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古文 高校生

助動詞の見分け方を教えてください。

つわる説話を読み、登場人物たち 寺が大江山の歌の事) 教科書p しなさい。 平中が事 文法的説明に慣れよう 今は昔、平中とふ色好み、 さしも心に入らぬ女のもとにても、 泣か音をそら泣きをし、 涙に濡らさ 26 料に、親に水を入れて、 輪をつけて肘に掛けてしありき。 袖を濡らしげり、 出題の方を、のぞきて見れば、 木に物をさし置きけるを、 出でてち取り下ろして見れば、 瓶 また、紙に丁子入りたり。 瓶の水をいうてて、墨を濃くすり入れつ の物を取り集めて、丁手に入れ替で さてもとのやうに置き 例のことなれば、夕さりは出でぬ。 に帰り、心地 おしげにて、 を吐き たり・ 「紙の物のなり。」と、 は聞きしたり、 夜明けて見れば、袖に墨ゆゆしげにつきたり。 を見れば、顔も真黒に、目のみきらめきて、 我ながらいと恐ろしげなり。 を見れば、墨をすりて入れたり、 紙に皿の物入りだり、 いといとあさましく心憂くて、 そののちそら泣きの涙、 丁含むこと、とどめげるとぞ。 e (8) 今 ® 内が大江山の歌の (日) @ e 15. 古本説話集 @ してしられているが、該当する言葉 氏名 打消の助動詞「ず」の連体形 ②自の助動詞「る」の未然形 打消の助動詞「す」の 大人 ⑥ 婉曲の助動詞「む」の連体形 ⑥完了の助動詞「つ」の終止形 ⑥ 過去の助動詞「けり」の終止形 ⑥ 過去の助動詞「けり」の連体形 ◎断定の助動詞「なり」の終止形 ⑥存続の助動詞「たり」の終止形 ⑨ 完了の助動詞「つ」の終止形 ⑩ 完了の助動詞「つ」の終止形 ⑥完了の助動詞「つ」の発止形 断定の助動詞「なり」の已然形 @完了の助動詞「ぬ」の終止形 ⑩ ナリ活用形容動詞「あしげなり」の連用形 完了の助動詞「たり」の終止形 断定の助動詞「なり」の連体形「なる」の撥音便 の「なん」の「ん」の無表記化したもの。 +推量の助動詞「めり」の終止形 存続の助動詞「たり」の終止形 存続の助動詞「たり」の終止形 ●ナリ活用容動詞「恐ろしげなり」の終止形 ⑥歳の助動詞「たり」の終止形 ●存続の助動詞「たり」の終止形 ◎完了の助動詞「つ」の運用 1 HRNO 過去の助動詞「けり」の連体形 次から選びなさい。 イ 歌道に対する ア 当意即妙の知 ウにむ鋭い

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古文 高校生

期末テストの範囲の「成親への尋問」の現代語訳至急お願いします😢🙏

物 吉 LO しげもり きよもり 平治の乱で死罪となるところを平清盛の長男重盛の取りなし したに 京都東山鹿谷の山荘に仲間を集めて平家打倒を企てたものの発覚、捕らえられました が 主語 ざんげん さうら 大納言「まつたくさる事候はず。人の言にてぞ候ふらん。よくよく御尋ね * 候へ」と申されければ、入道言はせもはてず、「人やある、人やある」と召されけれ さいくわう きだよ! ば、貞能参りたり。「西光めが白状参らせよ」と仰せられければ、持つて参りたり。 これをとつて二三遍おし返しおし返し読み聞かせ、「あなにくや、このうへをば何 大納言 主語 と陳ずべき」とて、大納言の顔にさつと投げかけ、障子をちやうど立ててぞ出でら *つねとを かねやす その なんばの れける。人道なほ腹をすゑかねて、「経遠、兼康」と召せば、瀬尾太郎・難波次郎参 たり。「あの男とつて庭へ引き落とせ」とのたまへば、これらはさらな もし奉 ごきしょく らず。「小松殿の御気色いかが候はんずらん」と申しければ、入道相国大きに怒 しゅうこく *だいふ めい って、「よしよし、おのれらは、内府が命をば重うして、入道が仰せをば軽うしける 主語 西尾不沢・道徳次郎は ごさんなれ。その上は力及ばず」とのたまへば、この事悪しかりなんとや思ひけん、 二人の者ども立ち上がって、大納言を庭へ引き落とし奉る。 語句傍線部②・③の意味として最も FITCE 4+

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古文 高校生

讃岐典侍日記 現代語訳を読んでも分からないのてすが、 作者が手紙を読んだあとに呆れていることって 自分に対して呆れているんですか?(;;) よく分からないので詳しく教えて欲しいです💦

回 第13 4 9 20 日記・紀行 (2) 出題 愛知淑徳大学(文・人間情報など) 『讃岐典侍日記』 [解答・解説は本冊の181ページ] 次の文章を読んで、後の問いに答えよ。 堀河天皇に親しく仕えていた讃岐典侍藤原長子は、天皇の崩御ののち自宅で喪に服していた。そこに来信 がある。 さぬきのすけ なお、関係する天皇家の系譜は次の通り。 また、この日記では、執筆の時点より以前に崩御した天皇も院 と呼称している。 ―後冷泉天皇 -後三条天皇 白河天皇—堀河天皇—鳥羽天皇 うち かくいふほどに、“十月になりぬ。「弁の三位殿より御文」といへば、取り入れて見れば、「年ごろ、宮仕へ せさせたまふ御心のありがたさなど、よく聞きおかせたまひたりしかばにや、院よりこそ、この内にさやう なる人のたいせちなり、登時参るべしと、おほせごとあれば、さる心地せさせたまへ」とある、見るにぞ、 あさましく、ひがめかと思ふまであきれられける。(亡クナッタ堀河天皇ガ)おはしまししをりより、“かく は聞こえしかど、いかにも御いらへのなかりしには、“さらでもとおぼしめすにや、それを、いつしかといひ 顔に「参らんこと、あさましき。 周防の内侍、後冷泉院におくれまゐらせて、後三条院より、七月七日参るべきよし、おほせられたりけるに、 天の川 ~おなじ流れと聞きながら、わたらんことはなほぞかなしき とよみけんこそ、げにと (『讃岐典侍日記』による。なお、設問の都合上、原文を一部改変した箇所がある) 〔注〕 *弁の三位….... 鳥羽天皇の養育にあたっていた女房。 藤原光子。 *院・・・・・・ 堀河天皇の父白河院。 堀河天皇に譲位した後、上皇として院政を開始する。 *この内… 五歳で即位した幼い鳥羽天皇の御所。 *たいせち....大切。 * 登時······ただちに。 *聞こえしかど耳にしていたが。 なる。 *周防の内侍… 後冷泉天皇に仕えた内侍の平仲子。 天皇の崩御により職を退いたが、そののち求められて後三条天皇の内侍と 問1 うづき 傍線部A「十月」の読み方として最も適当なものを、次の1~6のうちから一つ選べ。 2 かんなづき 3 ながつき しもつき 5 ふみづき むつき

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