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歴史 中学生

ネットで検索すると、文明はエジプト文明→メソポタミア文明→中国文明→インダス文明という順番になっているのですが、教科書にはエジプト文明とメソポタミア文明は紀元前3000年、中国文明は紀元前6000年と書いてあります。結局どういう順番なのでしょうか、、教えていただきたいです!

ほね 3. 4 5 6 ■年 300 年 400年 500年 なん J 世界 7 8 13 こだいぶんめい 文字 アジアに芽生えた古代文明 文明に共通することがらはなんでしょうか。 ちゅうごくぶんめい 中国文明と 11 12 じゅきょう 儒教のおこり 10 9 14 15 17 19 18 いなさく 44 でも,稲作をともなう文化が生まれました。 20 東アジアで,最も早く文明がおこったのは, きげんぜん こうど 中国でした。紀元前6000年ごろ,黄土とよ 21 こうが りゅういき あわ ひえ ばれる肥えた土が広がる黄河の流域で, 土器をつくり, 粟や稗 ホワンホー ちょうこう -p.14 などの畑作を行う文化が生まれました。 同じころ, 長江の流域 チャンチャン すぐ せいどうき 紀元前1600年ごろには, 黄河の流域に, 優れた青銅器の文 いんしょう 化をもつ殷(商) という国がおこりました。王が政治や祭りを進 しゅりょう うらな めた殷では,戦争や狩猟などの大事なことを決めるときに占い こうこつ この甲骨文字は、 現在の漢字のもとになりました。 かめ こう ほね きざ が行われ,その記録が亀の甲や牛の骨に文字で刻まれました。 UTAS しゅう 殷の後には周がおこりましたが, 紀元前8世紀になるとおと ろえ,中国では,力をつけた各地の国々が争うようになりまし せんらん こう ちつじょ た。この戦乱の時代に, 孔子は、親子・兄弟などの秩序を重ん じ,道徳を中心とする政治を説きました。 孔子の教えは儒教と じゅきょう ちょうせん なり,後に朝鮮や日本などに伝えられて、社会や人々に大きな p.29->

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1を教えてください🙏🙇‍♀️

3 次の4枚のカードは、 平安時代, 鎌倉時代 室町時代, 江戸時代のいずれ かの時代の末期の様子をまとめたものである。 1~11の問いに答えなさい。 カード A a の 欧米諸国と条約を結んで 体制をやめ、自由な貿易を認めると,国内 の経済が混乱し, 人々の生活は苦しくなっ た。攘夷から倒幕に転じた二つの藩が同 盟を結んで協力する中、幕府はほろんだ。 カード C 保元の乱と平治の乱に勝利した 平清盛 は、一族で朝廷の高い地位について栄華を ほこったが,平氏打倒のために挙兵した東 国の武士によって攻めほろぼされた。 ウエ カード B 御家人を救済するために したが,実権をにぎる 1 下線 ① について,表は, 日本と条約を結んだイギリス, フランス, オラ ンダ, ロシアそれぞれの現在の統計を示したものであり, 表のア〜エは, イギリス, フランス, オランダ, ロシアのいずれかである。 イギリスとフ ランスに当たるものを,ア~エから一つずつ選び, 符号で書きなさい。 [表] b を出 C に失政が 続き, 近畿地方を中心に,幕府の政治に 反抗する悪党が現れた。 このような状況の 中,幕府は反対勢力によってほろぼされた。 73,295 14,383 カード D 将軍の後継者争いなどで ⑤幕府が権力を 失うと, 戦乱が広がった。 尾張 愛知 県)の戦国大名であった 織田信長が将軍 を追放したため、 幕府はほろんだ。 人口密度 国土面積に占める 小麦の生産量 原油の自給率 (人/km2) 森林面積の割合(%) (Ft) (%) 1,016 ア 8 47.7 191.6 イ 275 12.9 77.1 411 9.1 2.6 118 30.9 29,504 1.5 (2016年。 人口密度は2018年。 森林面積の割合と原油の自給率,アの輸出品は2015年) - 輸出額が第1位, 第2位, 第3位の輸出品 原油、石油製品, 天然ガス 機械類,自動車,医薬品 機械類, 石油製品, 自動車 機械類, 航空機, 自動車 (「世界国勢図会 2018/19年版」より作成)

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武士が、領地を皇族や貴族、寺社に寄進していたのは何故ですか??🙇‍♀️

成長した武士団の中でも、天皇の子孫である 源氏と平氏が有力でした。 11世紀後半には, とうぼく ぜん く 5 東北地方の武士どうしの争いをきっかけにした大きな戦乱 (前九 しょうえん 武士団と荘園 ねんかっせん こ さんねん 年合戦 後三年合戦)が起こりました。 この争いをしずめた源氏 . みなもとのよしいえ いわて の源義家が東日本に勢力を広げ, 東北地方では平泉(岩手県)を きょてん おうしゅうふじわらし 3 拠点に成長した奥州藤原氏が力を持ちました。 12世紀前半には、 かいぞく 瀬戸内海の海賊をしずめた平氏が西日本に勢力をのばしました。 10 地方の武士は、地位や武力を利用して土地の開発を進め、領地」 き しん を都の皇族や貴族, 寺社(寺や神社)に寄進しました。 こうした 1070 園では, 武士が年貢を農民から集めて納めるかわりにその土地を ➡p.45 5⑤ 支配する権利を保護してもらい、 力をのばしました。 一方, 荘園 こくし こうりょう 以外の国司が支配する土地(公領) でも、武士が犯罪の取りしまり ➡p.43 や年貢の取り立てを任されるようになりました。 やかた こうして11世紀の後半には, 武士は荘園や公領に館を築いて 地方の社会の中心になっていきました。

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