学年

教科

質問の種類

理科 中学生

この問題の(2)の答えがなぜXになるのかが分かりません。西経90度しかわかっていないのになぜわかるのか教えていただきたいです。

1 [模式図] 束の8 赤道 P 次の模式図は,経線や緑線をそれぞれ 30度ごとに示した地球儀です。これと ドを見て,各問いに答えなさい。 (18点 (4) 各完答) 北極点 a 西経90度 RE ※180度の経線を日付変更線とする。 80 (1) 2 C B (X (3) [カード) (4) I ユーラシア大陸の西 高緯度のわりにかいて 最も小さな大陸や大学 に位置する島々から (1) 模式図が実際の赤道上を一周した場合に通る大陸の数を書きなさい。 (2) 日本の領域が入る範囲を模式図のW~Zから選びなさい。 (3) 模式図のP地点との時差が最も大きい地点を,ⓐ~dから選びなさい。 (4) 次のI~ⅢIにあたる国が含まれる, 地域を図, 州の説明をカードからそれぞれ (カード) エ ぼくちく I. 鉄鉱石や石炭の採掘,羊や牛の牧畜がさかんな国。日本とは季節が逆である。 Ⅱ. 大規模農業を主とする世界最大の食料輸出国。 航空・宇宙産業が発展している。 ⅢI.近年,急速な近代化が進み, 世界の工場といわれる国。 沿岸部に経済特区がある 太平洋・大西洋・北 る。西側にロッキー ※A~Dの縮尺は異なる。 II ユーラシア大陸の大分 世界人口の約6割が住ん (図) (カード)

未解決 回答数: 0
理科 中学生

問2と問4の解答と解説をお願いします🙇‍♀️

Y君は,次の観察と実験を行った。 観察 神社のお祭りで買ってきたキンギョを水そうに入れて飼う ことにした。 図1のように, 台の上に水そうを置き, ななめ 下からのぞくと水面にキンギョがはっきりとうつって見えた。 光の進み方に興味を持ったY君は,次の実験を行った。 実験1 図2のように, スクリーンのBに光が当たるように光源 を固定し, 水そうに水を入れていき, 光の進み方を調べた。 実験2 図3のように、床に垂直に立てた表面が平らな2枚の鏡とろうそくを用いて, 鏡にうつるろう そくの像を観察した。図4は、図3を上から見たもので,点Dはろうそくの位置を, 点Eは観察 者の位置を,3つの・は点Dにあるろうそくの像の位置を表している。ただし, マス目は正方形 であり、2枚の鏡の高さは十分に高いものとする。 実験3 図5のように,鏡に向かって両手を広げた状態で点Fに立つと,両手の先端が鏡の両端にう つっていた。点Fから点Gまで両手を広げてまっすぐに移動し、鏡にうつる自分の像を観察した。 ABC 図2 図3 図 4 図 5 スクリーン 光 光源 水そう |鏡 鏡 ろうそく 鏡 D 図1 水そう 水面 TE キンギョ 台、 鏡 □問1 観察において, 下線部のようになった理由は, 光が水中から空気中に入射するとき,入射角が大き くなると屈折する光がなくなるためである。 この現象を何というか,書きなさい。 また, この現象を 利用しているものとして, 最も適当なものを,ア~エから選びなさい。 ア 電球 イ 虫めがね 太陽電池 エ 光ファイバー ■問2 実験1について,次の { }(1), (2)に当てはまるものを, ア~ウからそれぞれ選びなさい。 水を水そうの半分まで入れたとき, 光がスクリーンに当たる場所は, (1) {ア Aに近づく Cに近づく イ ウBに当たったままである }。 また, 水を水そうの半分よりさらに加えていくと, 光がスクリーンに当たる場所は,水を半分まで入れたときと比べて, (2) {ア B に近づく イ B から離れる ウ変化しない} 問3 実験2の図4において, 点Dの位置にあるろうそくから出た光は,鏡に2回反射して点Eに達した この光の道すじを,解答欄の図にかきなさい。 ■問4 実験3において,図5の点Gで見える像について, 正しく述べたものを, ア~エから選びなさい。 ア点Fで見えた像と同じ大きさに見え, 両手の先端が鏡の両端にうつっている。 イ点Fで見えた像と同じ大きさに見え, 両手の先端が鏡の両端にうつっていない。 ウ点Fで見えた像より大きく見え, 両手の先端が鏡の両端にうつっている。 エ点Fで見えた像より大きく見え, 両手の先端が鏡の両端にうつってい

回答募集中 回答数: 0
英語 中学生

文章の内容があまり理解できません。 ざっくりで良いので内容を解説して欲しいです🙇🏻‍♀️

About 50 years ago, I lived in Los Angeles, California. My father took care of my younger sister and me. We played baseball every weekend. My sister and I loved baseball. I knew that my father had a "hero. His name was Ken Smith. He played for a team in *St. Louis. Its name was the Red Birds. My father said that Ken was the greatest player of all *major league baseball players at that time. I also became a big fan of Ken Smith, so I wanted to be like Ken Smith very much. That summer was special because my father *took my sister and me to St. Louis. We went there and came home by *plane. We were going to meet Ken Smith. I almost couldn't believe that. My father's best friend had a big *company in St. Louis, and he knew some of the very important people of the Red Birds. He also knew Ken Smith well. We stayed at my grandmother's house in St. Louis, She said to me, "Jack, I have something special for you." That was a ball with an *autograph by Smith. An *injured player of the Red Birds was in the hospital, and my grandmother worked there. She told him my story, and he got Smith's autograph on the ball. She knew that A but she gave the ball to me. I was sorry for my father, but I was very happy. I liked Ken Smith more. The next day was an exciting day for us. My father's friend helped us, and we could meet Ken Smith before the game. I thought Smith would be kind and big, and I was right. Then I showed him the ball from my grandmother. We talked about it. He asked me about the way to practice baseball, and I talked to him *proudly. *In front of Ken, I felt that I needed to do so. I wanted to be a great baseball player. He *understood. That night we watched a night game of the Red Birds. During the game, I *held my ball, and looked at it many times. A man talked to me. "New ball?" he asked. "Yes, with an autograph," I said and smiled. "Who?" he asked. "Ken Smith," I said proudly. "Really? I don't believe you." "Here, look." "Wow! I'll get it for 20 *dollars right now!" "No, give my ball back to me, please," I said. "You've got a very special thing. Take good care of it!" he said. I knew that the ball was a *treasure for me. The next day, 3I felt it took a long time to get back to Los Angeles. I was excited and I told my friends about my experience with Ken Smith in St. Louis. No one believed me, but I thought that I would never forget my happy feelings then. About 20 years later, my father died. Before the *funeral, I *remembered that he once *asked us to put his *baseball cards and a *baseball in his *casket. I wanted to use my baseball with Ken's autograph for him. My sister also liked my idea. The ball was with my father. A few years later, my sister *got married. Before *wedding finished, my sister started a story. She was a *flight attendant and *flew with the baseball players of Los Angeles Blue Sky and the manager Tom Baylor. Then she told him the story of my old baseball. He understood her story very well. Baylor was a friend of Ken Smith and *promised her to get another ball with Ken's autograph for me. Ken *was very impressed by her story, and sent a baseball with his autograph to Baylor. The ball was then sent to my sister. When she finished the story, I looked up and saw that she was holding a ball. "I have B threw it to me. I remembered that summer and my grandmother. I felt like a child again when I was going home. she said and

回答募集中 回答数: 0
国語 中学生

この文章の四角Cには「かわず」という言葉が入るんですが、なぜかわずなのか教えて欲しいです🙇‍♀️

あとの問い! 砂漠は私たちの住む日本の風土の反対の極と言ってもいいであろう。稀辻哲郎はあの有名な『風土』という書物の中で、世界の風土 をモンスーン型、牧場型、砂漠型の三つに分け、砂漠型を私たちの住むモンスーン型風土の対極に置いた。そして、モンスーン型の日 本人がインド洋を抜けてアラビア半島にたどりついたときの衝撃を記している。その衝撃とは、「人間いたるところに青山あり」など と考えているモンストン型日本人が、どこをどう見回しても青山など見あたらぬ乾ききった風土に直面した驚きだと言う。 *じんかん せいざん たしかに、砂漠は、青山的な私にとって衝撃そのものだった。そこにあるのはただ砂と空だけなのだから。けれど、そうした砂の世 界に何日か身を置いてみると、 砂は私に何事かをささやきはじめた。そして、不思議なことに、今度は自分が住んでいるモン スーン型の日本の風土や、そこにくり広げられている生活が〝世界〟のように思えてくるのである。 B 砂漠には何もない。何もないということが当然のようになってくると、逆に、なぜ日本の生活にはあんなにもたくさんのものがある のか、奇妙に思えてくる。あんなに多くのものに取り巻かれなければ暮らしていけないのだろうか、と。 それらのものは、 全部余計なものではないのか。余計なものに取り巻かれて暮らしているから、余計な心配ばかりが増え、肝心の生きる意味が見失われ てしまうのではないか・・・・・・。しかし、待てよ、と私は考える。生きていくのに必要なものだけしかないということは、文化がないとい うことではないか。 生きていくうえに必要なもの、それを上回る余分のものこそが、実は文化ではないのか。文化とは、言ってみれば、 余計なものの集積なのではないか。だとすれば、砂漠を肯定することは、文化を否定することになりはしまいか・・・・・・。 それにしても――と私はさらに考え直す。私たちはあまりにも余分なものを抱えこみすぎているのではなかろうか。 余分なものこそ 文化にはちがいないが、さりとて、余分なもののすべてが文化であるわけもなかろう。 余分なものの中で、どれが意味があり、何が無 価値であるか、それをもう一度考え直す必要がありはしまいか……。 砂漠とは、こうした反省を私にもたらす世界である。砂漠は現代の文明社会に生きる人びとにとって、一種の鏡の国と言ってもいい ような気がする。 私は砂漠に身を置くたびに、ある探検家がしみじみともらした次の言葉をかみしめる。 「砂漠とは、そこへ入りこむ 先には心配で、そこから出て行くときにはなんの名残もない、そういう地域である。 砂漠には何もない。ただ、その人自身の反省だけ があるのだ」私は、砂漠に自分自身の姿を見に行くのである。 3. 砂漠は、私たち日本人が考えがちなロマンチックな場所ではけっしてない。王子さまとお姫さまが月の光を浴びながら銀色の砂の上 を行く――などというメルヘンの世界ではない。 昼と夜とで温度は激変し、一瞬のうちに砂嵐が天地をおおってしまう、そういうおよ である私は、こうした砂の世界に足を踏み入れたとたん、いつも後悔する。よりに 非情な世界である。日本という井の中の よって、なんでこんなところへ来てしまったのか! だが、その後悔は、やがて反省へ変わり、さらに希望へと移っていく。生きるこ とへの希望へ。 この意味で、砂漠こそ最もロマンチックな場所であり、メルヘンの世界だと私は思う。なぜなら、そうした"世界"へ行こうとす ることこそが、現代ではいちばんロマンチックな行為のように思われるからだ。 メルヘンの世界とは、さかさまの国のことである。だ とすれば、砂漠行こそ、まさしくメルヘンの国への旅ではないか。 もりもとてつろう (森本哲郎「砂漠への旅」<『すばらしき旅』所収〉より) *モンスーン型=季節風に支配される湿度の高い地域の風土。 (骨を埋める場所)があるのだから、広い世間に出て

未解決 回答数: 1