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理科 中学生

2番の解説の意味がわかりません もうちょっと噛み砕いて説明をお願いします

里 解答集 を 「酸化銅の粉末 酸化銅と 6.00g と炭素の 粉末をよく混ぜて 試験管に入れた。 次に、図のように して加熱したとこ ろ、二酸化炭素が 炭素の混合物 150 震源からの距離 100 50 (km) ビーカー 発生し、試験管内に赤かっ色の銅ができた。 ビー カー内の液体からガラス管をとり出し加熱をやめ た後、試験管内にある固体の質量をはかった。こ の実験を酸化銅の質量は変えずに炭素の質量のみ を変えてくり返し行い、 用いた炭素の質量と反応 後の試験管内にある固体の質量との関係を調べた。 表は、その結果を表している。 反応前後の試験 管内にある固体の質量の差はすべて発生した二酸 化炭素の質量であるとする。 (大阪改) 酸化銅の質量[g] 6.006.006.006.006.00 炭素の質量[g] 0.20 0.400.60 0.80 1.00 反応後の試験管内に 5.464.924.94 5.14 5.34 4時31分 42分 50秒 4時32分 4時32分4 10秒 20秒 00秒 ゆれの始ま (1)図から推測される地 適切なものを次のア~ ア 4時31分54秒 ウ 4時32分00秒 (2)この地震のゆれを る、 ある観測地点で 時間は 19秒であ らの距離はおよそ ア~エから1つ ア 100km ウ 140km ある固体の質量[g] 0.34 (1) 表より、混ぜ合わせる炭素の質量を0.10g にすると、発生する二酸化炭素の質量は何g であると考えられるか。 (2) 表より、 用いた酸化銅 6.00g をすべて反応 させるためには炭素は少なくとも何g必要であ ると考えられるか。 答えは小数第3位を四捨五 入して小数第2位まで求めること。 (1) ⑥ 寒冷前 日本のある 象観測を行 気温 (°C) 12 1日 4

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国語 中学生

この文章の問題で 下線部②「いくつになっても」が直接修飾する文節を 本文中から1文節で書き抜いて答えなさい。 という問題なのですが 修飾するという意味がわからず、どこがどのように 修飾されているのか教えていただきたいです。

れつ 2 確認問題 小説 次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。 《「父」は苦学の末、満州国で医師免状を手にしたが、日本の敗戦に より帰国。国内では、満州での免状が認められなかったため、医師と して開業するためには国家試験に合格することが必要だった。 「父」 は既に三十を越える年齢だったが、合格を目指してひたすら勉強に励 んだ。 その間、家計は、妻子たちが内職によって支えていた。> 父は毎朝山へ出掛け、夕刻家へ帰ってくる。 山といっても、家を借りたり、 お寺の一室にこもったりしているのではなかった。近くの山に壊れかけたお 堂がある。その軒先に腰を掛けて、声を出して本を読むのである。若いうち、 二十代の半ばまでなら、目で通読しただけで記憶できる。だが年をとると、 音読しなければ意味がつかめなくなるのである。 記憶するとなると、 何度も 5 何度も唱えなければならぬ。 一番苦しかったのは父であったろう。息子たちを働かせ、しかも自分は金 苦 を使って勉強している。世間の常識とはまったく逆である。 その 痛は想像にあまりある。普通なら、「ついに俺には達成できなかった。だか ら、息子たちよ、お前たちが存分に勉強してくれ。」と言うはずである。こ れが現在の教育ママや教育パパの発想である。が、 これほど自堕落な、愚 劣な発想があろうか。私は、 いくつになっても、ひたむきに生きる人を尊 敬する。一ミリでも一センチでもいい、じりじりと夢へと這っていく人を。 息子に夢を託すというのは、生活の放棄であり甘えである。そういう心根で 息子や娘に楽をさせても、ロクな結果が生まれるものか。現状にふさわしい じだらく いもほ 所で、常に前を向いて歩くことこそ大切なのである。私は、自分の父が、 家 庭を一切顧みずに勉強したことを誇りたいくらいだ。 かせ その生活にも、やがて終止符をうつ時がきた。父は、私たちが稼いだ金 を根こそぎ持って、東京へと試験を受けに行ったのである。試験から帰った * あかもん 父は、「赤門から入ってなあ、偉い教授の口頭試問を受けた。もう何と答 3 えたか、あがっちまってわからなかったから、どうも今年は駄目だろうが、 とうだい みやげばなし さすがに天下の東大だった。すごい建物がこうずらりと並んでいた。それで 帰る時、わざと遠回りして赤門から出てやった。 な、 これからバカにするな よ、 これでも赤門出なのだから。」 と土産話をして、しばらくぼうっとし 日を過ごした。それから私は赤門とやらを夢に見るようになった。――よ25 その大学へ行こう。私はそう決心したが、後で実際に通うようになった ら、古びてしょぼくれた奇妙な門に過ぎなかった。馬車馬のごとく突進しか 知らなかった父は、 ②と呼ばれるものに弱いところがあった。 合格の通知は山の畑で受け取った。 両親と私は、弟を連れ、祖父の畑で山 芋掘りをしていたのである。そこへ、留守番をしていた兄が、電報をひらひ 3 らさせながら駆けてきた。 「ゴウカク、オメデトウ。」 「このヤロウ。」 「さあこい。」 私たちは芋畑を転げ回った。 母はへたへたと座りこんでしまったが、私 は父とすもうをとった。 たた 6 私は何度も父を投げ飛ばし、大地に叩きつけた。 その年、満州出身の医師は八十数名が受験したというが、国家試験に合格 したのはたったの三名だった。 (注)赤門=東京大学の、朱塗りの門。 〈畑正憲 「ムツゴロウの青春記」より〉 答えなさ . 2 に入る適切なことばを、つ 10

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