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現代文 高校生

現代文の記述です。答え合わせして欲しいです。 あと記述の答え合わせの仕方がわかりません。時間があれば答え合わせの仕方のアドバイスもいただければ嬉しいです。

に対して ニッチという言葉がある。これはもともと生物学用語で“くぼみ” を意味し、ある種が生態系の中で分担している持ち場のことをさす。 生物はニッチ間で、絶えず物質・エネルギー・情報のパスを繰り返し はいせつ ている。それはあるときは食う・食われるの緊張関係であり、また別 のときは呼気中の二酸化炭素を炭水化物に還元し、排泄物を浄化して くれる相互依存関係でもある。つまりすべての生物は地球の循環のダ イナミクス、すなわち動的平衡を支えるプレーヤーといえる。蚊やゴ キブリのような「害虫」であっても、 プレーヤーが急に消滅すること ぜいじゃく は、平衡を脆弱にし、乱すことに直結する。ちゃ かくらん 2 だから生物多様性を保全することはそれを攪乱した人間の当然の" 責務である。しかし今、問題は、生物多様性を資源ととらえそれを囲 い込もうとする側と、自由なアクセスを制限されたくない側との対立 にすりかわっている。そもそも生物多様性とは人間の専有物だろうか。 ③ まったくの否である。生命38億年の歴史において人間が現れたの は多めに見積もっても、たかだかここ数百万年のこと。多様性はすで b に作り出されたものとしてあり、彼らの蓄積の上に私たちの存在が成 り立った。(中略) 私たちは、最後の瞬間にやってきた新参者であるにもかかわらず、 進化の歴史が膨大な時間をかけて作り上げたこの多様性を独り占めし ようとしている。この企ては何をもたらすだろうか。 示準化石という ものがある。それが見つかることによって地層の地質年代を言い当て ることができる化石のことである。三葉虫は古生代の、アンモナイト は中生代の示準化石である。 示準化石には条件がある。 現生しない生 物の化石であること。分布領域が広く多数発見できること。短期間の み栄えた生物であること。急速に専有を目指した種は、それゆえにこ 3 そ急速に滅びに向かう。 何億年か先、人類が ]となることは 間違いない。 古生代 entrem 5

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現代文 高校生

現代文の「美しい」ということ について 「抽象的な感覚として、僕の中にプログラムされていた」とはどういうことですか? 本文の内容踏まえて答えを教えてください。

「美しい」ということ あか あき 赤木明登 「美しい」ということほど、誰にでも経験できることはない。僕が初めて「美 しい」と感じたのは、いつのことだったのか、そしてどういうふうにそう感じた のか、もちろん思い出すことはできない。でもおそらく、「きれい」や「かわい い」や「気持ちいい」や「おいしい」や「うれしい」や「楽しい」や「あたたか い」や「やさしい」に近いけれど、違う、もうちょっと抽象的な感覚として、僕 の中にプログラムされていたんだろう。でも同時に、「怖い」や「すさまじい」 や「悲しい」や「寂しい」や「痛い」、更には「気持ち悪い」や「汚い」や「醜 い」の中にさえ、「美しい」 ことがあるのを子供の僕は知っていた。そうなると もう、「美しい」ってどういうことなのかさっぱり分からなくなる。子供の頃な らば、考えずに済んだものを、太人になってからあれこれと思い悩むようになっ てしまったのは、いやはや、面倒なものだと我ながら思う始 末。考えても考えても、いろんな「美しい」を結び付けてい るのが何だか分からないのに、思いもよらぬところで、「美 しい」を経験し、感動させられてしまうので困ってしまう。 いったい「美しい」って何だろうと。 僕は器を自分の手で作ることを仕事にしている。ときどき、 どうしたらこんなにたくさんの器の形を作りだすことができ るのかと、尋ねられる。実は、美しい形が生まれるのは、美 2 「プログラムされてい た」とは、どういうこ とか。 + (する) 始末 抽象対具象・具体 尋ねる注訪ねる 創造理想像

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現代文 高校生

なぜ答えが4になるのか分かりません。

次の文章を読んで、後の各問い (問一〜六)に答えよ。 私たち日本語話者が普段何げなくモノを数えているようでありなが ら、実は数えるモノの中からどのような形や〈生物/非生物〉の区別、 機能性やその他もろもろの特徴を探し出し、 それにどの助数詞を用い たら適当であるかという判断を瞬時に下していることを、どれほど多 くの人がはたして認識しているだろうか。 これまでの研究の多くは、どの助数詞がどんな性質を持った名詞に 伴うかを詳しく調査し、助数詞全体をタクソノミー(多重構造の階層) で表したり、名詞の素性をプラス/マイナス〉 で条件付けしたり してきた。例えば、 +生物] だけなら「一匹」と数え、さらにもっ と詳しい素性として [+翼]がつけば「一羽」と数える、といった具 合である。動物は「一匹」で、スズメは「一羽」と数える。それでは クジラは? [+哺乳類]、[+大きい」の素性から「一頭」だろうか、 ほにゅうるい それとも [+海洋生物]、[+尾] で「一尾」だろうか。 名詞のカテゴリー化と認知システムの観点から この問題に取り組 もうとすれば、プロトタイプ(特定の文化において最も典型的な属性 (注2) 形、生物/非生物、機能性などの普遍的要素の他に、文化ごとに異 なる知識が大きく関与している事実に直面することとなった。そこで、 助数詞の日本語における使われ方を、二つの異なった状況の比較をす ることにより、認知システムのさらに背後にあると思われる文化的知 識の役割を明らかにしたい。具体的には、それがどのような知識なの か、その知識がない場合、人はどんな数え方をするかについてアメリ カと日本でデータを集めた。 まるでなぞなぞのようだが、ウサギ、 ヒツジ、アメリカ人の共通点 といったら何が思い浮かぶだろうか。実はこれらはみな、アメリカに 長く住んでいる日本人の子供たちが、こうしたものを数えるとき 「一 匹」という助数詞を使った例である。(この調査は1988年から1 992年まで断続的に行ったものである。主にアメリカ、イリノイ 州にある日本人学校に通う子供たちと、三重県志摩町の小学校に通う 子供たち、およびその親戚、学校関係者など、計319人を対象にア ンケートとインタヴューを行った。) 基本的にこれらのものは、素性 から考えれば[+生物] という共通項があるわけであるから、「一個、 二個」と数えるよりは「一匹、二匹」の方がずっと適合性が高いと しんせき

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現代文 高校生

評論の問題が分からないので解いてもらいたいです

新傾向 [合計 ***** ふくおか しんいち 福岡伸一 3 生命工学の現状 福岡 生物と文学のあいだ 【文章I】は生物学者福岡伸一による生物の「動的平衡」についての文章、【文章Ⅱ】 はそれを読んだ作家の川上未映子と福岡伸一の対談である。 【文章Ⅰ】 はいせつ ■日本が太平洋戦争への道を進もうとしていた頃、ナチスから逃れたひとりのユダヤ人科学者が米国に来た。 ルドルフ・シェーンハイマーで ある。彼は、アイソトープ(同位体)を使ってアミノ酸に標識をつけた。そして、これをネズミに三日間、食べさせてみたのである。アミノ 酸は体内で燃やされてエネルギーとなり、燃えかすは呼気や尿となって速やかに排泄されるだろうと彼は予想した。 アイソトープ標識は分子 の行方をトレースするのに好都合な目印となる。結果は予想を鮮やかに裏切っていた。食べた標識アミノ酸は瞬く間に全身に散らばり、 そ の半分以上が、脳、筋肉、消化管、肝臓、膵臓、脾臓、血液などありとあらゆる臓器や組織を構成するタンパク質の一部となっていた。三日 の間、ネズミの体重は増えていない。 すいぞう ひぞう ②これは一体何を意味しているのか。 ネズミの身体を構成していたタンパク質は、三日間のうちにその約半分が食事由来のアミノ酸によって がらりと置き換えられ、もとあった半分は捨て去られた、ということである。 標識アミノ酸は、インクを川に落としたごとく、流れの存在 と速さを目に見えるものにした。 つまり、私たちの生命を構成している分子は、プラモデルのような静的なパーツではなく、例外なく絶え間 ない分解と再構成のダイナミズムの中にあるという画期的な大発見がこのときなされたのだった。 全く比喩ではなく生命は行く川のごとく流 れの中にある。そして、さらに重要なことは、この分子の流れは、流れながらも全体として秩序を維持するため相互に関係性を保っていると いうことだった。シェーンハイマーは、この生命の特異な在りように「動的な平衡」という素敵な名前をつけた。 それまでのデカルト的な機械論的生命観に対して、還元論的な分子レベルの解像度を保ちながら、コペルニクス的転換をもたらしたこの シェーンハイマーの業績は、ある意味で二十世紀最大の科学的発見と呼ぶことができると私は思う。しかし、皮肉にも、当時彼のすぐ近くに いたエイブリーによる遺伝物質としての核酸の発見、ついでそれが二重らせんをとっていることが明らかにされ、分子生物学時代の幕が切っ B て落とされると、シェーンハイマーの名は次第に歴史の澱に沈んでいった。 それと軌を一にして、再び、生命はミクロな分子パーツからなる 精巧なプラモデルとして捉えられ、それを操作対象として扱いうるという考え方が支配的になっていく。 ひるがえって今日、臓器を入れ換え、細胞の分化をリセットし、遺伝子を切り貼りして生命操作をするレベルまで至った科学・技術・医療 の在り方を目の当たりにし、私たちは現在、なかば立ちすくんでいる。ここでは、流れながらも関係性を保つ動的な平衡系としての生命観は 極端なまでに捨象されている。 それゆえにこそ、シェーンハイマーの動的平衡論に立ち返ってこれらの諸問題をいま一度見直してみることは、2 閉塞しがちな私たちの生命観・環境観に新しい示唆を与えてくれるのではないだろうか。 の在り方を目の当た 極端なまでに捨象されている。 それゆえにこ 閉塞しがちな私たちの生命観・環境観に新しい示唆を与えてくれる る 69 生命工学の現状・ 生物と文学のあいだ 69 生命工学の現状・生物と文字のめん

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現代文 高校生

読むの大変かもしれませんが教えていただけませんか😭

【読解 雑草をなくす方法 いながきひでひろ 雑草はなぜそこに 生えているのか 稲垣栄洋 課題 一般論とは異なる理論の読み取り 植物にとって、強さとは何だろうか。 イギリスの生態学者であるジョン・フィリップ・グライム(一九三五)は、植物の成功要素を三つに分類した。 それが、「CISIR三角形理論」と呼ばれるものである。この理論では、植物の戦略はCタイプ、Sタイプ、R タイプという三つに分類できるとされている。 Cタイプは競争を意味する「Competitive」の頭文字を取っている。日本語では、競合型と呼ばれている。この5 Cタイプは他の植物との競争に強い。 いわゆる強い植物である。 自然界では激しい生存競争が繰り広げられている。しかし、強い植物であるCタイプが、必ずしも成功すると は限らないところが自然界の面白いところでもある。 自然界には、他の成功戦略もあるのだ。 Sタイプは「Stress tolerance」であり、ストレス耐性型と呼ばれている。 「ストレス」という言葉は、現代社会に生きる人間だけのものではなく、植物の世界でもストレスはある。 スト レスとは生育に対する不適な状況である。たとえば、植物にとってはカンソウや、日照不足、低温などが生存を 脅かすストレスとなる。 Sタイプは、このようなストレスに強いのである。水のない砂漠に生えるサボテンなど は、Sタイプのテンケイだろう。あるいは、氷雪に耐える高山植物もSタイプの特徴をもっていることだろう。 競争に強いばかりが、強さではない。じっと耐える強さも、また「強さ」なのである。 三つ目のRタイプは、 「Ruderal」である。 Ruderal は直訳すると「荒地に生きる」という意味だが、日本語では 攪乱依存型と呼ばれている。 かくらん 攪乱とは文字通り、環境が掻き乱されることである。 いつ何が起こるかわからない「攪乱」は、植物の生存に適しているとは言えない。しかし、攪乱があるところで は、強い植物が必ずしも有利ではない。強い植物が生えないということは、弱い植物である雑草にとっては、チ20 ャンスのある場所なのである。 Rタイプは、このような予測不能な環境の変化に強い。 e ステップ 3 評論 Ⓒ 要旨をつかむために! 1 理解を深めよう 要約のための確認 話題 植物にとって強さとは … 「CIS|R三角形理論」 強い植物| B タイプ →成功するとは限らない 筆者の注目している点 雑草 臨機応変に ○筆者の主張 【各1点】 タイプの要素・・・強 を乗り越える →生存のチャンス 雑草をなくすには・・・ 雑草を とかない →森雑草は生育できない こと

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