安京)に都を移す 1802年 (坂上田村麻呂)が胆沢城を築く 三 日本で最初の(征夷大将軍に任命される S 894年 菅原道真)が遣唐使を廃止する

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数学 中学生

二次関数の変域の問題です。1.2.3について詳しく解説してくれると嬉しいです。

の変域 の変域 ン。 (2) とき) なるこ つうち, 負から正に変わっているので、yの変域は0以上または0以下となる。 また by 18よりyの変域は0以上で,a>0 とわかる。よって,b=0 一方、xの変域の両端の値のうち、絶対値の大きなx=3がy=18と対応するので,y=arにそれ ぞれ代入し, a=2と求まる。 答 a=2,b=0 中3で習う分野 問題 (解 mnを整数とする。関数y=axについて,xの変域がm≦x≦nのとき,yの変 0≦y2である。 m, nの値の組は全部で何通りありますか。 y=1/2xにおいて,yの値が2となるときのxの値は,y=2 を代入して, 2=1/2x2 よって、x=±2 (都立新宿高) 一方,比例定数は正で,yの変域が0以上ということを考えると,mは0以下で絶対値が2以下の 整数,nは0以上で絶対値が2以下の整数,さらにm,nのどちらか一方の値は必ず絶対値が2と なることがわかる。 EE, (m, n)=(-2, 0), (-2, 1), (-2, 2), (-1, 2), (0, 2) 5通り m n 入試問題にチャレンジ! 解答は, 別冊 p.47 2乗に比例する関数 Q問題 1 n を2以下の整数とする。 関数 y=xのxの変域がn≦x<3のとき,yの変域が 0≦y<9 となるnの値をすべて求めなさい。 ( 都立日比谷高) 9=9 12=0 m=0 1 問題2 関数 y=-- xについて、xの変域がa≦x≦a+5であるとき、yの変域が -4≦y0 となるようなαの値をすべて求めなさい。 ( 青山学院高 ) かる。 問題 3 α bを定数とする。 ただし, αは負の数とする。 3 関数 y=ax と1次関数y=2x+b において,xの変域が-1≦x≦3のとき,2つの関数の yの変域が一致した。 a, b の値をそれぞれ求めなさい。 (都立国分寺高) 101

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歴史 中学生

教えてくださいお願いします

2 中世の文化の特色をおさえよう! ◆次のA~Cの写真をみて (1)~(4)の問いに答えなさい。 A B 学習日: 月 日 得点: /100 " ちょうこく (1)Aの彫刻が置かれている建物を, 次のア~エから1つ選び, 記号で書きなさい。 びょうどういんほうおうどう ア 平等院鳳凰堂 とうだいじなんだいもん ちゅうそんじこんじきどう ほうりゅうじ こんどう イ 東大寺南大門 ウ 中尊寺金色堂 エ 法隆寺金堂 (2)Aが作られた時代に書かれた次の①②の文学作品の名前をそれぞれ書きなさい。 ①( げんべい びわほうし ① 源平の争乱についてえがき, 琵琶法師によって広められた軍記物。 けんこうほうし よしだ けんこう ずいひつ ② 兼好法師 [吉田兼好] が民衆の姿をいきいきとえがいた随筆。 (3) Bについて,次の問いに答えなさい。 ちが だな ① Bの建物にみられる, 住居に違い棚などを設けた部屋の様式を何といいますか。 ② ア ①の部屋にはみられないものを,次のア~ウから1つ選び、記号で書きなさい。 しょうじ 障子 イたたみ ウのれん (4)Cについて,次の問いに答えなさい。 かんあみ ① Cを建てた将軍は,観阿弥 世阿弥が大成した右の芸能を保護しました。 この芸能を何といいますか。 きたやま ( ) ② Cは室町時代前半の北山文化を代表する建物です。 Cにみられる北山文 とくちょう 化の特徴を,「貴族」 「武士」 の語句を使って,簡潔に書きなさい。 <4点×10> ) ) ②( ) ) ◆鎌倉仏教について,(5)(6)の問いに答えなさい。 (5) 次の①②の説明にあてはまる人物を, 下のア~エから1人ずつ選び, 記号で書きなさい。 じょうしゅう ごくらくじょうど ① 浄土宗を開き, 念仏を唱えればだれでも極楽浄土に生まれ変われると説いた。 ぜんしゅう そう そうとうしゅう ①( ② 自分の力でさとりを開く禅宗を宋から伝えて曹洞宗を開き, 北陸を中心に布教を行った。 にちれん いっぺん どうげん ア 日蓮 イ遍 ウ 道元 ほうねん 法然 ) ②( (6)鎌倉時代に誕生したいくつもの仏教の教えが, 武士や民衆に広く受け入れられていった理由を簡潔に書き なさい。 歴史2 5

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国語 中学生

国語の問題です 文中の傍線をつけた ア ~ エ のうち、 現代仮名遣いで書いた場合と異なる書き表しかたを 含んでいるものをひとつ選び記号で答えなさい という問題で答えは イ なのですが なぜ イ なのか解説してほしいです 、!!! 写真見にくかったらすみません 、

ウ Bかし、惟面の王と申すみこおはしましけり。山崎のあなたに、 水無 瀬といふ所に、宮ありけり。年ごとの桜の花ざかりには、その宮へなむ おはしましける。その時、右の馬の頭なりける人を、常にておはしま しけり。時間経て久しくなりにければ、その人の名忘れにけり。狩はね むごろにもせで、酒をのみ飲みつつ、やまと歌にかかれりけり。 いま狩 する交野の渚の家、その院の桜、ことにおもしろし。 その木のもとにお イ て、枝を折りて、かざしにさして、かみ、なか、しも、みな歌よみ けり。馬の頭なりける人のよめる。 世の中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし となむよみたりける。また人の歌、 散ればこそいとど桜はめでたけれ憂き世になにか久しかるべき その木のもとは立ちてかへるに日暮になりぬ。 から 惟喬の親王と申し上げる親王がおいでになった。 山崎の向こ う、水無瀬という所に、宮があった。 毎年の桜の花盛りには、そ の離宮へおいでになったのだった。その時、馬の頭であった人 を、いつも連れておいでになった。いまでは、だいぶた時がたった ので、その人の名は忘れてしまった。鷹はそう熱心にもしないで、 もっぱら酒を飲んでは、和歌を詠むのに熱をいれていた、いま をする交野の渚の家、 その院の桜がとりわけ趣がある。その桜の木 のもとに馬から下りて、 桜の枝を折り、髪の飾りに挿して、上、中、 下の人々がみな、歌を詠んだ。馬の頭だった人が詠んだ、それは、 世の中に...... 世の中に桜がまったくなかったならば、惜しい花 が散りはせぬかと心を悩ませることもなく、春をめでる人の心は、 のどかなことでありましょう。) と詠んだのだった。もう一人の人が詠んだ歌、 散ればこそ・・・・・・ (散るからこそますます桜はすばらしいのです。 悩み多いこの世に、 何が久しくとどまっているでしょうか、何も ないではありませんか。だから散るのも当然、ことにわずかの盛 りの桜の華やかさを愛すべきです。) という次第で、その木の下は立ち去って帰るうちに、日暮れになった。 (「新編日本古典文学全集」による)

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