漢文 高校生 1年以上前 教えてください 問4 傍線部む「於琴が将有得」について、書き下し文・⑥その解釈として最も適当なものを、次の各群の のうちから、それぞれ一つずつ選べ。解答番号は 38 (書き下し文 解釈 琴よりた将に得るべきこと有らんや 琴に於いてた将に得ること有るべし 琴に赤に得ること有らんとせんや 琴に赤た将に得んとすること有り 琴に於いてた将に得ること有らんとす よりも心の平静を得られるものなどない。 琴からやがて心の平静を得ることがあるだろう。 139 ③ 琴から心の平静を得ることがあるべきなのだ。 琴よりも心の平静が得られる。 のがあろうとは。 琴からもやがて心 るだろう。 ⑤ 回答募集中 回答数: 0
漢文 高校生 2年弱前 合ってますか? レ 下 下 ・ m 2 T 基礎編 1訓読のしかた・書き下し文→p12~18 0 返り点に注意しながら、 次の口の中に読む順序を数字で記しなさい。 8 中 11 上 6 上 5 O 0 0 上。 場合には口の中に○を記すことで指摘しなさい。 2返り点に注意しながら、次の口の中に読む順序を数字で記しなさい。また、置き字がある タ EX 2 解決済み 回答数: 1
漢文 高校生 2年弱前 漢文に目的語・補語が下で述語が上というルールがあるということですか? 問3 傍線部A「何異同乳 乳之犬而争一貫之投也」の返り点の付 を、次の①~⑤のうちから一つ選べ。解答番号は 30 何異同乳之犬而争骨之投也 何ぞ乳を同じくするの犬にして争ふに異なりて一骨に之を投ぜんや ②何異同乳之犬而争一骨之投也 何ぞ乳を同じくするに異なるの犬にして争ふは一骨を之に投ずるや ③何異同乳之犬而争三一骨之投也 何乳を同じくするの犬にして一骨の投ぜらるるを争ふに異ならんや 異同乳之犬而争三一骨之投也 何乳を同じくするに異なるの犬にして一骨の投ぜらるるを争ふや ⑤ 何異同乳之犬而争三一骨之投也 何乳を同じくするの犬にして一骨を争ふに異なりて之を投ぜ! 反 回答募集中 回答数: 0
漢文 高校生 2年弱前 答え、解説教えて欲しいです。 やってみよう! ⑤ ④ ③ ② ① やってみよう! その他の点返り点がつ -*---- ---*----*----*----*----*----*----*----*----*---- 返り点に従って、読む順番を口の中に算用数字で書き入れなさい。 E L H ( )内の書き下し文を参考に、次の白文に返り点を付けなさい。 百聞、不如一見" ②少年易学 成 ③宋人有り耕田者 ④客有能”為鶏鳴 者 (百聞は一見に如かず) (少年老い易く学成り難し) (宋人に田を耕す者有り) (客に能く鶏鳴を為す者有り) me 2年 組 番 氏名 *----*----*--- 未解決 回答数: 1
漢文 高校生 2年弱前 これの問4の答えってなんですか? 第四間 次の「山月記」の文章を読んで、後の問いに答えよ。 隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉 に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところすこぶる厚く、賤吏に甘んずるを da潔しとしなかった。いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢略に帰臥し、人 と交わりを絶って、ひたすら詩作にふけった。 下吏となって長く膝を俗悪な大官 の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に潰そうとしたのである。しか し、文名は容易に揚がらず、生活は日を追うて苦しくなる。李徴はようやく焦 躁にかられてきた。このころからその容貌も刻となり、肉落ち骨秀で、眼光の みいたずらに炯々として、かつて進士に登第したころの豊頬の美少年の面影は、 どこに求めようもない。数年の後、貧窮に堪えず、妻子の衣食のためについに節 を屈して、再び東へ赴き、「一地方官吏の職をすることになった。 ②一方、これ は、己の詩業に半ば絶望したためでもある。かつての同輩は既にはるか高位に進 み、彼が昔、鈍物としてシガにもかけなかったその中の下命を拝さねばなら ぬことが、往年の儁才李徴の自尊心をいかに傷つけたかは、想像に難くない。彼 は快々として楽しまず、狂悖の性はいよいよ抑え難くなった。 一年の後、公用で 旅に出、汝水のほとりに宿ったとき、(Ⅰ)発狂した。ある夜半、急に顔色 を変えて寝床から起き上がると、何か訳の分からぬことを叫びつつそのまま下に 飛び降りて、闇の中へ駆け出した。彼は二度と戻って来なかった。 付近の山野を ソウサクしても、なんの手掛かりもない。 その後李徴がどうなったかを知る者 は、誰もなかった。 すでに 問 二重傍線部a〜cの漢字は読みを平仮名で記し、片仮名は漢字に直せ。 (知1点×3 a潔し 62 b シガ 63 c ソウサク 64 問空欄に入る最も適当な語句を、次から選べ。 65(思2点) たぶん 3 ついに どうやら 問三傍線部①「焦燥にかられてきた」とあるが、その原因を説明している部分を、本文中よ 二五字で抜き出し、始めと終わり三文字を答えよ。 66 (含句読点) (思3点) 問四傍線部②「一方、これは、己の詩業に半ば絶望したためでもある」の「一方」は、「己 る。 の詩業に半ば絶望したため」の他のもう一つの理由を受けたものである。その「他のもう 一つの理由」にあたる部分を、本文中より一五字で抜き出せ。 67 (含句読点)(3点) 問五 「山月記」の作者について述べた次の文の空欄を、適切な語で埋めよ。(知各1点) 作者の )は、漢学者の家系で育ち、深い漢学の素養があった。中国の古典 素材に近代人の( 69 )を追究した。 戦時下に、芸術性の高い作品を書いた作家であ 68 〈選択肢〉 自意識 名声 2梶井基次郎 ⑧堀辰雄 ③永井荷風 ⑤中島敦 ④自尊心 ⑥自己存在 解決済み 回答数: 1
漢文 高校生 2年弱前 土佐日記の阿倍仲麻呂の歌です 穴埋めしてほしいです🥺🥺🥺🥺 (一月) 二〇日。昨日のように悪天候)なので、船 を出さない。 みな人々は心配し嘆いている。苦しく待ち遠しいの ただ、出発してから)経った日数を、今日で何日、 二十日、三十日と数えると、(あまりに数が多いので) 指も痛んでしまうに(2)。とてもつらい。夜は(3) 二十日の夜の月が出た。(ここは都と違って) 山の稜 線もなくて、海の中から(月が)出て来る。このような 光景を見てのことであろうか、昔、阿倍仲麻呂という 人は、唐の国に渡って、帰国の途についた時に、船に るはずの場所で、かの国の人々が、(5)、別れを ほんで、あちらの漢詩を作ったりなどした。(名残が ずそれで十分満足することがなかったのだろう カ、二十日の夜の月が出るまで(その場に留まって) いたそうである。その月は海から出た。これを見て仲 麻呂さんは、「わが国では、このような歌を、神代から 神もお詠みになり、今は上中下すべての( 7 )の人も、 このように、別れを惜しみ、喜びもあり、悲しみもあ る時には詠むのです。」と言って、詠んだ歌は、 青々と広がる海原のはるか遠くを仰ぎ見ると、あ の月は(かつて故国) 春日(8)三笠の山に出て いた月(と同じ月)なのだなあ。 と詠んだそうである。かの国の人は、聞いてもわかる まいと思われたが、(仲麻呂が) 言葉の意味を、( 9 ) でおおよその内容を書き出して、日本の言葉を習得し ている人に説明したところ、(かの国の人々も) 歌の心 情がわかったのであろうか、たいそう意外なことに賞 賛したそうだ。唐の国とわが国とは、言葉は違うけれ ども、月の(10)は同じことであるはずだから、人 の心も同じなのであろう。 さて今、その昔を思いやって、ある人が詠んだ歌は、 都では出るのも入るのも) 山の稜線に見た目で あるけれど、(ここでは)波から出て波に入ること よ。 回答募集中 回答数: 0