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現代文 高校生

500文字以上600文字未満で感じたこと・考えたことをまとめないといけないんですが、どういうこと感じたか、どういうことを考えたが教えて欲しいです。

*本文は、昭和三十年代の関西を舞台として書かれた宮本輝『花の回廊』の一節である。小学校五年生の伸仁は、学校で「野良犬のよ うな子」と言われ、そのことを家に帰ってから母親に話した。 温かい鍋焼きうどんを食べながら、あしたは学校を休んでもいいと)房江は笑顔で言った。 「お母ちゃんが、朝、学校に電話しといたげる。風邪で熱があるので休ませますって。」 そして、自分の碗の中の玉子を伸仁の碗に入れ、お前は決して野良犬のような子ではないと言った。 「わままで、神経質で、勉強が嫌いで、おちょけで、しょっちゅう病気をするけど、ええとこがいっぱいある子や。お母ちゃん もお父ちゃんも、お前のことでは、体のこと以外は何の心配もしてへん。もっと小さいときから、人間として大切なことはこれでも かっていうくらい教えてきたんや。右の耳から左の耳へ抜けていってるようでも、大事なことはノプの心のなかにちゃんと残ってる もんや。ノプには、ええとこがいっぱいあるねんで。」 と伸仁は織しそうに部いた。 O と房江は笑った。それなら、ひとつだけ教えてくれと言いながら、伸仁は二度大きなくしゃみをして洩汁を伝わせた。 (光子ちゃんが、夜中に嘘のくしゃみをするねん。」 と伸仁は答えた。 いからだった。 だが、誰もそんな言葉をかけてくれるどころか ()奉公先の先輩の ()女中たちに「うるさい。」と怒鳴られ、ときには平手で殴ら」 れたりもした。わざとくしゃみを繰り返して、人の気をひこうなどとは、なんとこざかしい子だと罵倒され、真っ暗な押し入れに閉 (降) r 高 房江はみぞおちのあたりに冷たく重い何かが詰まっているような感覚を抱いたまま、涙を止めることができなかった。 ごめんな、ごめんな。ぼく、嘘のくしゃみも、ほんまのくしゃみも、もうせえへんから。」 伸仁は、母親の突然の涙を自分のせいだと思ったらしく、房江の顔をのぞき込んで謝り続けた。 (解) 房江=赤ん坊のとき、母を亡くし、その後別の家に預けられたが、その家からも住み込みで働きに出される、というつらい過去を持つ。 近所に住む友達。 をする女性。現在は使われない言葉。 光子ちゃん=月村光子。伸仁の 女中=科理屋や旅館などで雑用その他 奉公=ここでは「女中奉公」の意味で、下ばたらきをする女中として店や他家に住み込んでつとめること。 何度も何度も嘘のくしゃみをつづけるので、隣の部屋の新弁さんが薄い壁越しに怒鳴ると、光子ちゃんは嘘のくしゃみをやめるが またしばらくすると同じことを繰り返す。その嘘のくしゃみで、幼い月村 兄妹の母親が帰っていることがわかるのだという。けれ ども、そんな小さなくしゃみの繰り返しくらいでは目を醒まさないほどに、兄妹の母親は酔いつぶれている …。 房江は、鍋焼きうどんを食べる箸を置き、あふれ出てきた涙をエプロンで拭いた。 嘘のくしゃみ………。私も八歳のとき、同じことをした。だから私には、なぜ光子が嘘のくしゃみを繰り返すのかがわかる。母親 私も同じことをした。私は赤ん坊のときに母を亡くしたので、嘘のくしゃみをするのは周りの誰かに優しい言葉をかけてもらいた 「ぎょうさんありすぎて、すぐには出てけえへん。」 その伸仁の言葉が気にかかり、房江はなぜそう言ったのかを訊いた。 「ぼくのええとこで何?」 「これはほんまのくしゃみやで。」 じ込められたときもあった。

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現代文 高校生

この問題の解き方を教えてください。 答えは3です。 私は、最後のまとめに「二人の目指すところは同一な真の半面である」を読んで4だとおもいました。 なぜ、3なのでしょうか?

基本問題 1 科学者と芸術家の生命とする所は創作である。 他人の芸術の模倣は自分 の芸術でないと同様に, 他人の研究を繰り返すのみでは科学者の研究では ない。勿論両者の取り扱う対象の内容には, それは比較にならぬ程の差別 はあるが、そこに又かなり共有な点がないでもない。 科学者の研究の目的 物は自然現象であってその中に何等かの未知の事実を発見し, 未発の新見 解を見出そうとするのである。 芸術家の使命は多様であろうが,その中に は広い意味における天然の事象に対する見方とその表現の方法において 何等かの新しいものを求めようとするのは疑いもない事である。又科学者 がこのような新しい事実に達着した場合に, その事実の実用的価値には全 然無頓着に,その事実の奥底に徹する迄これを突き止めようとすると同様 に,少なくも純真なる芸術が一つの新しい観察創見に出逢うた場合には その実用的の価値などに顧慮する事なしに, その深刻たる描写表現を試み るであろう。古来多くの科学者がこの為に迫害や愚弄の焦点となったと同 様に,芸術家がその為に悲惨な境界に沈論せぬ迄も,世間の反感を買うた 例は少なくあるまい。 このような科学者と芸術家とが相逢うて肝胆相昭。 すべき機会があったら, 二人は恐らく会心の握手を交すに勝諾しないであ ろう。二人の目差す所は同一な真の半面である。 (寺田寅彦「科学者と芸術家」) 上文の主旨として妥当なものは, 次のうちどれか。 (1)科学者と芸術家は, 相容れぬものである。 (2)科学者と芸術家は, 実用的価値に関心はなく, 自分の世界に埋没する。 (3) 科学者と芸術家の共有点は新しいものを追い求めることにある。 (4)科学者と芸術家の対象とする世界はまったく異なるように見えるが、 究極的には同一のものである。

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