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理科 中学生

問3についてです。 解説で0.002秒になる所までは分かるのですが、1÷0.002=500で、なぜ1で割るのかが分かりません💦教えて下さい🙏

5さんは音の性質について、探究的に学習しました。 15に答えなさい。 (19点) 実験1 (1) 図1のように、コンピュータにマイクロホンをつなぎ、音さ たたいたときに出る音の振動のようすを音さ A~Dの4つ 音さについてそれぞれ調べた。 マイクロホンと音さとの距離 は同じになるようにし、それぞれの音さをたたき、その直後の 音の振動のようすをコンピュータの画面に表示させた。 (2)図2は、(1)で音さADをそれぞれたたいた直後に、画面に 表示された波形を模式的に表したもので、横軸は時間を、縦軸 ・音さ コンピュータ マイクロホン 図1 (3) 音さ A~Dの4つの音さを、それぞれ(1)のときよりも強くたたき、その直後の音の振動のよう は音の振幅を表している。 ただし、横軸と縦軸の1目盛りの大きさは,それぞれ同じである。 すをコンピュータの画面に表示させた。 音さ 音さB 音さ 音さD 図2 間 1 実験1の(1)で、最も低い音を出した音さはA~Dのうちのどれですか。 最も適切なものを一つ選 び その記号を書きなさい。(3点) 問2 実験1の(3)のとき、コンピュータの画面に表示される音さAの音の波形を表しているものとして 最も適切なものを、次のア~エの中から一つ選び、その記号を書きなさい。ただし、横軸と縦軸の ア 1目盛りの大きさはそれぞれ図2と同じであるものとします。 (4点) イ MA AVA ウ I 問3 図2において, 横軸の1目盛りが0.001秒を表しているとき,音さDの振動数は何Hz か求めな さい。 (4点)

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国語 中学生

この文章の問題で 下線部②「いくつになっても」が直接修飾する文節を 本文中から1文節で書き抜いて答えなさい。 という問題なのですが 修飾するという意味がわからず、どこがどのように 修飾されているのか教えていただきたいです。

れつ 2 確認問題 小説 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 《「父」は苦学の末、満州国で医師免状を手にしたが、日本の敗戦に より帰国。国内では、満州での免状が認められなかったため、医師と して開業するためには国家試験に合格することが必要だった。 「父」 は既に三十を越える年齢だったが、合格を目指してひたすら勉強に励 んだ。 その間、家計は、妻子たちが内職によって支えていた。> 父は毎朝山へ出掛け、夕刻家へ帰ってくる。 山といっても、家を借りたり、 お寺の一室にこもったりしているのではなかった。近くの山に壊れかけたお 堂がある。その軒先に腰を掛けて、声を出して本を読むのである。若いうち、 二十代の半ばまでなら、目で通読しただけで記憶できる。だが年をとると、 音読しなければ意味がつかめなくなるのである。 記憶するとなると、 何度も 5 何度も唱えなければならぬ。 一番苦しかったのは父であったろう。息子たちを働かせ、しかも自分は金 苦 を使って勉強している。世間の常識とはまったく逆である。 その 痛は想像にあまりある。普通なら、「ついに俺には達成できなかった。だか ら、息子たちよ、お前たちが存分に勉強してくれ。」と言うはずである。こ れが現在の教育ママや教育パパの発想である。が、 これほど自堕落な、愚 劣な発想があろうか。私は、 いくつになっても、ひたむきに生きる人を尊 敬する。一ミリでも一センチでもいい、じりじりと夢へと這っていく人を。 息子に夢を託すというのは、生活の放棄であり甘えである。そういう心根で 息子や娘に楽をさせても、ロクな結果が生まれるものか。現状にふさわしい じだらく いもほ 所で、常に前を向いて歩くことこそ大切なのである。私は、自分の父が、 家 庭を一切顧みずに勉強したことを誇りたいくらいだ。 かせ その生活にも、やがて終止符をうつ時がきた。父は、私たちが稼いだ金 を根こそぎ持って、東京へと試験を受けに行ったのである。試験から帰った * あかもん 父は、「赤門から入ってなあ、偉い教授の口頭試問を受けた。もう何と答 3 えたか、あがっちまってわからなかったから、どうも今年は駄目だろうが、 とうだい みやげばなし さすがに天下の東大だった。すごい建物がこうずらりと並んでいた。それで 帰る時、わざと遠回りして赤門から出てやった。 な、 これからバカにするな よ、 これでも赤門出なのだから。」 と土産話をして、しばらくぼうっとし 日を過ごした。それから私は赤門とやらを夢に見るようになった。――よ25 その大学へ行こう。私はそう決心したが、後で実際に通うようになった ら、古びてしょぼくれた奇妙な門に過ぎなかった。馬車馬のごとく突進しか 知らなかった父は、 ②と呼ばれるものに弱いところがあった。 合格の通知は山の畑で受け取った。 両親と私は、弟を連れ、祖父の畑で山 芋掘りをしていたのである。そこへ、留守番をしていた兄が、電報をひらひ 3 らさせながら駆けてきた。 「ゴウカク、オメデトウ。」 「このヤロウ。」 「さあこい。」 私たちは芋畑を転げ回った。 母はへたへたと座りこんでしまったが、私 は父とすもうをとった。 たた 6 私は何度も父を投げ飛ばし、大地に叩きつけた。 その年、満州出身の医師は八十数名が受験したというが、国家試験に合格 したのはたったの三名だった。 (注)赤門=東京大学の、朱塗りの門。 〈畑正憲 「ムツゴロウの青春記」より〉 答えなさ . 2 に入る適切なことばを、つ 10

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