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月 〈随筆〉 (1.5.10… は行番号です。) 中学一年生の夏休み、生れて初めて高山を間近に眺めた。 父親の仕事 の手伝いで上高地に行ったのである。 車酔いでふらふらになった私の頭 上へ、穂高連峰がいきなりおおいかぶさってきた。 私は突然自分が蟻み たいに小さくなるのを感じた。 そして山は美しさと荘厳さにおいて、ま さに神に近かった。 山に人が太刀打ちできるとは、とうてい思えなかっ た。その印象はいまだに体に彫りこまれていて、消すことはできない。 北の山を中心にあちこちの峰をめぐり歩いていたときも、私は偉大なる 山に遊んでもらっていたにすぎない。 父は双翅目が専門の昆虫学者であった。上高地には妖精のような高山 もふわふわ舞っていたのだが、私が捕るように命じられたのはハエと アブだけだった。たぶん父は研究対象の双翅目の許可だけをもらってい たのであろう。私は笹やぶを補虫紙で引っかき回すのに退屈して、手伝 いを放棄すると、魂のけし飛ぶ思いでいつまでも山々を眺めつづけた。 そうかいかん 翌年、焼岳と西穂に登った。頂上に立って四方を見わたす爽快感を知っ 156た。その次の年は館が岳。下山後、雲海の夢につきまとわれた。〈中略〉 五歳まで札幌で暮らしていた私は、ふるさとの山や雪に特別の思い入 れを持っていた。北大に進学したのも、北の自然が私を呼んだのである。 〈中略〉 しょかん ていね あしべつ そらぬま 四年間に登った山々は、 空沼・朝里・十勝・大雪・手稲・芦別・暑寒 えにわ らうす ゆうばり たてやま 20別・ニペソツ・石狩・余市・羊蹄・恵庭・羅臼・ニセコ・夕張・立山・ 穂高・白馬など。 夏も冬も道内も道外もひたすら登りつづけた日々であった。 それぞれ の山には、それぞれの思い出が焼きついていて、今となってはどれかを 選びだすことは不可能に近い。 25 ガラスの粉のようにきらめくザラメ雪、羽毛のように軽やかに舞いあ れっぷう ほお がる新雪 烈風を頬にたたきつけて凍傷を残して去った猛吹雪、ヒグマ 2を気にしながらやぶこぎしたハイマツ帯、色とりどりの敷物のように展 基本の確認 問 3行めの足を洗って に関連して、「足を洗う」の意味を辞書など を使って調べてみましょう。 アドバイス 慣用表現には体の一部を使ったものがたくさんあります。 「足を洗 う」と同じように「足」を使ったものには「足が重い」 「足が地に つかない」 「足をのばす」などもあります。 これらの意味だけでなく、 ほかにどのような表現があるかも辞書などで調べてみましょう。 問一 筆者の山に対する印象〉7~8行めの私は偉大なる山に遊ん でもらっていたにすぎない について、筆者が山を偉大だと感じてい る理由を次のように書きました。 後の1~③に答えなさい。 筆者が生まれて初めて見た高山は、筆者に「A(六字)」るほど大 きく、あまりにも美しく荘厳だったので、 人間などとてもかなわない 神様のように感じられたから。 ①Aに入る最も適当な言葉を、 六字で本文中からそのまま抜き出 しなさい。 ② とてもかなわない について、本文中で筆者が山に「とてもかなわ ない」と述べている部分(同じ意味の部分)を二か所探し、それぞれ 一文でそのまま抜き出しなさい。 (注)そうしく ほかほぼ & けだけにしほ ここんちゅう ♦ ようてい ♦ ♦ ♦ ・ ・ ・ • ぞうしょく 2開するお花畑。映像は消えることなく重なりあい、増殖してふたたび山 への慕情をかきたてていった。 30 卒業後も、仕事の間をぬってせっせと山へ行った。五月の尾瀬では丸 し ぶっさん 三日間一人歩きして、出会ったのは至仏山のふもとで春スキーをしてい た数人のスキーヤーのみである。七、八年後には交通整理をするほど有 名になる場所とも知らず、思えばぜいたくな山旅であった。 頂上が目的の登山から足を洗って、十年以上にもなる。 幼い娘たちの 956 体力に合わせて、ゆっくりした山歩きを選んでいるうちに、いつかその ほうが自分の性にも合っていることを発見したのである。 のんびり野山 を歩いていると、それまでは気にとめなかった様々の生命のしるしが現 われてきた。野鳥の鳴き声、茂みを走っていく小動物の足音、ひっそり と咲く野花の群れ、樹木のささやき、昆虫たちのふしぎな生活。自然の 中にはこれら生き物の気配が満ち満ちていた。 そうがんきょう いつのまにか私は双眼鏡を首からさげ、リュックに数種類の図鑑を入 れ、片手にノートを持った自然観察者の姿になっていた。人生の幾つ目 の角を曲がって、山がたて方向にのみではなく、水平の方向にも深い 広がりを持つことを見いだした私は、いわば最初に山を見た中学生の地 145点に戻ったのかもしれない。 彼女が穂高の に人智を超えたものを見たように、私も今、自然を形 づくる生命たちの精巧さに限りなく引かれているからだ。 せいこう (注) 双眼….二枚の翅を持つ昆虫の仲間。 北大・・・北海道大学。 やぶこぎ… 低木の密生する藪を地面に足がつかない状態でかき分けて進む こと。 ハイマツ帯… マツ(ハイマツ)が広がる地帯。 尾瀬・・・福島県・新潟県・群馬県に広がる盆地状の高原。 (③) 筆者が、いろいろな山に登れるようになった後も、「偉大なる山に んでもらっていた」と述べていることを次のように書きました。 に入る言葉を本文中から探して書きなさい。 筆者は を知った後でも、初めて高山を見たときに抱いた、山に対する尊敬の 気持ちは変わらなかった。 問二山歩きを楽しむ筆者〉 4行めの自然観察者の姿について、 山歩きを楽しむ筆者の姿を想像しましょう。 このときの持ち物を、筆 者がどのように使うか、 本文を参考にして考えてみましょう。 そうがんきょう 双眼鏡 問三昔のことを振り返る 〉 4行めの彼女は誰のことをさしますか。 次の1~4から一つ選び、その番号を書きなさい。 筆者の父 2 上高地で見た山 3 筆者の娘 4 中学生の頃の筆者 T ・・・ 長野県にあるんかくけいお こんちゅう (とうゆきこ 山と私」による。

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地理 中学生

ひとつも分かりません!教えてください🙏🙇‍♀️😭

4 ギリシャとローマの文明 学習課題 : ギリシャやローマでは、 どのような文明が生まれたのだろうか。 <ギリシャ文明> . □ギリシャには、紀元前8世紀ごろから 【① 各地にできて古代文明が生まれた。 】 とよばれる都市国家が 地中海沿岸のギリシャは海上交通に適した土地で、 紀元前3000年ころにオリエ ントから 【② 】 が伝わった。 ・多くのポリスでは、中心に神殿や広場がつくられ、 戦時に兵士として戦う成年 】 が行われた。 】 の労働で成り立っていた。 男性の市民による民会が物事を決める 【③ 市民の生活は、 所有する農地の収穫や 【④ □紀元前5世紀ころに 【⑤ No. _】 は最盛期を迎え、 人間中心の明るく 合理的で自由な文化が栄えた。 】や数学、 人々の感情を動かす 】 や彫刻が発達した。 ・その繁栄の中で、 真理を追究する 【⑥ 文学や演劇、 調和的な美を求める 【⑦ このころ、紀元前6世紀にオリエントを征服した東方のペルシャが、ギリシャ に侵攻したとき 【⑧ 】やスパルタなどのポリスは協力して撃退した。 <ヘレニズム> ・ギリシャでアテネやスパルタなどの有力ポリスが勢力を争い、 戦争を繰り返して いる間に、北方の 【⑨ 】 が軍事力を高め、 紀元前4世紀に南下 してギリシャを支配した。 ・マケドニア王になった 【⑩ ペルシャを征服し、 インダス川にまで広がる大帝国を築いた。 【⑩ 伝わった。 <ローマ帝国の繁栄> _】 は、東に遠征してエジプトや □ここから、ギリシャ文化とオリエント文化を融合する動きが起こり、これを 】 といい、 その文化はのちにインドや中国、日本にも ロイタリア半島の中部では、ラテン人によって都市国家の 【⑩ された。 ・ギリシャ文化の影響を受けたローマは紀元前6世紀に貴族による 【⑩3 となり、のちに平民の男性にも参政権を認めた。 領土の拡大を進め、 紀元前1世紀には 【⑩ ・しかし、相次ぐ戦争で国内は混乱し、戦争で功績のあった 【 ⑩5 武力で混乱をしずめて独裁権力をにぎった。 ・カエサルが暗殺されると養子のオクタウィアヌスが皇帝になり、 【⑩6 が成立した。 ローマ帝国は高度な 【 ⑩ (コロッセオ) や浴場を建設した。 首都 【 ⑩8 続いた。 】 が建設 】一帯を支配した。 】 】が 】を持ち、各地に道路や水道、 または闘技場 】を中心に、帝国の成立から約200年間にわたって繁栄が ・ローマでは実用的な文化が発展し、 改良された 【19 】 やローマ法、 ローマ宝 はヨーロッパじゅうに広まり、 帝国滅亡後も長く用いられた。 わからん? なぜだ? どうして?

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