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現代文 高校生

この小論文の要旨って何だと思いますか? 30字以内でお願いします

去年の流行語大賞をとった言葉のひとつは「付度」だった。みんなも何度も耳にしたことがあると思う。そ れどころか今年に入っても、この言葉は忘れられる気配はない もともとの意味は「他人の心中をおしはかること」 (広辞苑)。それがいいこととか、悪いこととか、そのど ちらのニュアンスも含まないそのままの意味だった。ところが最近耳にする「付度」は、含みを持った言葉に 変わってきているように思える。 役人が政治家の意向を付度する。 こんなふうに使うと。どんなイメージを抱くだろう? そうか、役人が政治家の心中をおしはかる、この役人はなんて心優しい人なんだ。と感じる人はまずいない だろう。それよりも、なんだか政治家に取り入ろうとして、先回りして政治家が喜びそうなことをしようとし ている、という印象を受けるんじゃないだろうか。何ていうか、ずる賢いというか、計算高いというか、そん なイメージをぼくは持ってしまう。健全とか、公平とかという言葉とは対極にある、不透明で暗い感じがずる のだ。 マ。 日本政治の中枢に一つの妖怪が俳御している。その名はソンタクである。 こうした一文から始まるコラムを、 東大の宇野重規教授が去年四月、東京新聞に書いた。宇野さんはヨーロ ッパの政治から日本の政治まで、民主主義のあり方を深く考えてきた人だ。 そんな宇野さんはソンタクによって最も損なわれるのは政治そのものだと説く。みなが見ているなかで物事 を決めていくのが政治の本質だと書いたあとで、こう続ける。 「人々は言葉を尽くして自らの主張の正当性を主張し、その代わりに、他人の主張にもきちんと耳を傾けるこ とがその第一歩となる。ソンタクに取りつかれた政治はその逆だ。多くの人には物事がどこで、どのように決 定されるかわからない。それでも「そのようなものなのだろう」という諦めの思いとともに、人々は自分の思 いをのみ込む。結果として、政治の舞台からは真剣な主張や説得の試みが見られなくなり、聞こえるのはただ 騒がしい騒音や、あるいは真剣にものを言おうとする人間に対する冷笑ばかりとなる」 その通りだとぼくも思う。 他人の意見にきちんと耳を傾け、自らの意見も主張する。太陽の光の下でのそうした営みが失われ、すべて は夜陰にまぎれて決まっていく。そこには「嫌な感じ」としか言いようのない居心地の悪さがつきまとう (中略) 日本人は妖怪ソンタクにからめとられやすいのだろうか。 ある外国人の新聞記者が 「ソンタク」にあたる英語の単語を探したけれども見つからず、結局「SONTA KU」と表現したように、少なくとも西洋文化には馴染みのないものなのだろう。 ぼくも住んだことのあるアメリカなどは本当にたくさんの民族が共生する国家だから、それぞれの背景にあ る文化も違えば考え方も違う。だから自分の考えは言葉にして主張し、他の人の言葉にも耳を傾けないと、も のごとを決めることができない でも日本では多くの人が似たような文化と歴史を背負っているから、あえて言葉にしなくても「空気よめよ」 ということになってしまいがちだ。つべこべ言わず、みなと同じように田植えにいそしめよ、という具合に。 そんな中で妖怪ソンタクも育っていったんじゃないかと思う 空気と沈黙は、妖怪ソンタクの好物だからだ 自分の意見を自由に言い、他人の話にもちゃんと耳を傾ける。そんな社会と、妖怪ソンタクに支配されて言 業が失われていく社会。みんなはどちらがいいと思うだろうか 状径ソンタクなんて退治してしまえばいいと言う人もいるかもしれない。でも、やっかいなことに妖怪ソン タクはなかなかしぶとい。ちょっとやそっとのことでは絶滅しない。足跡が残らないぶん、責任をとらなくて いいし、うまくいけば他人を出しぬいて出世できるかもしれないのだ ぼくらが自由の気風を大事にして、語り、他人の声をちゃんと聞くという姿勢を守り続けるのか。それとも 状係ソンタクがますます歩する社会になっていくのか。いま、その分岐点に来ているのかもしれない (設問の都合上、原文の一部を改編している) 松原耕二 「本質をつかむ聞く力ーニュースの現場からー』ちくまプリマー新書」

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現代文 高校生

出口さん現代文問題で 問2の部分で予想と省略の要求された言葉で部分的を獲得することができるって書いてありますがなぜ部分的が獲得できるんですか??

外山滋比古 『聴覚考 日本語をめぐる0章』 次の文章を読んで後の問題に答えなさい。 日常のことばにおいて漠然と論理と考えられているのは、話の筋道である。この筋道がしっかり はっきりしていないと、話が通じにくく、 誤解を招きやすい。つまり、 「線」的なものである。線一 は、曲がったり、折れたりせず、まっすぐに一直線であるのが、明快でのぞましい、とされる。 ことばの送り手は、線のようなことばを並べ、つなげていく。それを受け手がたどって意味をと ることになる。 その送り手と受け手が、心理的に近接、親密であるとき、形式の整った線的論理が情報過多と感一 じられるようになる。わかり切った、見当のつく部分を切りすてても伝達が可能になるだけではな一 い。線がうるさくなり、部分的に省略、欠落させる。それが表現を引き締め、密度のあるコミュニー ケーションとして歓迎されるようになる。そこで線の部分的風化がおこる。 普通の線的筋道がこうして、だんだん短くなり、さらに、退化すると、点になる。線的論理がい わゆる論理であるが、身近な同士においては、点的論理が通じ合い、おもしろくなってくる。 人と人との心理的距離が大きければ、用いられることばは、つよく線的な性格をおびる必要があ る。典型的なケースは法律や法廷のことばであって、ことばはしっかりした線的筋道であるのが好 ましい。線が切れたり、曲がったりしては、重大な誤解、混乱をおこすおそれがある。水ももらさぬ" 論理が求められる。 欧米語は、送り手と受け手が大きく離れている点で、特異なもので、法律の用語に通じるところ がある。日本人が母国語では意識しなかった論理が気になったのはそのためである。もともと日本 人は、ひどく立場の異なった人間の間での、コミュニケーションを考えることが稀であったから、 固い論理を考える余地がなかった。 #家族の間で交わされることばは、法律用語とは大きく性格を異にする。法律のことばでは一から 8 十をのべるのに、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十とすべての数をおさえなくてはならない。それ に引きかえ、親しいものの間では、すべての点をたしかめるようなことばは、うるさく、わずらわ しく感じられるのである。一、二とくれば、三、四とつづくだろうことを受け手は予想する。それを一 はっきり三、四とおさえると、わかり切ったことを言わないでほしいという気持ちを受け手ももつ だろう。三、四を飛ばして五、六とし、そこでまた飛んで九、十に達する。それが省略と感じられな いようになっているのが普通である。# |外山限比古『聴覚思考 日本語をめぐる 20章」 あり 11 ともある) 与えられ こも証明1 a=bk 学習日 目標タイム 20 解答解説> P.4

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現代文 高校生

現代文の開発講座lesson8からです。 第2段落の最初にある 「じっさい」の後の文章は、 第1段落の最後にある「集団の規模の適正な大きさが制限される」の実例が示される と思って読んでいました。 しかし、文章を見てもよく分かりませんでした。この文章の第1段落と第2段落にど... 続きを読む

第8問次の文章を読んで、後の設問に答えよ 現実の企業においては、新商品発見の活動も集団の協同作業として行なわれるが、し かし、この集団は本質的には自由な個人の集合体であるほかはなく、狭義の生産のため の組織とは異質なものになることであろう。そこには厳密な分業の体制もなく、機械的 な作業規則や命令系統も弱まるはずであり、なによりも、集団の大きさが個人間の対話 5 の可能な範囲に限られることになろう。どんな巨大な企業であろうと、商品を開発する 集団はほぼ十数人の規模に限定され、そのなかでは、各個人が有形無形の情報の全体像 を共有しうる仕組みがもたれている。けだし、狭義の生産組織はつねに定められた目的 を共有して働くものであるが、およそキチの認識であれば、どんなに多数の人間にもそ れを共有することができる。だが、発見や開発の集団の場合、ひとはまず| 一を共 有して働くのであり漠然たる願望や気分をわけあって働くのであるから、そこにはおの 10 a ずから集団の規模の適正な大きさが制限されるのである。 じっさい、現代の企業のなかでは、一方で狭義の生産活動が自動化されるとともに このような非プログラム的な情報生産活動が、たんなる商品開発部門を越えて拡大しつ づけている。商品開発といっても、それは結局、消費者の秘められた需要を発掘するこ とであり、いわば消費者の自己発見を助け、企業が消費者とともに自己発見をすること 5

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