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第8章◆対比
選択だけではなく、抜き出し問題も入っていますカ
要です。では、頑張って!
演習20
目標時間5分
「記号論」なるものが流行して、言語もまた一種の記号だとする考え方が以前に増して力を得てきているようにみえ
る。確かに、言語は実物の犬や家の記号であり、それによって実物の様子を表現するのだ、という言い方はいかにも
自然であってわれわれはそれに誘引される。しかし、この言語観は全く表面的で浅薄なものである、と私には思われ
る。言葉は表面的には実物の記号や符丁のように見えるがそれは表面だけのことであって、見せかけに過ぎない。言」
葉は実物の記号として実物を表現するのではなく、言葉は実物を制作するのである。例えば、ある建築物を「家」と
sう言葉で呼とき、それはその建築物を家にするのであり、したがって、そこに一軒の家を制作するのである。「家」
という言葉は複雑な「意味」を持っている。屋根があり、窓が開き、土台の上に建てられ、様々な間取りがあって、
大工さんが材木や石やセメントで組立て、家具を入れて何人かの人が寝起きして、時に売買される。そして掘立てs
至から豪邸まで、ピンからキリまである。今目前にある建築物を「家」として見ることは、その建築物にこの家とs
う意味を与えることであり、この意味を与えられることによってその建築物は「この複雑な意味を持つもの」になる、
つまり「家」になるのである。「家」という言葉がその建築物を家にする、家を制作するといったのはこのことである。
「家」という言葉がなければこの世で家が制作されることはなく、家なるものは存在しないだろう。だから、言葉は表
現するのではなくして制作するのだ、と言いたいのである。
(大森壮蔵『存在と意味』)
間傍線部について、筆者はなぜそのように考えるのか。その理由として最適なものを一つ選びなさい。
O「家」という言葉は、大工が建築して、施主がそこにすむことで成立するという人間的なものであるのに、それ
を無機的な記号と捉えているから。
言語を一種の記号や符丁とみなす言語観は、その自然な言い方ゆえに、人の思考を表層的な水準にとどまらせる
から。
本来言葉というものは、対象を記号として一義的に表現すると同時に、対象に意味を付与することで存在を実体
化するものだから。
O言葉は実物を表現する記号であると考える言語観には、言葉が意味によって実物を制作するという視点が欠落し
ているから。
言語が実物を制作するという言語感覚には、本来の言語の働きが正確な事象の表現にあるという観点がないから。