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理科 中学生

理科の光についての問題です。 (2)の①の問題がわかりません! 答えはイですが、なぜイになるかわからないので解説お願いします🙇

3 Jさんは、光の性質について調べるために、次の実験 1 2 を行った。 あとの問い に答えなさい。 【実験】図Ⅰのように、鏡M,Nを記録用紙上に垂直に立て、鏡の表面のなす角度が 90°になるように組み合わせた。次に,Pから光源装置を用いて光をいろいろな角度 で鏡に当てて反射させ、光の道すじと進む向きを調べた。図ⅡIは,記録用紙を真上か ら見たものである。 (1) 次のア~ウのうち, 光が1枚の鏡の表面で反射するとき,入射角と反射角の大き さの関係を示したものとして正しいものはどれか。 一つ選び,記号を書きなさい。 ア入射角は反射角より大きい。 イ入射角と反射角は等しい。 ウ入射角は反射角より小さい。 (2) 図ⅡI中のQ, ア~オは記録用紙上の点である。 また図ⅡI中には,Pから出て鏡M の表面上のAにとどいた光が,Aで反射し続いて鏡Nの表面上のBで反射しQにと どくまでの光の道すじと進む向きを示している。 ①図ⅡI中のPから出て鏡Mの表面上のCにとどく光は,Cで反射し続いて鏡Nの表 面で反射したのち、図ⅡI中のア~オのうち、どの点にとどくか。一つ選び,記号を書 きなさい。( ) ② 次の文の 」に入れるのに適している数を書きなさい。 実験1においてPから出た光が鏡Mの表面で反射して、続いて鏡Nの表面で反射す るとき,鏡Mでの反射角を,鏡 N での入射角をnとすると,(m+n)が 1°に なることが分かる。( 【実験2】図Ⅲのように,厚紙(電球をとり付けたもの), 凸レンズ,スクリ ーンを光学台に置いた。 厚紙は凸レンズ側から見たとき, 図ⅣVのように縦 3.0cm, 横2.0cmのL字形に切りぬいてある。 凸レンズの位置は固定し、厚紙とスクリーンを光学台上で移動させ スク 図Ⅰ 鏡M 光源装置 図Ⅱ 鏡 M 鏡の表面 P Ho P A III 電球 厚紙 or 鏡の表面 A ハウジネ C 鏡N 凸レンズ 記録用紙 B 鏡N 鏡の表面 スクリーン

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理科 中学生

教えてください

8+0# # * * No.2 答えなさい 。 ○文は、 実験結果について、こうへいさん、 かつみさん、先生が交わした会話の一部である。 次の各問い DOSTPAB かつみさん こうへいさん 先生 かつみさん こうへいさん マグネシウムと銅が化合する酸素の質量にも違いがあるね。 図2の結果から、マグネシ ウムの質量と化合する酸素の質量の比は、 aくらいになるよ。 図2の結果を見ると、銅の質量と化合する酸素の質量の比は、4:1くらいですか。 そうですね。 でも実は実際に実験すると、そうならないことがあります。 実験結果が4:1 にならない原因はいくつか考えられますが、その一つとして銅を保管している間に空気 が影響したことが考えられます。 それは、保管している間に銅の粉末が b ということですね。 私は4:1にならなかったのは、 銅が内部まで完全に反応せずに残ってしまったからだと 思います。 RECS 文中のaに当てはまるものを、次のア~エから選び、記号をかけ。 また、 bに当てはまる文を、簡潔 に書け ア 3:5 イ 2:5 マグネシウムの酸化を表す化学反応式をかけ。 銅の質量と化合する酸素の質量の比が4:1であるとすると、 銅 2.00gを加熱し完全に反応させたと き、生じる酸化物は何gであると考えられるか、書きなさい。 ウ 3:2 I 2:1 下線部のとおり、銅が内部まで完全に反応せずに残ってしまったことのみが、 銅の質量と化合する酸 素の質量の比が4:1にならなかった原因であるとする。 この場合、 銅 1.00gを加熱したとき、できた酸 一化物の質量が1.15gだったとき、反応せずに残っている銅の質量は何gか。 ■同じ質量の酸素と反応する、マグネシウムと銅の質量の比を最も簡単な整数比で表せ。

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歴史 中学生

このしかくのぶぶんは、緊張がゆるまったか高まったかがはいるのですが、しかくの全部どれが緩まったか高まったか教えてください。

No Date 1.226-227 7/5(水) 冷戦後、世界はどんな状況になっているのだろう? (1) 冷戦の経過と終結 ・アメリカとソ連の対立により、資本主義と共産主義の2つの陣営に分かれる・・・・・・。 ○次のできごとを、冷戦が激しくなる方向と緩和する方向に分けてみよう。 □1948年 朝鮮半島をアメリカとソ連が南北にわけて占領 □1949年 ドイツが東西に分かれて独立 緊張緩和 1226~230 1950年代半ばから次第に緊張が緩和・ □1955年(アジア、アフリカ) 会議:植民地支配から独立した国々が平和共存を 訴える 育1962年(キューバ危機): キューバにソ連の核ミサイル基地が建設される →米ソ間の核戦争一歩手前まで発展! 解決後、緊張緩和が本格的に進む □1965年 1955年から続く(ベトナム)戦争にアメリカが本格的に介入 世界各地で反戦運動が高まる □1967年 西ヨーロッパ諸国がヨーロッパ共同体 (EC) を設立 一方で70年代前半には東ヨーロッパ諸国との関係を改善 □1973年 アメリカがベトナムから撤兵 →アジアにも緊張緩和が広まる □1979年 □1985年 ~冷戦の終結 ソ連がアフガニスタンに侵攻 東西両陣営の対立が再び激化! ソ連のゴルバチョフ書記長がアメリカなどの西側陣営と関係を改善 →国内の政治・経済の立て直しを目指す! (ベレストロイカ) (改革)(グラスノスチ(情報公開) □1989年 東ヨーロッパ諸国では民主化運動が高まり、共産党政権が次々倒れる 11月 ベルリンの壁崩壊 12月 (マルタ会談 ゴルバチョフ・ブッシュ 冷戦の終結を宣言! □1991年 ソ連解体→ロシア連邦やウクライナなどが独立

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