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わかる方お願いします。 論読2の9です。

可惜 もったいない。おしい つけ帯 作り帯。胴に巻いた帯へ、別に作一 ってある結び目の部分をつける帯。 経験と推察を読み分ける一 周形「幸田家のきもの』 一筆者は祖母にきものを着つけてもらっている。 日「どこか痛かったり、きついところはないかい」 やさしい声でそう聞かれて、誘われるように思った。祖母の手はしっかりしていて、一度ぎゅっと結んだ 結び目はヨウイなことでは解けないし、ずるずる着くずれることもない。それがわかっていて、午後いっぱ」 いきもので過ごすなら、帯はいくらかゆるくてもいいかもしれなかった。 が少しきついの」 「ああ、わかった。お祖母ちゃんがちゃんと具合よくしてあげるからね」 ジョウキゲンで祖母はウけあい、するすると帝を解くと、正面の模様の位置を確かめた。そのままぐるっ と胴まわりを一周、寸法を積もって、いきなり大きな裁ち錬を持ち出すと、なんの跡踏も相談もなく、じょ りじょりと切り始めた。 |構成メモ 文章全体をつかみとる e上の各段落の中心文に線を引き、口に 本文中の言葉を書き入れよ。 2偶成三つの意味段落に分かれるよう 一線を書き入れよ。 日 祖母に「帯が少しきついの」と言 った。祖母はなんの路議もなく 裁ち鉄で帯を切り始めた 目の前で帝はちょん切れた。 m 園もったいながりの私の一 「ああ!お相母ちゃん!」 その声にふり返った母も、あっけにとられて声をあげた。 「母さん、なんてことするの、可惜ものを」 2帯を噛む裁ち鉄の黒々と大きく見えたこと。目の前で帯はちょん切れた。 3小学校を卒業したばかりの私に帯の格や値段、使い勝手のょしあしがわかるわけではない。けれど、なん といってもおろし立てだ。銀地の丸に松、竹、梅、菊の縫いとりがある。「これが蘭、菊、梅、竹の四つなら 15 四君子というのよ」と仕立てあがった帯を前に母に教えてもらったばかりなのに 。もったいながりの私 のショックは大きい。ちょっとゆるめてほしいなんて、余計なことを言わなきゃよかった。後悔しきりだが 時すでに遅し。帯はまっぷたつに切れて、しかも祖母は大にこにこなのである。一 回 今になって思えば、あのときの祖母は無茶をしたわけではなく、祖母なりの論理にもとづいての早業だっ |は大きい。帯はまっぷ たつに切れて、しかも担母は |なのである 回 今になって思えば、祖母なりの にもとづいていた きものを楽しむ と、希一本を秤にかけて 即座に判断したのだろう。 たのだろう。孫娘は帯がきついと言っており、きものを着慣れない今の娘たちは他人に着つけてもらう窮屈 a さゆえに、きもの嫌いになる。自分で着られるようになれば好きなように調節できるのだから、それまでに きものを窮屈なものと思いこませてしまったら、そこでその子のきものの福は逃げてしまう。きものを楽し こうして帯は一回こっきりの |となった。 む一生の福と、真新しい帯一本を秤にかけて、祖母は即座に判断したのだろう。祖母に言わせれば、秤にか 」構成メモを用いて、百字要約をしよう。 けるほどもない、あたりまえのことだったかもしれない。 艦Kサミ 具体例に着目する ② こうして帯は一回こっきりのつけ帯となった。 経験と推察を読み分ける一 随筆は具体的な経験から推察して得 た意見を述べることが多い。 潮 |岡 ー線A~Fのカタカナは漢字に直し、漢字 は読みを書け。 ー線3とあるが、具体的にどのような行動を指 の×→ しているか。本文中から一文で抜き出し、最初の五字」 本文で確認 口に本文中の言葉を書け。 回想(具体的な経験をふり返る) 日~図 「帯がきつい」と言ったら、祖」 母はおろし立ての|1| しかも祖母は大にこにこなのである。 を書け。 ロ VS読スキル問題| を切った。 問二 ||線1とあるが、祖母はどのような行動をおこ」 したのか。次から選べ。一 ア 番の仕立て直しをしようとして失敗した。 ィ 帯を切りきものを着なくてもいいようにした。 ウ 帯をゆるく結んで、きものの福を教えた。 工 番を二つに切って、つけ帯にした H国 -線4とあるが、どのようなことが「あたりま え」であるのか。三十字以内で書け。 設問の(対比の表現)「秤にかける」という表現で、 比べられているもの=きものを楽しむ |真新しい| |祖母の思いを推察| 砂 回 きものを楽しむ2 を逃してはいけないと判断したのだ 問三|線2の表現から読み取れる筆者の心情として、 適当でないものを、次から選べ。 てへ ア きらびやかな帯を切断する鉄を恐ろしいものに感 問六 現 本文の表現や構成の特徴の説明として、最も 適当なものを次から選べ。 ア 最後の一文が、「今になって」気づいた祖母への感一 謝の思いの象徴的な表現になっている。 ィ 出来事を見渡せる「今」の立場から、当時の祖母の 心情や行動の理由を考えて描いている ウ 会話表現を多く使うことで、筆者の心情だけでな く、祖母や母の心情も丁寧に描いている。 ェ 子どもの頃の思い出話を一つの例として、 きものを楽しむ大切さを表現している じている。 ィ おろしたての帯が切られていくことに衝撃を感じ 線a「降籍」とほは同じ意味を表一 す言葉を次から選べ。 [ためらいおどしくやみうたがい] ている。 ウ 鉄の大きさは、そのまま祖母の愛情の大きさだと」 感じている。 工 祖母の決断は止められないほど強いものだと感じ ている 線b「秤にかける」の意味を書け。 「幸田家のきもの」 mLA 具標時間 回想 推察 論読 現代文2 商読 現代文2

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高階秀爾さんの『オブジェとイマージュ』において 右のページ16行目の「その最も平凡な、最も一般的な意味」とはどう言う意味ですか? 「しかしここでは」と言うことは「もちろん」以下の内容ではないと言うことですよね?

絵画とを決定的に分けるものなのである。 2 (現実の世界と深い関わり合いは持ちながら、現実の世界とはまったく別の、いわば実 で - 体を持たない「影」の世界としての絵画の特性;それを我々は「イマージュ」の世界と 1 イマージュ image (フランス語)。 呼ぶことにしたい。それに対し、先ほどから「実物」という言葉で表してきた現実のも N のの世界、それは「オブジェ」の世界と呼んでもよいものであろう。 2 2 オブジェobjet(フラー ンス語) 和ちろんイマージュとかオブジェという言葉は、人により、場合により、さまざまな 意味に使われる。現代美術においてオブジェといえば、普通、単にどこにでも転がって 3 ベルグソン Henri-Louis Bergson (1八五~1四1)。フランス の哲学者 4 サルトルJean-Paul Sartre(1504~一次0) 。 フランスの文学者,哲 いる「もの」ではなく、何らかの形で日常的価値を離れた造形的意味を持った「もの」 寸 けい じ じょうがく という特殊な存在を指す。また、ベルグソンやサルトルが、形而 上学ないしは心理学 の用語としてイマージュというとき、それは知覚の領域、ないしは想像力の領域におけ る特殊な存在を意味する。しかしここでは、オブジェもイマージュも、その最も平凡な、 最も一般的な意味で用いることとする。オブジェとは、その語源からも明らかなように、 我々の働きかけや運動に対して「投げ出されたもの」であり、我々を取り巻く外界のさ 5 ジャック·マリタン まざまの「対象」、「客観的存在」であり、ジャック·マリタンが「芸術と詩における創 Jacques Maritain(I<<) ~一聖三)。フランスの哲 学者。「芸術と詩にお ける創造的直観」は一 九五三年刊。 造的直観」の中で、芸術家の「自己」に対してその「自己」が働きかけるあらゆる存 o 在という意味で呼んだ文字どおりの「もの」の世界である。Cイマージュは、 ルネ·ユイ 6 ルネ·ユイグ René グが「見えるものとの対話」の中で二十世紀を「イマージュの文明」の時代と規定した Huyghe(150K~一九九モ)。 フランスの美術史家· 随筆家。「見えるもの との対話」は一九五五 ような意味での視覚的映像の世界であり、重さも、厚みも、質量も持たない二次元の色 と形の世界である。オブジェが人間の触覚的働きかけを受けとめるものとすれば、イマ 年刊。 ージュは人間の視覚的働きかけを受けとめるものであるといってもよい。 とすれば、我々人間は自己自身も含めて無数のオブジェのただ中にあって、それらの一 オブジェを主としてイマージュの形で把握している存在ということになる。もちろん、 っない。聴覚も、味 「オブジェを主として イマージュの形で把握 している」とは、どう いうことか。

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問5を教えてください🙇🏻‍♀️

ステップ18 3 評論 速読 目標時間 3分 問一~七 解答目標 15分 *本文 展開図 *要約 ステップ1 州 I 読解)南極で筆者が実感したことを読み取ろう たてまつ わ へ 立松和平 南極で考えたこと Q課題)考察の対象が何かをおさえて読み進めよう (型) 次の文章は、南極を訪れた筆者が、思いがけないところに大きな岩が残されているような不思議な光景を 目にし、考えたことを書き記したものの一節である。 1間氷期 氷河期と氷河期の間の期 問。 -人が多く集まるところ。 -氷河などの深い割れめ。 山や景色の美しいこと。 日氷河期には地球上に氷河がジュウオウに走っていて、私たちのもつ時間の尺度から見ればあまりに遠大 な時が必要だったにせよ、山を削って大岩など簡単に運ぶことができた。たとえ一年間に数ミリであった にしてもである。間氷期になって氷河が消滅すれば、思いもかけないところに大岩が残されている。氷河 の存在を考えなければ、謎が残るだけである。そんなことでも、現代人にとっては大いなる想像力が必要 なのだ。研究者にとってはジョウシキということでも、市井で生活する私などにとっては、想像力を必要 5 とすることはたくさんある。氷河はその文字のとおり、とどまるところを知らずに流れる河である。南極 で広大な氷原の中の氷河を見れば、想像力などなくてもいっぺんでわかるのだが、ビルの中の快適な空間 で生活していればそうはいかない。 2市井 3クレバス 4山紫水明 (担一) 5山河||山や川などの自然のこと。 要旨をつかむために! (型へ) KIトAN 7空欄を埋めていこう 【各2点】 〇文章展開図o 日氷河 大岩など簡単に運ぶふ →現代人には想像力が必要 Cm m a明らかな様相をとって流れる氷河は、流転する万物の象徴ともいうべき存在だ。 (州の) 文の 氷河…流れる河 ここまでくる間に、上空から氷河などの荒々しい光景に触することができた。氷の上にクレバスが走り、0 地上を歩くしかない人間など、とても生きられないところである。ただ恐ろしい光景だとしか見られなけ れば、恐怖心が残ってそれでおしまいである。しかし、流れていく氷の河なのだと理解すれば、引っぱら =D流転する| G 物 の象徴 3 流れていく氷の河 …川と同じ れて氷に裂けめができ、流れはじめてその流れは次第に激しくなるとナットクできる。山の中の源流から 南極 山河と何ら変わりがない はじまる川と同じである。水の流れはこの目でありありと見ることができるが、氷河の流れは静止してい るようにさえ見える。川ならば、山から海に向かって流れるものだ。しかし、流れる姿が人の目ではっき 5 り見えるわけではない。計測すれば、流れていることを知るのは実に簡単なことだ。流れる氷の河のある 南極は、山紫水明の私たちの山河と何ら変わりがない。その水が凍っているだけなのである。つまり、万 物は流転を続けてやむことがないということだ。そのなかで生物が流転を続け、私という地球にとっての 一分子のような存在も、はかなく流転している。 火山がマグマを噴出し、あるいは流れる水が土砂を堆積させ、岩石をつくる。この頑丈な岩も、日中は a ,流転を続けて やむことがない そのなかで 石物 (型寸) (型の) 和 もはかなく流転 レv すべての場所で 守 熱の太陽にあぶられ、夜は冷えて少しずつ砂になっていく。結局のところ、サハラ砂漠もそうやってで 地球… 一刻も休まず流転 Kトトト く大きくとらえよう きたのである。地球はすべての

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論読 現代文2の4です。 わかる方お願いします。

wb めふ 『混沌からの表現』 独得 その人だけが体得しているもの、技。 飽村木の面を削ってなめらかにする道具。 当細S照闘J問題をおさえる 日 今日、技術の修得は一生の仕事だという人は、だんだん少なくなり、だいたい免許証をもらえば、技術は一 それで完全に修得されたことになっています。料理人や理髪師、自動車の運転手に学校教師、すべて免許証 をもらえば、彼にとって職業および技術の修得段階は終りだという意識が拡がっています。現に、それさえ 持っていればまず最低ゲンドの生活はできるわけですが、その代わり、その技術をさらに伸ばして、彼独得 の技術にする楽しみもなくなりました。なぜかというと、近代の技術というものは、そのもうひとつの特色 s として、相互の交換が可能であるということが大切な要素になっているからです。 図 ある一人の名人がいて、ほろぼろのトラックをなんとか動かしてみせるというような技術は近代では必要 などころか、あっては有害だと考えられています。トラックというものは、いかなる運転手でも動くような 機械でなくてはならないので、天才的な運転手がやっと動かせるトラックなどというものは、現代では有害 なのです。つまり、技術の修得が短期間の知識の修得になる一方、人そのものが交換可能な知識の体系に 変わったわけで、いいかえれば、人間存在そのものの知識化と非実体化、すなわち情報化が進んでいるとい えるでしょう 図職業のことをドイツ語ではベルーフ(Beruf)といいますが、ベルーフとは「神の呼び声」という意味です 日本語にも「 ということばがあるわけで、職業とは食うために勝手に人間が選ぶものではなく、最終 的には運命か、あるいは神が人間をそこへ呼びこむものだ、という考えが伝統的にありました。それほど職は 業には神秘的といってよいほどの重みがおかれていたのですが、そのひとつの理由は、人間が職業調練の中 で意識的な知識以上のものを獲得する、という事実ではなかったでしょうか。ものに触れる体験というもの は、たんなる知識の学習とは違って、人間が自分で意識できない自己の部分を豊かにします。飽で板を削っ て十年、二十年を過ごすということは、彼の肉体の思いがけない部分をふとらせることもあるし、「職人気質」 などという、いわくいい難い精神の部分をヤシナうこともあります。じつは、人間の個性とはそうした無意 » 識なものの集積として生まれるものであり、この部分こそ個人の中で真に交換不可能な要素だというべきで 構成メモ 文章全体をつかみとる一 e上の各段落の中心文に線を引き、口に 本文中の言業を書き入れよ。 2 E三つの意味段落に分かれるよう」 一線を書き入れよ。 E 味段落の名称を次から選び] に書け 藤 題の照係 日近代の技術は ※回響Pあることが 大国脳解 っている。 図技術の修得が短期間になり そのものが交換可能 な 二の体系に変わった ものに触れる体験は、人間が自 Pめ ロ口の m- 細な中会!ャる。この部分こ そ個人の中で真に 一な要素である A 回「」JJPの人間が一 の始な品になりつつあ 国これに対して、現代の現実が情報化していくということは、いいかえれば、現実のすべてが知識化してい くことであり、その内部の意識を越えた部分がショウメッレしつつある、ということだといえるでしょう。そ 構成メモを用いて、百字要約をしよう JP中に!つれ 。

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高校1年 現代文 ⑤のこのことと表裏をなすがとは何と何が表裏をなすのですか。そして表裏をなすとはどのような意味でしょうか。考えて答えなさい。という問いです 教えてください

1. neck(首肉) 2. chuck(肩肉) 3. rib(あばら肉) 4. short loin(腰肉) 5. sirloin(サーロイン) 6. rump(しり肉) 7. round(もも肉) 8. shank (すね肉) 9. brisket(胸肉) 10. plate (ばら肉) 11. Aank(わき腹肉) 15 ショート· イン、ブリスケット プレート、フランク、サーロイン などと区別するのは、牛肉に対す る、その言語の並々ならぬ関心を 示している。Gれに対して日本語 はこれらには無関心であって、動 物名の牛(うし)に対してその肉 の名、牛(ぎゅう)が使われだし たのはやっと明治になってからで N あった。そのかわり、日本語は魚 に関しては詳しい。ボラという魚 の成長段階に応じて、例えば浜名 湖でキララ→オボコ→イナ→ニサ り イ→ボラ→トドと呼び分けている。 成長とともに名を変えるいわゆる 出世魚である。これは、この魚についての知識の密度が濃くて、つまり世界を捉える走 査線が細かくて、微細な差も、これを別名で呼び分けなければ気がすまないのであろう m● (このことと表裏をなすが、我々日本語を母語とする者は、世界を日本語で見ているの である。例えば虹を我々が七色と見るのは、あの光のスペクトル連続を日本語では七つっ に区切ってそれぞれに色の名を与えているからにほかならない。もしそれを五つに区 切って名づける る言語があれば、その話し手は同じ虹を五色に見るにちがいない このように、客観世界というものは、純粋には見ることはできない。あるいは、極端 にいえば、人間にとって純粋客観世界はありえない。/必ずこの母語の色眼鏡を通して世 界を見ているのである。色眼鏡というと悪いもののように聞こえるが、とかく人間は、 世界は自分の色眼鏡で見る世界しかないと思いがちのものである。 しかし、逆に?他人の色眼鏡が立派に見えてくる場合もある。例えば、日本語には文 法的カテゴリーとしての単数、複数の別がないからといって日本語は論理的ではないと 考える人はよくいる。けれども、単数、複数の別のあることは言語にとってそんなに有 利なことであろうか 筆者がロンドン大学にいた時の話であるが、日本語を習っている学生が日本語は単数、 複数の区別がないから、なんとなく頼りない、と言ったことがあった。自分たちが区別

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「旅する力」やったことある方お願いします!! 課題テストで授業はまだなんですけど、 ◇1~4がどこか、教えていただきたいです!

*旅する力 J 4う 旅する力 旅をしている中で摩擦が起きる。それはその国の言葉を話すことのできない私のせい だと自覚していた。その国に住んでいる人は、その国の言葉がしゃべれればいいのだ 訪れた国で快適に過ごそうと思うなら、旅人がその国の言葉を話さなくてはならない。 私も旅先で言葉がしゃべれないため摩擦を起こすたびに腹を立てたりしたが、根底の 「人間の力としての背 丈」とは、どういうも のか。 ところではそれは自分のせいなのだと思っていた。 言葉の問題だけでなく、旅は自分の力の不足を教えてくれる。比験的にいえば、自分 の背丈を示してくれるのだ。私の肉体的な背の高さは、他国の同じ世代の旅人に劣るこ とはなかった。しかし、人間の力としての背丈が足りなかった。 - AINイマー climber (英語)。登山家。 2 山野井泰史 1九六五~ m コKLIN リストラク チHトコンA(restruc- turing 細)の略。 経岡 営立て直し。ここでは その一環としての解雇 を指す この自分の背丈を知るということは、まさに旅の効用の一つなのだ。 Nを 6 やャ- あるとき、クライマーの山野井泰史氏と対談していて、サラリーマンがリストラに遭 9 ってしまったり、会社が倒産してしまったりというようなことがあった場合、多くの人 が動揺して立ちすくんでしまうのはどうしてだろうという話が出てきた。そのとき、私 たち二人が一致したのは、「問題は予期しないことが起きるということを予期していな いところにあるのではないか。」ということだった。サラリーマンだけでなく、人間が 生きていくうえでは、予期しないことが起きるということを予期しているかどうかとい うことが、とても重要になってくる。 N 山を登るとき、クライマーはさまざまなことを予測する。天候の変化についての予測 を立て、登ろうとしているルートのシミュレーションもする。この斜面を登るときには 4 シミュDーシ ョン simulation(継語)民 実に想定される場面の モデルを作り、それを一 使って実験·分析を行」 どうしたらいいかなどということを、写真や文書による情報だけでなく、麓からの目視 による状況の読み取りといったものによっても予測する。しかし、実際に登ってみると、 思いもよらないこと、例えば下からでは見えなかった大きなこぶがあったり、へこみが あったり、あるいはツルツルで手や足が掛からないところが出てきたりという局面に遭」 週する。そのとき、「あっ、予期しなかったことが起きてしまった!」と動揺するので はなく、まず「こういうことは常に起きうることなんだ。」と思うことが、予期しない ことに対処する力を引き出す第一歩になるのだ。 離 比験 背丈 安田 編 森画 目視 配岡 県題 例えば、旅をしていて、誰かと知り合う。そう、外国を旅していて外国人に「家に来 5 ないか。」と誘われたとしようか。さあ、そのときどうするか ト *立ちすくむ

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問2 で④を選んでしまったのですが、②が答えでした。 ④が×の理由を教えてください🙇‍♀️

し 。 の女 人 演習12 目標時間9分 チェーザレ、パヴェーゼの日記には「何月何日のところに……ということを追加」あるいは「何月何日に書いたこと からは……という結論になる」といった記述がしばしば登場してくる。しかも追加される内容は、当日は記さずにあと になって思い出した出来事ではなく、きわめて抽象的な思念である。ただひたすら自分の日記に読みふけっている作者 の孤独な姿がありありと浮かんでくるようだ。日記(いちいち断るのはわずらわしいので、ただ日記とだけしておくけ れども、journal intime 正しくは個人がその内面を書き記した日記)をつけること自体、あるいはそれを公刊さえする ことを、近代精神の《病》と呼んだポール·ブルジェであれば、病はここで極頂にまで達したと評したかもしれない だが、いかに病気と呼ばれようとも、ある種の人びとにとって、日記はただ毎日つけるだけでは十分ではない。それを 繰り返し読み、かつ意見を追加してゆかなければいけないのだ。再読と記述の追加とは、日記を書くという行為の何か 本質的な部分につながっている。 G G Sというのも、ここでは日記を一つの保存装置、とりわけ《自己》を保存する容器と考えたいのだが、何であれ、また 何のためであれ、保存するということは、その保存したものを将来いつか取り出してくるのを前提としているはずだか らである。今日つくったジャムをいつかは食べるなどとはまったく考えもしないで、瓶に密封するひとがいるだろうか もっとも、時がたつにつれて、保存したことそのものを忘れてしまう場合はあるけれども -われわれの多くの日記の つけ方はこれにあてはまるだろう。しかしパヴェーゼは、けっして忘れることなく、ときどき瓶のふたを開いてはジャ ムを少しずつなめるような具合に、自分の日記を読みかえし、そのうえ新たな味つけまでしているのだ。つまり保 存という作業の基本を忠実に守っているわけである。 だがそれにしても、保存するものがジャムであるのと自己であるのとでは、保存の姿勢がずいぶんと変わってくる。ジャ ムの保存は、密封した瓶をあけて内容物を消費しつくした時点でその目的は達成され完結する。他方で日記の再読にあっ ては、保存の対象はある種のかたちで消費されるとはいえ、しかし減少することはけっしてなく、逆に、記述の追加を 通してたえず自己増殖をつづけてゆくだろう。このちがいは小さくない。保存したものが自己増殖するという点で、日 記を書くということは、むしろ蓄財やあるいは切手、昆虫などの収集に似ているかもしれない。日記に記された内面と 同様に、資本もまた自己増殖をつづけるー 少なくとも最初からそれが消滅することは願われていない||のであり しかもそのことを確認するために、資本家はたえず帳簿に目を通さなくてはならない。切手の収集家もまた、日毎ふえ

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