英語 中学生 2年弱前 答えと考え方を教えてください。 次の会話文を読み, 意味が通るようにそれぞれの下線部に5~7語の英語1文を入 れなさい。 (2) A: Hello? B: Hello. Is Mr. John Smith there? A: No, he went out for the day. ( B: ) Yes. Takeshi will be about fifteen minutes late for the party. Please tell him that. 解決済み 回答数: 1
英語 中学生 2年弱前 この「形」ってどの語を指しているのか教えてほしいです。「形」を指しそうな単語がないように思えるのですが、、 in a way that is large or important enough to be noticed 注目されるほど大きく、 あるいは重要な形で Chūmoku sareru hodo ōkiku, aruiha jūyō na katachi de 解決済み 回答数: 1
英語 中学生 2年弱前 こんばんは 英語の文についての質問です Whose are those cats '' lieing '' in the garden この''lieing''と'lie''←の意味を教えて欲しいです 解決済み 回答数: 2
英語 中学生 約2年前 千葉県中3女子です。入試に対しての質問をさせてください。 今私は私立併願高校が決定して公立の第一志望に加え、私立にも向けて一生懸命勉強しているのですが、私立入試の英語には長文の注訳(中学生じゃわからないような単語をに日本語で書いてくれているやつ)がないと聞いて単語力に不安を... 続きを読む 解決済み 回答数: 1
国語 中学生 約2年前 詩の問題です。 君かへす 朝の舗石 さくさくと 雪よ林檎の 香のごとくふれ この詩の「さくさくと」が何の擬音かという問題が、雪を踏みしめる音というのが答えなのですが、その理由を説明してほしいです。 詩が苦手なので、できれば詳しく説明してくれると嬉しいです。(詳しくなくて... 続きを読む 解決済み 回答数: 2
英語 中学生 約2年前 「in case S+V」「for fear that S+V」「lest S+V」 これら全て「SがVしないしように」といった意味がありますが、全てthat節の中に助動詞を必ず入れなきゃいけないルールってあるんですか、、? 特に、lest S+Vのやつはshouldを入... 続きを読む 解決済み 回答数: 1
理科 中学生 約2年前 中学の英語です。 (6)のfineは「晴れる」が意味になるのですが、グーグルでfineを和訳してみると「大丈夫」となるのですが違いを教えて欲しいです! ) (6) We are going to go on a picnic, if it is fine tomorrow. (7) I didn't go to the party because I was sick. (8) Tom studied after he watched TV. 解決済み 回答数: 2
国語 中学生 約2年前 なぜこの答えだとダメなのか教えて欲しいです 「裸足で薊を踏んづける!」 少年時代、よく友達と遊んでいた原っぱの片隅に、美しい紫色の花の一群がありました。かなりの丈がある濃い緑色の 茎の先端に細い筒状の花びらがふわふわと広がっていて、それが春の風に揺れるのです。うまくすると、花の周囲を舞 アゲハチョウを捕まえることもできました。ただ、下手に触れるととげが刺さって、痛い思いをしたものです。 やがて、その花がアザミとよばれていることを私は知りました。漢字で書いたらどうなるのだろう。そう思って、花の 姿や名前の音にふさわしい文字の組み合わせを考えてみたのですが、なかなかうまくいかず、アザミはその後も、頭の中 片仮名の花として咲いていました。 ところが、ある日、それが「薊」という漢字になって、心に刻まれることになったのです。小学校を卒業した直後の春 休みだったでしょうか、町の図書館でたまたま手に取った宮沢賢治の本に、「種山ヶ原」と題された物語が収められてい ました。達二という名の主人公が、逃げ出した牛を山の中まで追っていく場面があって、そこにこんな一節が出てきたの です。 「ところがその道のようなものは、まだ百歩も行かないうちに、オトコエシや、すてきに背高の薊の中で、二つにも三つ にも分かれてしまって、どれがどれやらいっこう分からなくなってしまいました。」 難しい表現は全く使われていません。詩のようにきらびやかな言葉もありません。それなのに、私はこの文章の不思議 な魅力に捕らわれてしまったのです。なぜ心ひかれるのか、最初はよく分かりませんでした。しかし、何度か読み返すう ち、この一文の光が、「すてきに背高の薊」という表現から発せられていることに気づいたのです。 「すてき」も「背高」も、個別には知っていた単語です。けれど、両者を組み合わせて、アザミのような花の上に載せ るなんて、想像したことさえありませんでした。「すばらしく背の高いアザミ」と書いても、意味としては変わらないで しょう。宮沢賢治はそれを短く刈り込んで、言葉に新しい響きを、つまり、これまでにない音楽を生み出してくれたので す。 それから長い時間がたって、高校生になったばかりの頃、私は再び書物の中で、漢字の「薊」に出会うことになりまし た。梶井基次郎の「闇の絵巻」と題された短編を読んだときのことです。真っ暗な闇の中に一歩を踏み出す勇気を、主人 はこんなたとえで表現していました。 私は呆然としました。裸足で薊を踏んづけるほどの勇気とは! 宮沢賢治の作品を通じて、アザミは明るい光の中では っきり目に見える紫色の、「すてきに背高の」、明るい陽のもとで映える花として心に刻まれていました。梶井基次郎は、 そこにもう一つ、まるで正反対の、闇に沈んだ見えない「薊」というイメージを付け加えてくれたのです。その見えない 色の、なんと鮮やかなことでしょう。おまけに、とげを踏み抜いた足の裏の感触まで生々しく伝わってくるようです。 少年の頃に私が見ていた野の花としてのアザミは、優れた二人の書き手の作品のおかげで、明と暗を持つ、言葉として の「薊」になりました。異なる文脈で出会ったことによって、「薊」は私の心の中で、より豊かな花に育っていったので す。 興味深いのは、言葉としての「薊」の色が深まるにつれて、原っぱに咲いている本物の「アザミ」も美しさを増してい ったことです。つまり、二つの「薊」は、世界の見方を変えてくれたのです。本を読み、言葉に触れ、言葉を育てていく 喜びは、こんなふうに、見慣れていた光景に新しい光が当てられる様子を、驚きをもって眺めることにあるのではないで しょうか。(「二つのアザミ」 堀江敏幸) 解決済み 回答数: 1