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幕末に日本がロシアと結んだ条約では, 樺太(サハリン)はどち
ロシアと樺太千島交換条約を結び, ロシアに樺太の領有を認め
らの領土であるか不明確でした。 そこで, 政府は1875(明治8)年、
B
p.281
からふと
ばくまつ
10
からふと
ちしまこうかんじょうやく1
D
る一方,千島列島の全てを日本領にすることで, 両国の国境を後
定しました。また, 太平洋地域では, いくつかの国が小笠原諸島
ち しま
は、
国
おがさわら
→p.253
の領有権を主張していましたが, 1876年に日本の領有が確定しま
以
に
北
2
した。
ロシアと国境問題をかかえていた政府は、競
ほっかいどう
かいたく
北海道の開拓と
アイヌの人々
そち
ほっ
夷地の開拓を進めました。政府は夷地を北
海道に改め,開拓使という役所を置いて統治を強化するとともに
農地の開墾,鉄道や道路の建設など, 欧米の技術を取り入れた開
かいどう
→p.129-234
かいこん
出