現代文 高校生 約2年前 現代文 この問題の答えが「オ」らしいのですが、全く納得できません...「過去の伝統にしがみつき」や「グローバル化→新しい広い世界に進出する」という点から見て「ウ」だと思ったのですが、、、😭 理屈っぽい質問ですみません...解説見ても納得できず、、、。わかりやすく説明していた... 続きを読む めや少子化問題が解決しないのも、すべてそうした くなってしまったからだとはよく言われる話です。 こうした意見が保守的な立場から述べられたものだとすれば、いわゆる改革派の人たちはどうい うふうに今の日本の現状を考えているのでしょう。 実は、改革の旗を掲げる人たちもまた「日本人らしさ」や「日本的な心」が問題だと考えている のです。 つまり「今の日本が問題を抱えているのは日本人が過去の伝統にしがみつき、 島国根性から脱 却できずにいるのが元凶なのだ」というわけです。こうした改革派の人たちにとっては、保守派の 人たちが褒めそやす日本人特有の精神構造や日本文化こそが、日本の社会や経済がいっこうによく ならない最大の原因で、もっと欧米人のようなメンタリティを持ち、 グローバル化しないといけな いというのです。 まったく立場を異にするはずの保守派、改革派のどちらから見ても、問題の焦点が「日本の文化」 や「日本人らしい心」にあるという点で共通しているわけなのです。 そこで私の考えを述べさせてもらえば、実は何でもこうして「日本人らしさ」に結びつけて考え る、その思考方法自体が、今の日本の混迷を招いているのではないかと思っているのです。 では、なぜ現代日本が抱えている社会問題を 解決済み 回答数: 1
現代文 高校生 約2年前 「前者を信じる人はあまりいないが、後者はそれを唯一無二の真実だと信じる人がいるということ」 これはダメてしょうか? *しんし はら わず いや少なくとも私が書くルポルタージュなどというものも、それが絶対の真実を 35 伝えるなどというたいそうなものではなく、僅かにどこがわかりどこがわからな かったかを明らかにできるだけの私的な中間報告にすぎないことが理解できてく る。たとえそれが、どれほど見事に完結した結構を持っていたとしても、せいぜ いがひとつの仮説にすぎないのだ。多分、あらゆる記事、レポートは中間報告で あり仮説である。 テレビで、朝となく昼となく主婦向けの番組で流されつづけ ている、いわゆる芸能レポーターたちのゴシップは、いかにも胡散臭いから逆に 救われているところがある。最近では、彼らのレポートを見聞きして、それをそ のまま信じてしまう人はあまりいないだろう。意識するとしないとにかかわら ず、それを一種の仮説と受け取る訓練ができているのだ。 様 もしかしたら、本当に怖いのは彼らのヤクザなレポートではなく、いかにも 真摯で、いかにも世を憂い、いかにも真実はこれだ、と主張しているようなもの うれ *うさんくさ かもしれない。それ自体が単なるひとつの仮説にすぎないということを忘れ、書 き手も読み手もこれを唯一無二の真実だと思い込んでしまう。そのようなレポー ト、記事は、書き手の善意の有無にかかわらず、常に危険なものに転化していく 可能性を孕んでいる。 愛 3 50 解決済み 回答数: 1
現代文 高校生 約2年前 BとCが分かりません。解き方と一緒に教えてください。お願いします。 h に 問 練習問題 空欄A〜Cに、「普遍」「特殊」 のいずれかを入れよ。 一見A的一般的なものに 見えるそのような特質も、実はヨ ーロッパ独特の物質感覚、空間感 覚に根ざし、そこから生まれ出た ものである。 油絵は、ヨーロッパ というBをC と思い誤 りかねないほどの魅惑力をふるっ ていた... 日本洋画2人の闘い」) ンジャ 解決済み 回答数: 1
現代文 高校生 約2年前 この技術と言うところが分かりませ。 教科書のどこを見れば分かりますか? 教えてください🙇♀️ た か。 そして今現在、自分と相手が立つこの状況はどういう「場」を形成しているのか。そ うしたことを読み、その上に立って、発話を行うのである。これは非常に重要な言語的技 術であるが、日本人は他の外国人たちよりもその技術に長けているのではないだろうか。 だが、私の考えでは、実は、日本人が研ぎ澄ませてきたこの技術こそが、日本人の「非論 理性」と呼ばれてしまう特質を生み出しもしているのである。 すでに述べたように、「論理」とは言葉の意味の連関性において成立するものにほかな らない。それゆえ、自分が発語したある言葉と他の言葉との連関性を明確に提示しないよ な発話は、非論理的と言われることになる。話題が脈絡なくコロコロ変わるとか、ある から次の話への飛躍が大きい、等々。あるいはまた一つの文の中でもその連関性が明確 ない場合には非論理的と言われる。 さて、なぜ日本人はそのような意味において「非論 = のだ。」と言われてしまうのだろうか。それは、コミュニケーションにおいて、連関性 相手に委ねるからだと思われる。発信する 5 2 解決済み 回答数: 1
現代文 高校生 2年以上前 解答をなくしてしまったので 分かるとこだけでもいいので答えを教えてください 57% : 21:17 2月12日 (月) 編集 今日 19:52 部の漢字の読みを書け。 1 書く。 2 補聴器をつける。 3な出来事。 4 に餌を与える。 ましいほどの才能。 ⑥。 聞い飼い犬。 玄関のをかける。 [ 二 傍線部の片仮名を漢字に直せ 1 運転メンキョを取る。 [ (⑦) 生活のチエ 3 両をノンケイする。 44 結婚のギンキ やみを解決する。 ⑥ コンキョを明らかにする。 [ 7 親子のエン 環境に変化をぼす。 [ [ 1 [ [ 1 C [ [ [ O (6468 1 解決済み 回答数: 1
現代文 高校生 2年以上前 答えは「ニ」なのですが、なぜ「ハ」はダメなのですか? 第3段落の話は17世紀以前の話ではないのですか? /co/ ■■ FRUST EE] et 第七問 次の文章を読んで、後の問に答えよ。 a_ [ かつて、人間の生活と生命の安全を脅かすものは「自然」であった。 地震、津 波、洪水、火山の噴火、台風、あるいは野獣の襲撃など、 「自然の脅威」と呼ばれ るものが、人間にとって、最大の危険であった。もちろんその前に、十分な食料 や雨露を凌ぐだけの住居の確保、あるいは病気と怪我への対策などが、よりキ ンキュウな関心事であったろうが、しかし共同体が、あるいはそこで育まれた知 恵が、そうした対策をある程度引き受けたとしても、「自然の脅威」はどうにもな らなかった。この事情はどの文化圏においても、本質的には同じだったと言って よいだろう。 5 *き 西欧の歴史においても、事情は変わらなかった。とくにキリスト教の支配する ヨーロッパにあっては、創造主である神の計画に支配されている自然は、人間の 制御や支配の能力を超えたものとして、ある程度以上の自然への人為の介入は忌 避され、あるいは諦められていた。むしろ自然のなかで人為を如何に生かすか、 ということに人々はフシンしていたとも考えられる。たとえば、森林のなかに 溶け込むように建っている古い修道院や教会の建築などは、そう思わせる オモムキがある。しかし、一八世紀になって、ヨーロッパは俄然大きな転回を 5 経験する。 がぜん もちろんユダヤ・キリスト教の伝統のなかには、神がこの世界を創造したのち、 その管理を人間に委託したという思想が含まれている。「創世記」 第一章の記事 は、そのことを語っているし、神学的にも「地の支配」という言葉が残ったこと も、それを裏書きしている。かつてアメリカの技術史家リン・ホワイト・ジュニ 2 アは、そのことを根拠に、キリスト教こそ、今日の地球環境の危機を招いた元凶 *げんきょう *さくしゅ であるという告発をした。「創世記」の言うところを根拠に、ヨーロッパは、自然 を人間の自由になるもの、搾取すべきものとして捉えてきたために、地球的な危 機が生じたからだ、と言うのである。口 この見解に従えば、キリスト教的ヨーロッパには、本来、自然を人間の意の 25 ままに制御、支配、搾取する契機が内包されていたことになる。 5 しかし、 この言い分は、一七世紀までのヨーロッパの自然に対する姿勢が、 一八世紀になって急旋回を遂げたという点を考慮に入れていないという点で、根 本的な ケッカンがあるように、私には思われる。 けいもう めいもう 言うまでもなく、 一八世紀ヨーロッパの特徴は啓蒙主義である。 彼らが攻撃目 標に定めたのは、キリスト教そのものだった。人間をキリスト教という迷蒙から 解放し、 人間理性を至上のものとして位置付け、すべてを、人間理性の支配の下 に再編成すること、これが「啓蒙」という考え方の根本であった。そこから「文 明」という概念も誕生した。 弟 解決済み 回答数: 1
現代文 高校生 2年以上前 問2のBについて答えはアなのですがどうしてもイでも良いような気がしてしまいます。どうしてイではダメなのか教えて下さい! まりそうだ。 日本の出版事情に詳しい上海の出版関係者は「日本に行くたびに書店に並ぶ新書のタイトルに注目して いるが、関心がわくテーマが少なくない。新書を含めたノンフィクション翻訳は今後、多くの中国の出版 中国の事情について「日本の新書の翻訳は分量が比較的 社が参入する分野になる」と見通す。 少なく、他の一般書と比べて小ぶりで薄くなるため、タイトルでいかに印象づけるかが課題だ」と指摘す る。 (「中国:日本の書籍翻訳、出版 テーマは格差、貧困 異例ヒット」 『毎日新聞』 2019年5月20日朝刊による。 一部改変) かいしよ 傍線部①、②のカタカナの部分を漢字に改めなさい(漢字は楷書ではっきり書くこと)。 二空欄 B に入るべき最も適切な語を次の中から一つずつ選び、記号で答えなさ い。 あるいは こうした中 ところが これより さらに 他方で したがって WE 1 B イ しかし 解決済み 回答数: 1
現代文 高校生 2年以上前 問3の記述です 第9段落後半の内容は書いてはいけないのですか? またなぜかいてはいけないのですか? 「動機は~にてないわけではない」とあるので書いていいような気がするのですが 例題 C 「具体例」とその「まとめ」 例題C 次の文章を読んで、後の問に答えよ。 ① 人間のあり方を考えるのに、人類学がチョゾウして来た様々の文化の、これま ではどちらかと言えばXと考えられて来た事例の方が新しく立ち現れる現 実を説明するのに時にはより有効であると考えられるようになって来た。 ② たとえば、次のようなニューギニアについての記述は十数年前までは、馬 鹿々々しい痴れ者の戯れと考えられたかも知れない。しかし、今日これを読む 人に、何やら、自分が秘かに言いたいと思っていることを代弁されていると思う 人は決して少なくないであろう。 つぼ ③ パプアニューギニア共和国の、 アサロ河流域のグルンバ族の住民は、時々、発 作的な行為に走ることがある。ある暑いけだるい日のひるさがり、村の中を一人 の男が突然逆上して走り出す。彼は目につくものを片っぱしからよこせと要求す 10 る。こうした時に、回りの人は彼には全然逆らわない。壺でも石の切れ端でもナ 野ブタ"の如く変身した男は、木製の矢じり、こ イフでも、何でも彼に渡す。 んがらがった糸、煙草、石鹸、衣類、ナイフ、網、皿といったザッタな物で大き な袋が一杯になると、それを担いで森の中に姿を消す。 せっけん ④ 二、三日すると彼は袋を持たず、 手ぶらで帰って来る。 燃やしたり、どこか人の 知れぬ場所に埋めたり、壊したりしたのである。 こうした振舞いは、グルンバ族の間では文化の中の許容範囲に入っている。 男 は、森の中に身体中のキンチョウをしぼり出して来たというふうに理解され、彼 はふだんの生活に戻っていく。しかし何日もたたないうちに、また別の男が“野 ブタ"になる。 ⑥ 他の社会で、犯罪人とか、通り魔とか暴走族といった枠の中に入っていく人の 多くはこうした社会では、 平常の人間で生涯を送れたかも知れない。ある意味で は、こうした行為は、ストレスに対する解放装置になっているといってもよいか も知れない。 ⑦ オセアニアの多くの地域においてそうであるように、グルンバ族の感情生活、 社会生活は、おおかた物の交換の上に成り立っている。交換は、社会的コミュニ ケーションの根幹になるようなパイプであり、交換の場は、最も晴れがましい劇 場である。 交換においては、純粋な経済的機能はそれほど大きな位置を占めてい ない。人前で、見せびらかしながら品物をやり取りする行為は、むしろパフォー マンスと言った方がよいようである。それは、既に存在する関係を一方では強調 しながらも、 他方では新しい関係 (交通)を打ち立てるという働きをしている。 野ブタ” 人間の出現は、多くの場合この交換の場に関連している。 交換のと 00 すで 10 #HE] r. 解決済み 回答数: 0
現代文 高校生 2年以上前 答えは④なんですけどこれは消去法ですか? 私たちって言われたら普通、読者も入ってるように思っちゃうのですが 実家 この文章の第 のうちから一つ選べ。解答 8段落の表現に関する説明として適当でないものを、次の ① 第 段落の「これから話す内容をどの程度理解できたか、後でテストをする」は、会話文から文章を始めることで 読者を話題に誘導し、後から状況説明を加えて読者の理解を図っている。 第3 段落の「講義とは何か。 大きな四角い部屋の空気のふるえである。」は、講義の語りの部分について、教室の 中で授業者の口から発せられた音声の物理的な現象面に着目して表現している。 第6 段落の「新しい古典」は、紹介されている著作について、発表後それほどの時間を経過していないが、その分 野で広く参照され、今後も読み継がれていくような書物であることを表している。すごさ。 第8段落の「私たちはこうした〜考える。」と、「~、私たちは繰り返してきたのだ。」の「私たち」は、両方とも、 者と読者とを一体化して扱い、筆者の主張に読者を巻き込む効果がある。 バストア までの無邪 番号は10 3 。 【 ~ ケヌ kh THIS Jm 解決済み 回答数: 0
現代文 高校生 2年以上前 本文にこの様に書いてあったため私は3を選んだのですが、答えは4だったのでなぜ3は間違っているのでしょうか? ん, 商人たちが息子に教育を受けさせたがった理由も考えておく必要がある。 中国と違ってギリシ アでは,教育を受けたからといって力や富が得られるわけではなかった。 ギリシア人は、好奇心と 知識それ自体の価値を信じていたがために教育を希求したのである。 ギリシアが世界の交易の中心に位置していたことは, ギリシア人の好奇心を育むもとにもなっ +57 日虹メ不可なしや風習や旨今日の ()-> we tan 解決済み 回答数: 0