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◆本文再掲
たとえば、ある「物」があります。それは、「カッコいい」と言われるような「物」です。 ある人間がそれを「カ
「ッコいい」と言います。言われた人間が「どうカッコいいのか」を知りたがります。 そうなって普通、具体的な
説明は返って来ません。 「カッコいいはカッコいいんだから、見れば分かるよ」と言われるのがオチです。 「カッ
ちせつ
コいい」は そのような使われ方をする言葉で、だからこそ「程度が低くて稚拙な俗語」のように思われてしま
こういう場合はどうでしょう?
います。ところがしかし、
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2 ある人が、「カッコいい」と言われるような出で立ちをしています。 そこに与えられる「カッコいい」は、単
くつ
問2
純な
一つの物に対する意味不明な賛美」ではありません。髪型から始まって靴にいたるまでの複数の「物」と、
ようぼう
ア
その人の容貌や体型や、更には 「持ち味」という雰囲気までもが一つになって、 「なるほどマッチしている」と
いう「合理的=美しい」状態を作り出していることに対する判断と賛美です。だからこそ「カッコいい」のです。
この場合の「カッコいい」は、「各部から成り立つ総体が、それを見る者の目に“美しい=合理的”を成り立
問3 問4
たせていると実感される」です。そのように、「カッコいい」は「総体のバランス=調和美」というかなり複雑
な事態に対応します。 そして、だからこそこういう事態も起こります――。
14 ある人が「カッコいい!」という絶賛を浴びたその総体をそっくり真似た人が、「カッコいい」とは言われ
ない事態です。
ある人には似合って「カッコいい!」と言わせたスタイルが、別の人にはまったく似合わなくて、「カッコ悪い」
とか「似合わない」と言われる ―それも当然だというのは、「カッコいい」が「合理的な出来上がり方」を問
問3
題にするものだからです。 ある人には、その様式がバランスよく合っている――だか
ら「カッコいい」。しかし
同じ様式が、別の人においては、調和よくマッチしない どこかに違和感を生じさせる。だからこそ「カ
ッコよくはない」。「カッコいい」は、それだけ高度な判断を要求するのです。
はんらん
2 ⑥ 「カッコいい」は、「仕草」とか「口のきき方」という、瞬間的な動きにまで及びます。だからこそ、「木村拓
哉のあの時のあの動きがカッコよかったから。あの時のあの口のきき方がカッコよかったから――」という
理由で、
巷には木村拓哉の*1エピゴーネンが氾濫します。その昔、ヤクザ映画が全盛だった時代には、「映
画館を出て来る観客がみんな*2肩を怒らしていた」という話もあります。 主人公の「カッコよさ」を観客が拾
い上げて、その「合理的=美しい」が実感されるフォームを上映時間内にマスターしてしまった結果ですね。 「ス
いか
ポーツ選手の美しいフォームがいかに合理的であるのかを判断するのはむずかしい」とは、大違いです。
問5
「カッコいい」という実感がありさえすれば、「美しい=合理的」という複雑な事態さえも、瞬時に理解されて
しまう――それを実現させてしまうだけの奥深さを、「カッコいい」という言葉は持っているのです。
語句チェック
5
問2
ウ
"..............................