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理科 中学生

理科です‼︎ (1)で、どのようにして焦点距離を求めるのですか? ちなみに答えは15cmです!!どなたか解説よろしくお願いします🙇🏻‍♀️

い。 3 凸レンズ つ② 実験 (R5 山形) <14点×3> 図 1 図1のような装置で, 物体と凸レンズとの距 離を20cmにして, 光源を点灯した。 光源 物体 スクリーン 凸レンズ 光学台 凸レンズと スクリーン 物体と凸レンズとの距離 との距離 ② スクリーンの位置を調整して, 物体の像がス クリーンにはっきりとうつったとき,凸レンズ とスクリーンとの距離をはかり、記録した。 ③の凸レンズの位置を, 物体から5cmずつ遠ざけ ②と同様のことを それぞれ行った。 図2のグラフは実験の結果を表している。 □ (1) 使用した凸レンズの焦点距離は何cmか。 (2) スクリーンに像がはっきりとうつっている ア 図凸レンズとスクリーンとの距離〔C〕 70 60 2850 ¥3020100 40 リ 30 20 0 10 20 30 40 50 60 70 物体と凸レンズとの距離〔cm〕 06CES (1) INCE イ とき,物体側から観察したスクリーンの像をL L」 右のア~エから1つ選びなさい。 (3)図3は、スクリーンに物体の像がはっきりとうつっているとき の模式図であり, 物体上の点Pから出た光の道すじのうち2本を X,Yで表している。 光の道すじ X, Y の, スクリーンまでの道 すじをそれぞれ図3に実線() でかきなさい。 ただし, 光の 進む方向は,凸レンズの中心線で変わるものとし、図3中の点F は凸レンズの焦点である。 作図 ヒント ヒント (2)良 (3) 図3に記入 何の 図3 凸レンズの軸(光軸) P: FL > F 物体 凸レンズ 凸レンズの中心線 スクリーン 31 (2)鏡Aで左右が反対になり, 鏡Bでまた左右が反対になるね。 1(3) 凸レンズの軸に平行な光は,凸レンズの中心線で屈折して焦点を通るよ。

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国語 中学生

この文章の問題で 下線部②「いくつになっても」が直接修飾する文節を 本文中から1文節で書き抜いて答えなさい。 という問題なのですが 修飾するという意味がわからず、どこがどのように 修飾されているのか教えていただきたいです。

れつ 2 確認問題 小説 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 《「父」は苦学の末、満州国で医師免状を手にしたが、日本の敗戦に より帰国。国内では、満州での免状が認められなかったため、医師と して開業するためには国家試験に合格することが必要だった。 「父」 は既に三十を越える年齢だったが、合格を目指してひたすら勉強に励 んだ。 その間、家計は、妻子たちが内職によって支えていた。> 父は毎朝山へ出掛け、夕刻家へ帰ってくる。 山といっても、家を借りたり、 お寺の一室にこもったりしているのではなかった。近くの山に壊れかけたお 堂がある。その軒先に腰を掛けて、声を出して本を読むのである。若いうち、 二十代の半ばまでなら、目で通読しただけで記憶できる。だが年をとると、 音読しなければ意味がつかめなくなるのである。 記憶するとなると、 何度も 5 何度も唱えなければならぬ。 一番苦しかったのは父であったろう。息子たちを働かせ、しかも自分は金 苦 を使って勉強している。世間の常識とはまったく逆である。 その 痛は想像にあまりある。普通なら、「ついに俺には達成できなかった。だか ら、息子たちよ、お前たちが存分に勉強してくれ。」と言うはずである。こ れが現在の教育ママや教育パパの発想である。が、 これほど自堕落な、愚 劣な発想があろうか。私は、 いくつになっても、ひたむきに生きる人を尊 敬する。一ミリでも一センチでもいい、じりじりと夢へと這っていく人を。 息子に夢を託すというのは、生活の放棄であり甘えである。そういう心根で 息子や娘に楽をさせても、ロクな結果が生まれるものか。現状にふさわしい じだらく いもほ 所で、常に前を向いて歩くことこそ大切なのである。私は、自分の父が、 家 庭を一切顧みずに勉強したことを誇りたいくらいだ。 かせ その生活にも、やがて終止符をうつ時がきた。父は、私たちが稼いだ金 を根こそぎ持って、東京へと試験を受けに行ったのである。試験から帰った * あかもん 父は、「赤門から入ってなあ、偉い教授の口頭試問を受けた。もう何と答 3 えたか、あがっちまってわからなかったから、どうも今年は駄目だろうが、 とうだい みやげばなし さすがに天下の東大だった。すごい建物がこうずらりと並んでいた。それで 帰る時、わざと遠回りして赤門から出てやった。 な、 これからバカにするな よ、 これでも赤門出なのだから。」 と土産話をして、しばらくぼうっとし 日を過ごした。それから私は赤門とやらを夢に見るようになった。――よ25 その大学へ行こう。私はそう決心したが、後で実際に通うようになった ら、古びてしょぼくれた奇妙な門に過ぎなかった。馬車馬のごとく突進しか 知らなかった父は、 ②と呼ばれるものに弱いところがあった。 合格の通知は山の畑で受け取った。 両親と私は、弟を連れ、祖父の畑で山 芋掘りをしていたのである。そこへ、留守番をしていた兄が、電報をひらひ 3 らさせながら駆けてきた。 「ゴウカク、オメデトウ。」 「このヤロウ。」 「さあこい。」 私たちは芋畑を転げ回った。 母はへたへたと座りこんでしまったが、私 は父とすもうをとった。 たた 6 私は何度も父を投げ飛ばし、大地に叩きつけた。 その年、満州出身の医師は八十数名が受験したというが、国家試験に合格 したのはたったの三名だった。 (注)赤門=東京大学の、朱塗りの門。 〈畑正憲 「ムツゴロウの青春記」より〉 答えなさ . 2 に入る適切なことばを、つ 10

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