学年

教科

質問の種類

歴史 中学生

平清盛は武士なのに、なぜ朝廷の政治を思い通りに動かしたのですか? そして、なぜ貴族は平清盛に反発したのですか? 朝廷中心なら、貴族にとってはいいと思うのですが、、 考え方が間違っているかもしれないので 教えてください!

平清盛は,後白河上皇の院政を助け, 武士 巻頭33 平清盛の政権 だいじょう として初めて太政大臣になりました。 清盛 p.416 の一族も高い地位に就き, 多くの荘園や公領を支配しました。 にっそう こう また清盛は,日宋貿易の利益に着目し,航路や兵庫 (兵庫県神 p.50 6⑥ むすめ 戸市)の港を整備しました。清盛は、娘を天皇のきさきにして へいし p.287 5 権力を強め,朝廷の政治の実権をにぎりました。こうして12世 紀後半に, 日本で初めての武士の政権が成立しました。 九 平氏が朝廷の政治を思いどおりに動かしたため, 貴族や寺社 は反発し、地方の武士の中にも、平氏のやり方に不満を持つ者 が増えました。さらに清盛が後白河上皇を別荘に閉じこめ, 多くの貴族を解任すると 伊豆(静岡県)の源頼朝や木曽 (長野 べっそう みなもとのよりとも きそ p.68 3 たいこう 県)の源義仲などをはじめとする各地の武士は,平氏に対抗し て兵を挙げました。 8

未解決 回答数: 1
歴史 中学生

(5)を「商品作物」、「農具や肥料」、「お金」を使って教えて下さい🙏

演習問題 B ほり □1) 下線部a について, 弥生時代の濠に囲まれた大規模な集落の遺跡 ■右の年表を見て,次の問いに答えなさい。 にあてはまるものを,次のア~エから1つ選び,記号で答えよ。 [土] さんないまるやま ア 三内丸山遺跡 のじりこ イ 野尻湖遺跡 ウ 岩宿遺跡 工 吉野ヶ里遺跡 じっし 72 記述 下線部bで実施された班田収授法について、「戸籍」 「ロ 2 「口 分田」の語句を用いて簡単に説明せよ。 戸に登録された6歳以上の全ての人々は自分があたえる。 れ、その人が死ぬと国に返すことになる。 □3) 下線部c について 正しく述べたものを次のア~エからすべて選 び, 記号で答えよ。 [アイ] ア 平安時代, 武士は開墾した領地を寄進して, 中央の貴族や寺社 しょうかん の荘園とし、 自分は荘園の管理者 (荘官) となって権力を広げた。 たいらのもり だいじょうだいじん 平清盛は武士としてはじめて太政大臣になり, 一族は高い官 TOR 年代 前4世紀 稲作が広まる 701 5. 経済史 できごと むらができる 1.2.3 a b 大宝律令が制定される へいあんきょう 794 平安京に都が移される 荘園・公領が広がる C 1192 源頼朝が征夷大将軍になる 1338 足利尊氏が征夷大将軍になる 1428 正長の土一揆がおこる se X 1592 豊臣秀吉が朝鮮侵略を始める 1603 徳川家康が江戸幕府を開く 職について, 広大な荘園を支配した。 あくとう しんにゅう ほうもつ ば ウ鎌倉時代,悪党とよばれる武士が, 荘園や寺社に侵入して年貢や宝物を奪ったりした。 江戸時代の百姓,荘園を持つ本百姓と, 荘園を持たない水のみ百姓に分かれていた。 4Xの期間におこったできごとを次のア~エからすべて選び、年代順に並べ記号で答えよ。 [イ→エアーウ] ア太閤検地が行われ, 全国の土地が統一的な基準である石高で表された。 1582~ L イ戦国大名が独自の分国法を定めて民衆を取り締まり,商工業者を集めて城下町をつくった。 1556~ ウ 商人が同業者ごとに株仲間をつくり、営業を独占する特権を認められた。 1772~ エ 楽市・楽座が行われ、関所が廃止された。 1577~ はい し 15 記述 下線部d以降の農村のくらしの変化を述べた次の文中の [ 成させよ。ただし,「商品作物」、「農具や肥料」,「お金」の3つの語句をふくめること。 江戸時代中期になると、自給自足に近かった農村のくらしが大きく変化し、農民は[ [ □に適当な言葉を書き入れて文を完 ]

未解決 回答数: 1
歴史 中学生

武士が、領地を皇族や貴族、寺社に寄進していたのは何故ですか??🙇‍♀️

成長した武士団の中でも、天皇の子孫である 源氏と平氏が有力でした。 11世紀後半には, とうぼく ぜん く 5 東北地方の武士どうしの争いをきっかけにした大きな戦乱 (前九 しょうえん 武士団と荘園 ねんかっせん こ さんねん 年合戦 後三年合戦)が起こりました。 この争いをしずめた源氏 . みなもとのよしいえ いわて の源義家が東日本に勢力を広げ, 東北地方では平泉(岩手県)を きょてん おうしゅうふじわらし 3 拠点に成長した奥州藤原氏が力を持ちました。 12世紀前半には、 かいぞく 瀬戸内海の海賊をしずめた平氏が西日本に勢力をのばしました。 10 地方の武士は、地位や武力を利用して土地の開発を進め、領地」 き しん を都の皇族や貴族, 寺社(寺や神社)に寄進しました。 こうした 1070 園では, 武士が年貢を農民から集めて納めるかわりにその土地を ➡p.45 5⑤ 支配する権利を保護してもらい、 力をのばしました。 一方, 荘園 こくし こうりょう 以外の国司が支配する土地(公領) でも、武士が犯罪の取りしまり ➡p.43 や年貢の取り立てを任されるようになりました。 やかた こうして11世紀の後半には, 武士は荘園や公領に館を築いて 地方の社会の中心になっていきました。

解決済み 回答数: 1