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作文 高校生

この文章を読んで自我パイをどう分けるか書かないといけないのですが、自我パイというものがよくわからないです。どう分けるのが正解かもわからないです。なんでもいいので何かヒントになるような事を教えてください🙏

自分 兄弟 その他 69 /市町村 かつての日本の社会 自我パイ一人食い型の社会 次の文章を読んで、課題文中にある「自我パイ」の一人食いOK 問題 19 型社会と分け合う社会の特徴を一〇〇字以内で要約し、二つの社会のあ り方をふまえて、あなたは「自我パイ」をどう分ける社会が望ましいと 考えるか、六〇〇字以内で述べなさい。 日本は直系家族類型です。あるいは少し前までは直系家族でした。そのため、この直系 家族の考え方、メンタリティーが強く残っていて、私たちの無意識を規定しています。 (注1) どんなふうに規定しているかというと、一つは、「自分の頭で考える」ということをしない ということです。 直系家族の特徴は、自分の頭で考えなくとも、誰か他の人が考えてくれるという点にあり ました。お父さん、あるいはお母さんの言う通りにしていれば、それで良かったのです。 「こ の学校があなたに一番向いているから行きなさい」「この会社がいいから入りなさい」「この 人と結婚するのが一番いいから結婚しなさい」と、そんなふうに、お父さん、お母さんが人生 の大事なことまで全部決めてくれたのです。 そういう社会が日本にもかつてはあったし、あ るいは、今もあい変わらずあるかもしれません。 (注2) これに対して、核家族類型の国というのは、親と子どもの関係が権威主義的ではなく、切れ ていますから、親が子どもにいちいちああしろこうしろと命ずることはありません。 そのた め、子どもは自分を守るために自分の頭で考えることを学ばざるを得ないのです。 (中略) 直系家族型から核家族型に日本の社会は変わりつつあり、日本人も自分の頭で考えること を始めざるを得なくなっている、と最初のほうで述べました。 それは、個人個人がまったく 自由に独立して思考することが許される社会になった、と言い換えることができます。 そのことについて、もう少し補足しておきましょう。 (注3) 個人の自我を「丸いバイ」にたとえてみます。 今の社会は、この「自我パイ」をすべて自分 で食べてもOKの社会です。 勝手に何をやってもいい、その代わり責任はすべて自分でとる。 民主主義、資本主義が発達し、核家族化して個人主義が生まれた近代社会というのは、「自我 バイ一人食いOK型」の社会です。 親 しかし、近代以前の社会は、そうではありませんでした。 丸いパイの中で自分が食べられるのは、ごく一部分。 残り は、親、兄弟、親類、村落共同体、国で分けなければなりま せん。かつて日本もこうした社会でした。自分の取り分が わずかしかありませんから、今から比べると、ずっと不自 由な社会です。 ただし、いいところもありました。 自分の取り分は少な くても、親も兄弟も親戚も共同体も、それぞれの取り分を 分けてくれたからです。だから「自我パイ」の取り分は、 トータルでいうとそれほど人によって差はありませんでし た。 ただし、「僕のバイはすごくおいしいから全部一人で食 べたい」というふるまいは許されなかった。 これがかつて の日本の社会でした。 今は「自我バイ一人食いOK」の西洋タイプの社会に移行しています。 自分のバイはすべ て自分で食べられますが、なくなっても誰も分けてくれません。 自分のバイのみで生きてい かなければならない。つまり、小さな自我パイが無数にある社会。それが、私たちが今向か おうとしている社会です。 (鹿島茂 「考える方法」 「学ぶということ」ちくまプリマー新書による) (注1) 直系家族…日本、韓国、ドイツ、スウェーデンなどに見られる、「親・子・孫」が同 居する家族形態。 (注2) 核家族…イギリス、アメリカ、フランスを中心とした、両親と子どもの組み合わせを 最大の単位とする家族形態。 ]内の問題文に傍 作業一 課題の要求を確認する。 何を書くことが求められているだろうか。 線を引いて、課題の要求を確認しよう。 作業二 与えられた課題文を正しく読み取る。 2課題文から「自我パイ」の一人食いOK型社会と「自我パイ」を分け 合う社会のそれぞれの特徴を確認しよう。 【一人食いOK型社会】 【分け合う社会】 自分の意見をまとめる。 作業三 2をふまえて、何らかの判断が必要になった場面を取り上げて、ど のような判断がどのような結果を生んだのか考えてみよう。 3 2、3をもとに、「自我パイ」をどう分ける社会が望ましいか、意見 をまとめよう。 〈発展〉自分とは異なる立場の意見にも目を向け、それに再反論しよ 5 う。 【自分と異なる立場の意見】 【再反論】 作業四 構成を考える。 考えた構成はP.24にメモしておこう。 ※5が難しければ省き、3を使っての理由説明を充実させるとよい。 小論文提出前にチェック □ 課題文の内容を正しく理解し、小論文の中に取り入れているか。 □ 「自我パイ」をどう分ける社会が望ましいか、明示できているか。 □ 自分の意見を支える理由が述べられているか。 誤字・脱字はないか。 文章表現は適切か。 (*表現・表記はP224を参照し、必ず確認しよう。) 読み取り チャレンジ問題

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作文 高校生

小論文の書き方についてです。 写真のように課題文があり、かつ、理由説明の 問題の場合、どのように書けば良いですか。 始めに課題文を軽くまとめてから自分の考えを書くのか、いきなり自分の考えを書くのかどちらですか。また、構成のポイントなどもあれば教えてほしいです。

176 2019 年度 小論文 |小論文| [注意事項] 解答用紙にアルファベット, 算用数字を記入する場合には、マスに2 文字ずつ入れて下さい(ただし、字数が奇数の場合は、末尾の1文字は1マスに入れ ■小論文■ 弘前大 (90分) なぜ「スマホいじり」を注意されるのか。 以下の文章における「情報空間」及び「物理 空間」という単語を使用して, あなたの考えを800字以内で述べなさい。 一定の時間。 「ひとり」でいる状態が確保された空間である「ひとり空間」とは、扉や 間仕切りという建築部材を備えた「物理空間」によってのみ存立しているのだろうか。 答えは否である。 なぜなら, 「ひとり空間」は, インターネットや携帯電話などのメ ディアを介した「見えない仕切り」によって, 物理空間と 「情報空間」を横断しながら息 づいているからである。 ここでいう情報空間とは、「物理空間から独立した秩序をもつ一方で、物理空間と 連関して生じる意味の空間」である。 PCの「デスクトップ」 「ウィンドウ」 「ゴミ箱」など のGUI (グラフィカル・ユーザー・インタフェース) が実装されたように,私たちは 複雑な電子メディアやネットワークを, 「空間」のメタファーに置き換えて認識してき 物理空間ではない電子メディアやネットワークが 「情報空間」と呼ばれるのは、情報 の流通の経路に空間性が宿るからである。 「メールが届く」 「レスが来る」 「タイムライ ンに流れてくる」といった言い回しがあるが,これらも送信者と受信者のあいだに、 情報の経路。つまり空間性を見出していることの一例である。 メディアに媒介された情報空間が物理空間と独立しているとは,それが物理空間と は異なる秩序をもっているということである。 たとえばインターネットの掲示板や SNS のタイムラインでは、匿名で非対面だからこそ、罵署雑言を含めた濃密なコ 弘前大後期 2019年度 小論文 177 ミュニケーションが展開される。 また携帯電話やスマートフォンでは、目の前に広が ある光景とは無関係にコミュニケーションが繰り広げられることがある。たとえば知人 の前での「スマホいじり」が不快なのは、物理空間と情報空間とのあいだの文脈に齟齬 をきたすからだ。 アーヴィング・ゴッフマンは、当人の注意や関心の大部分を奪うものを 「 主要関 与」。 主要関与と並行しながら、さり気なく続けられる行為を「副次的関与」と呼ん だ。その指摘にならえば スマホいじりによる不快感とは, 「関与配分のバランス」が 不十分で、副次的関与にとどめるべきものが。 主要関与へと転じることによって生じ るものである。 もう一方の, 物理空間と連関した情報空間とは、たとえばスマートフォンのGPS 付デジタル地図を見ながら, 街を歩く状況を想像してもらいたい。 デジタル地図に表 示される情報は、周囲にある建物名。 道路名, 町名などを含んでいるという点におい て、物理空間と連関しているといえる。 Twitter や Instagram などのSNSにアップ される「自撮り」画像も。 物理空間で撮られた写真が情報空間を流通するという点で、 物理空間と連関している (南後由和『ひとり空間の都市論』 筑摩書房、 引用に際して必要な修正を加えている。)

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作文 高校生

この文章で小論文を書くとき、否定してもいいんですか。? わがままになっているわけではない など、、

600 問 次の文を読み、あなたの考えを 400字以内で述べなさい。 一般に、先進国はしつけの能力が低下しているといわれています。そのために子どもの非行や 学級崩壊、あるいは子どもの犯罪が増えているという結果にもなっています。これはアメリカなど でも同じです。また、児童虐待が日本でもきわめて増えつつあることなどを考えても、母親のしつ けの能力が低くなっていることは容易に想像がつきます。(中略) 日本は戦争体験を経たと同時に、戦後の貧しさを嫌というほど味わいました。その頃に結婚し た世代、この「第一世代」は現在五十代となった私の父母に相当します。(中略) 第二世代は私のような昭和ニ十年代生まれ、あるいは団塊の世代です。この第二世代が親に なると、ようやく子ども、つまり「第三世代」に物をたくさん与えることができるようになりました。時 代は高度成長に向かいつつあり、食べ物や衣服に事欠くことはなかったからです。 戦後ずっと、私たち第二世代は、物がないという貧しさを嫌というほど味わってきました。それだ けに、ようやく物の不足から解放された喜びは相当なもので、その喜びを一拳に表すかのように、 第三世代に対してさまざまなオモチャや服、食べ物を浴びるように与えたのです。それによって、 第二世代の両親自身が「自分は子どもに思う存分の喜びを与えることができるほど裕福になった」 ことを実感し、大きな喜びとしたわけです。しかし、なんでも与えたということが、実は後に子どもた ちの欲望のコントロールを失わせることになるとは、彼らも気づきませんでした。 したがって、日本人の感情の抑制力が低下した、共感性が低下した、対人関係の能力が低下 したというのは、この第三世代あたりからのことです。小さいときになんでも与えられ、少子化の波 が押し寄せてきて子どもに多大な教育投資が行われるようになり、子どものわがままさが顕著に なっていきました。 第二世代の親が第三世代に与えに物質的な豊かさというものは、自分がどんなに望んでも得 られなかったものです。自分が望んでも手にできなかった反動として、 子どもにつぎ込むのですか ら、どうしても冷静さや良識に欠けた、ただ与えるだけ、ただわがままを許すだけの家庭教育に傾 きがちになります。そこには当然、しつけという要素が欠けています。 しかし、本来、親の役目とは「愛情を与えるだけのもの」ではありません。愛情を与えるとともに しつけもしっかりと与え、そのバランスによって社会に出ていくことができる子どもに育てるというの が本来の姿のはずです。第二世代には、残念ながら、こうした冷静な判断能力が欠如した親が多 かったわけです。 今や第三世代は青年の段階に入っていますが、こうした第二世代のしつけの結果、彼らの多く は対人関係の能力も低く、感情のコントロールの能力も低く、共感性も低いという特徴が顕著に見 られるようになり、さまざまな問題がふりかかってきています。 はたして第四世代でこの反省が行 われるのか、親と子が妥当な愛情関係に戻るのかどうかが今後注目されます。 かくて日本は、敗戦をきっかけとした大きな家庭教育の変貌というものが子どものわがままさを 生み出し、さらには家庭内暴力や不登校、 引きこもりといった問題、青少年犯罪の増加·凶悪化と なのていな1 も結びついていると考えることができます。 町沢静夫著「心の壊れた子どもたち」より 二学 保健学部 60分 全学部共通)

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