学年

教科

質問の種類

理科 中学生

x教えてください 計算式で 円柱の側面積を求めるから 3✖️0.04✖️3.14で計算したのですが、約0.38となり答えの0.36と一致しませんでした、

ヒトの体のはたらきに関する次の文章を読んで、あとの問いに答えよ。 〈大阪教育大附属平野〉 口に入れた食べ物は、食道から胃, 小腸から大腸を通って肛門へと運ばれる。 食べ物は消化管を通っていく 間に消化液と混ざりながら消化され, 小腸で吸収される。 小腸を長さ3m, 直径4cmの単純な円筒とすれば, 内側の表面積は ( X )m2となるが,実際はその600倍の(Y)m2となる。 それは小腸の壁にたくさんのひだが あり,その表面は(A)という小さな突起におおわれているからである。 100cm 小腸で吸収された栄養分は,血液によって肝臓に運ばれる。肝臓は、運ばれてきた栄養分の一部をたくわえ, 必要なときに全身に送り出すはたらきをしている。また,肝臓には栄養分の分解で生じたアンモニアを( B ) に解毒するはたらきもある。(B)は血液によって腎臓へ運ばれる。 腎臓では血液をろ過して血液中の不要な物質をとり除いている。腎臓に流れこんだ血液のうち10%が腎臓 内でろ過される。このろ過されたものを原尿という。この原尿はそのまま尿となるのではなく,原尿の99%が 腎臓で再吸収されて血液に戻り、その残りが尿となり体外に排出される。 (1)文章中の(A)、(B)にあてはまることばを書け。 A( B ( (2)下線部Iについて、デンプンの分解にはたらく消化液を、次からすべて選べ。 ⑦ だ液 イ胃液 ⑦ 胆汁 エ すい液 (3)(x),(Y)にあてはまる数値を求めよ。 ただし、円周率は3とする。 3 3番(314 =3.3.14 ) )Y( Q.36×600=216 216 ) (4) 下線部Ⅱについて、心臓から送り出される血液量がつねに毎分54で、そのうちの25%が腎臓に入るとき, 次の値を求めよ。 ① 腎臓に流れこむ血液量は1日に何Lか。 55×60mm×24×0.25=1800 1800L 尿は1日に何L生成されるか。 1.8c (80080.1=180(屏尿) 37 180

解決済み 回答数: 1
国語 中学生

この文章の問題で 下線部②「いくつになっても」が直接修飾する文節を 本文中から1文節で書き抜いて答えなさい。 という問題なのですが 修飾するという意味がわからず、どこがどのように 修飾されているのか教えていただきたいです。

れつ 2 確認問題 小説 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 《「父」は苦学の末、満州国で医師免状を手にしたが、日本の敗戦に より帰国。国内では、満州での免状が認められなかったため、医師と して開業するためには国家試験に合格することが必要だった。 「父」 は既に三十を越える年齢だったが、合格を目指してひたすら勉強に励 んだ。 その間、家計は、妻子たちが内職によって支えていた。> 父は毎朝山へ出掛け、夕刻家へ帰ってくる。 山といっても、家を借りたり、 お寺の一室にこもったりしているのではなかった。近くの山に壊れかけたお 堂がある。その軒先に腰を掛けて、声を出して本を読むのである。若いうち、 二十代の半ばまでなら、目で通読しただけで記憶できる。だが年をとると、 音読しなければ意味がつかめなくなるのである。 記憶するとなると、 何度も 5 何度も唱えなければならぬ。 一番苦しかったのは父であったろう。息子たちを働かせ、しかも自分は金 苦 を使って勉強している。世間の常識とはまったく逆である。 その 痛は想像にあまりある。普通なら、「ついに俺には達成できなかった。だか ら、息子たちよ、お前たちが存分に勉強してくれ。」と言うはずである。こ れが現在の教育ママや教育パパの発想である。が、 これほど自堕落な、愚 劣な発想があろうか。私は、 いくつになっても、ひたむきに生きる人を尊 敬する。一ミリでも一センチでもいい、じりじりと夢へと這っていく人を。 息子に夢を託すというのは、生活の放棄であり甘えである。そういう心根で 息子や娘に楽をさせても、ロクな結果が生まれるものか。現状にふさわしい じだらく いもほ 所で、常に前を向いて歩くことこそ大切なのである。私は、自分の父が、 家 庭を一切顧みずに勉強したことを誇りたいくらいだ。 かせ その生活にも、やがて終止符をうつ時がきた。父は、私たちが稼いだ金 を根こそぎ持って、東京へと試験を受けに行ったのである。試験から帰った * あかもん 父は、「赤門から入ってなあ、偉い教授の口頭試問を受けた。もう何と答 3 えたか、あがっちまってわからなかったから、どうも今年は駄目だろうが、 とうだい みやげばなし さすがに天下の東大だった。すごい建物がこうずらりと並んでいた。それで 帰る時、わざと遠回りして赤門から出てやった。 な、 これからバカにするな よ、 これでも赤門出なのだから。」 と土産話をして、しばらくぼうっとし 日を過ごした。それから私は赤門とやらを夢に見るようになった。――よ25 その大学へ行こう。私はそう決心したが、後で実際に通うようになった ら、古びてしょぼくれた奇妙な門に過ぎなかった。馬車馬のごとく突進しか 知らなかった父は、 ②と呼ばれるものに弱いところがあった。 合格の通知は山の畑で受け取った。 両親と私は、弟を連れ、祖父の畑で山 芋掘りをしていたのである。そこへ、留守番をしていた兄が、電報をひらひ 3 らさせながら駆けてきた。 「ゴウカク、オメデトウ。」 「このヤロウ。」 「さあこい。」 私たちは芋畑を転げ回った。 母はへたへたと座りこんでしまったが、私 は父とすもうをとった。 たた 6 私は何度も父を投げ飛ばし、大地に叩きつけた。 その年、満州出身の医師は八十数名が受験したというが、国家試験に合格 したのはたったの三名だった。 (注)赤門=東京大学の、朱塗りの門。 〈畑正憲 「ムツゴロウの青春記」より〉 答えなさ . 2 に入る適切なことばを、つ 10

解決済み 回答数: 1