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国語 中学生

Q. 中学国語 古文  (3)と(4)がわかりません💧‬  古文苦手なのでできるだけ噛み砕いて説明してくださるととても助かります🙏

3 類題 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 いつぱい おく ①もつ がとう 人魏武に一盃の酪を餉る。魏武噉らふこと少許にして、蓋頭上に合の字を題し、 少し食べると やうしう すな 以て衆に示す。衆能く解するもの莫し。次いで楊脩に至る。脩便ち噉らひて日は すぐにを食べて 書いて 一座の者に見せた 誰も何のことかわからなかった ま 「公は人をして一口を噉らはしめんとするなり。復た何ぞ疑はん。」と。 何もためらうことはない ぎ せせつしんご (劉義慶「世説新語」より) 〔注〕 魏武 魏の武帝のこと。 蓋 容器のふた。 酪ヨーグルト。 楊脩人名。 を付けなさい。 -線① 「以て衆に示す」は、漢文では「以示衆」となる。これに返り点 以示衆 一線② 「解」が表す意味と同じ意味の「解」を含む熟語として最も適当 なものを次のア~エから一つ選び、記号で答えなさい。 和解 解散 了解 エ弁解 5 [ + ] ――線③「脩便ち噉らひて」の行為について説明したものとして最も適当 なものを次のア~エから一つ選び、記号で答えなさい。 ア武帝が文字に込めた謎かけを見事に見抜いた行為。 ウ 武帝が一座の者に与えた酪を無断で食べた行為。 武帝の前でとりすましている人々の鼻を明かした行為。 エ武帝の権威を借りて人々に酷を食べるよう仕向けた行為。 4 [ ア魏武 ―――線④「公」に該当する人物として最も適当なものを次のア~エから一 つ選び、記号で答えなさい。 楊脩 °[] 27-

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理科 中学生

マグネシウムと酸素のMaxの量は分かったのですが、そこからどうやって答えを求めたらいいか分かりません。(3)の問題です。 よろしくお願いします

その分子が 残る。 7 マグネシウムの粉末を加熱したときの反応を調べるため,次の実験を行いました。 これに関し あとの(1)~(3)の問いに答えなさい。 実験 ① A班は, マグネシウムの粉末を0.3g はかり とり,ステンレス皿にうすく広げてのせたあと, 図のようにして十分に加熱を行ったところ,ス テンレス皿の上には、白色の物質Xができた。 ②B~E班は, はかりとるマグネシウムの粉末の 質量をそれぞれ0.6g 0.9g, 1.2g, 1.5gに 変えて, ①と同様の操作を行った。 ③ A~E の各班は,ステンレス皿が冷えるまで 待って, それぞれの班でできた物質Xの質量を はかり、 その結果を、 表のようにまとめた。 マグネシウムの粉末 ステンレス皿 ガスバーナー 三角架 表 (1) (a) 6 (2) ア (b) 花弁が根 からの 班 A B C D E 7 マグネシウムの質量〔g〕 0.3 0.6 0.9 1.2 1.5 02 04 4.8 40 できた物質Xの質量[g] 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 (1) 表から, 実験における, マグネシウムの質量と,そのマ グネシウムと結びついた物質の質量との関係を表すグラフ を、解答用紙の図中にかきなさい。 ただし, 実験で得られ た値は,全てではっきりと示すこと。 フマ 2.5 2.0 1.5 1.0 量 0.5 ついた物質の質量g マグネシウムと結び 3:23.32.2 〔g〕び なると考えられ 3 マグさん Max 0 0 0.3 0.6 0.9 1.2 1.5 6.6 さんそ 3X=6.6 88 MAX マグネシウムの質量[g] 3.5 5.3 かねつ後 (2) 次の文章は,実験でマグネシウムの粉末を加熱したときのようすについて述べたものである。 これについてあとの(a), (b)の問いに答えなさい。 1.5 まだ 3.5 00 分 (3) 8 ついた物質の質量 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 8 (2) (3) (1) (a) 0 0.3 0.6 0. マグネシウム 102 (3) Q

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国語 中学生

イだと思っていたのですが、答えはウでした。 なぜウになるのか教えてください。

三次の文章を読み、あとの問いに答えよ。 5 「勉強」と「学び」は似て非なるもの? いや、「勉強」と「学び」には相通じるものも多々ある。それでもあえて両者を区分するのは、近頃、 ちまた あふ その区分を不要とした時代には考えられなかった問題が巷に溢れているからである。 しばらく前に、ネットでひとつの見出しを目にした「日本の小学生は中韓より学ぶ意欲が低い」。本当だろうか? そう思って記事を読むと、 ほらやっぱり。正確には、「日本の小学生は中韓より勉強意欲が低い」。 A メディア報道でさえ、「勉強」と「学び」の区分をつけられない。こうしたセンサーを鈍らせると、「勉強」と「学び」を同一視して、「勉強意欲 の低い子=学ぶ意欲の低い子」という図式を広めてしまうことになる。 はっきり言おう。勉強ができても、学ぶ意欲の低い子はいるし、勉強ができなくても、学ぶ意欲の高い子はいる。 そこで改めて、「勉強」 と 「学び」 の区分。 「勉強」は「学力」、「学び」 は「生きる力」 「勉強」は「問題に答える」こと、「学び」は「問題を立てる」こと。 「勉強」は「わかる」こと、「学 「び」は「めでる」こと。つまり、「勉強」は「理解する」ことを目標にして、「理解できないもの」を消去すること。 「学び」は「理解する」ことを 介して、「理解できないもの」に触れ、恐れ敬うこと、云々。 うんぬん ここからわかるとおり、「勉強」は点数化できても、 「学び」は点数化できない。そのため日本では、「勉強」はプラスとマイナスで語られやすく、 営利主義(「勉強しときまっさ」という関西弁!)と結びつきやすくなる。他方、「学び」は損得とも貧富とも無関係である。 B そう言えば、「僕たちはどうして勉強するんですか?(なんの得があるんですか?)」と問う子供は見かけても、「僕たちはどうして学ぶんですか?」 55と問う子供は見られない。その程度には、まだ世の中も「まとも」(?)である。 いまや「勉強」は、それ以外のもの(進学や就職や結婚)を達成するための道具になっている。他方、「学び」は「手段目的」の利害から逃れ ※ て、それ自体で充足している。しかし昨今の日本では、『ケイコとマナブ』という雑誌にも見られるとおり、「稽古」や「学び」までもが商品化され、 大量消費されている。 ピアノ、英会話、数々の資格、等々。何もやらないより「マシ」、あるいは「将来のため」と口にした途端、「学び」の無償の 効果が「勉強」の先行投資としての価値へ回収されていく時代、それこそ現代。 ※『ケイコとマナブ』 習い事・資格スクールの月刊情報誌。1990年から2016年まで刊行されていた。 (難波江和英 『思考のリフォーム』より)

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