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古文 高校生

高校古典です!! 玉勝間の師の説になづまざることについてです!! 最後の『そはいかにもあれ』は現代語訳するとそれはどうでも良いことだになるのですがそれとは何を指すのですか? どなたかよろしくお願いします🙇‍♀️

たと つくろ て、 接助(単純) ナリ・用 よさまに ただ師を んは、 ひら 八四・用 ラ変・未・補 仮・体係助(区別)副 取り持っているとしたらそれは、 体裁よく 尊みて、 のみ 助(対象) 副助(限定) マ四・用 接助(単純) ただ師の存在)だけを尊んで、 思はざる 助(対象)助(区別) 八四・未打・体 (学問の)道を大切に)思わない態度で のりなが みち たふと なり。 2宣長は、 道を 断・終 係助(区別) 尊みいにしへを 助(対象) マ四・用 思ひて、 助(対象) 八四・用接助(単純)ナリ・用 ひたすら ひたるに道の ある。 宣長(私)は、 (学問の) 道を尊んで、古代のことを大切に思って、 おも こころ むね を 思ひいにしへの 格助(対象) 八四・用 意の 明らかな ことを 旨と 故に、 助 (連体) 格助(主格) ナリ・未 婉・体 助(対象) (原因) を思い、 古代の精神が 明らかになることを 第一と思うために、 副詞の呼応 たふと ことわり わたくしに を 尊心理の 欠け ことを ば、 えし 助(状態) (対象) マ四・体格助(主格) カ下二・未・体 ざること 助(対象)係助(区別) 副副助(強意)係助(強意) マ上一・未打・体 配慮できないことが も 顧み 師を尊ぶ道理が 欠けるようなことを、 どうしても 個人的に 、 ある なほ わろしと、 そしらん人は ・ラ変・体格助(対象) 副 あるのを、 やはりよくないと、 終 格助(引用) ラ四・未婉・体 非難するような人は そしりてよ。そは 保助(区別) ラ四・強・命 非難して結構だ。 せんかたは 「保助(区別)ク・終 それはどうしようもない。 保助(区別) 私は ひと ひと 人に こころ そしられじ よき 格助(受対) ラ四・未受・未打意・終ク・体 非難されないようにしよう、よい人に ならんと て、 助(結果) ラ四・未意・終格助(引用)接助(単純) なろうと思って、 道を 曲げ、 いにしへの 人から 助(対象) ガ下二・用 (学問の)道を曲げ、 助(連体 古代の精神 副詞の呼 を 曲げ 助(対象) ガ下二・用 接助(単純)副 を曲げて、 て、 さてあるわざは ラ変・体 結びの省略(ある) ず 保助(区別) 副サ変・未・打・用係(強意) そのままでいることは とてもできない。 ●これすなはち わが ん。 師の 道を 明らかならんこと 助(主格)ナリ・未 婉・体 (学問の)道が明らかになること おも 思ふが (引用) 八四・体格助(連体) 14 心なれ ・巳 たらそれは、ただ師の存在だ けを尊んで、(学問の)道を 大 切に)思わない態度である。 1宜 長(私)は、(学問の)道を尊んで、 古代のことを大切に)思って、 ひたすら(学問の道が明らかに なることを思い、古代の精神が明 らかになることを第一と思うため に、個人的に師を尊ぶ道理が欠け るようなことを、どうしても配慮 できないことがあるのを、やはり よくないと、非難するような人は 非難して結構だ。それはどうし ようもない。私は人から非難さ れないようにしよう、よい人にな ろうと思って、(学問の)道を曲げ、 古代の精神を曲げて、そのままで いることはとてもできない。こ れはつまり私の師の考えであるの で、かえって師を尊ぶことでもあ るはずではないか。それはどう でもよいことだ。 接続 助(連体) 助(体) これはつまり 結びの省略(あらん) 「私の師の 考えである たと ば、 かへりては 師を 尊むにも ある べくや。 接助(順確原因) 副 ので、 係助区別) そは かえって 助(対象) マ四・体断用係助(強意)ラ変・体・補当・用保助(疑問) 師を尊ぶことでも あるはずではないか。 いかにも あれ。 区別 保助(同)ラ変・命 それはどうでもよいことだ。

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古文 高校生

問8についてです。答えはAでした。Bの「家族が恋しくてふさぎ込んでいた」がだめな理由を教えてください。かう=直前の「こころぼそくわびしかりつる」だと思ったのですが... (写真は本文と注釈と問題です)

つづ 次の文章は「更級日記』の一節であり、作者が宮仕えに赴いた際の体験を綴ったものである。これを読んで、後の問に答えなさ まず一夜参る。菊の濃くうすき八つばかりに、濃き掻練を上に着たり。さこそ物語にのみ心を入れて、それを見るよりほか に、行き通る類、親族などだにことになく、古代の親どものかげばかりにて、月をも花をも見るよりほかのことはなきならひ に立ち出づるほどの心地、あれかにもあらず、うつつともおぼえで、暁にはまかでぬ。・・・(中略)・・・ あかつき 師走になりてまた参る。してこのたびは日ごろさぶらふ。上には時々、夜々も上りて、知らぬ人の中にうち臥して、つゆま 父の老いおとろへ どろまれず、恥づかしうもののつつましきままに、忍びてうち泣かれつつ、暁には夜深く下りて、日ぐら われことしも頼もしからむかげのやうに、思ひ頼みむかひゐたるに、恋しくおぼつかなくのみおぼゆ。母亡くなりにし姪 どもも、生まれしよりひとつにて、夜は左右に臥し起きするも、あはれに思ひ出でられなどして、心もそらにながめ暮らさる。 立ち聞き、かいまむ人のけはひして、いといみじくものつつまし すびつ 十日ばかりありて、まかでたれば、父母、炭櫃に火などおこして待ちゐたりけり。車より下りたるをうち見て、「おはする時 こそ人目も見え、さぶらひなどもありけれ、この日ごろは人声もせず、前に人影も見えず、いと心ほそくわびしかりつる。 てのみも、まろが身をば、いかがせむとかする」とうち泣くを見るもいと悲しつとめても、「今日はかくておはすれば、 内外人 多く、こよなくにぎははしくもなりたるかな」とうちいひて向ひゐたるも、いとあはれに、なにのにほひのあるにかと涙ぐまし うちと う聞こゆ。 (「更級日記」より) 〔IV〕

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古文 高校生

問6の解説に「宮はわざわざ作者の様子を隠れて伺う必要がないのでDの女房が答え」とありました。 垣間見って男→女にやるものじゃないんですか? (写真は本文と注釈と問題です) それとも「かいまむ」と「垣間見」は意味が少し違うんですか?そんなことないですよね、、

つづ C 次の文章は「更級日記』の一節であり、作者が宮仕えに赴いた際の体験を綴ったものである。これを読んで、後の問に答えなさ い。 かいた まづ一夜参る。菊の濃くうすき八つばかりに、濃き掻練を上に着たり。さこそ物語にのみ心を入れて、それを見るよりほか に、行き通ふ類、親族などだにことになく、古代の親どものかげばかりにて、月をも花をも見るよりほかのことはなきならひ に、立ち出づるほどの心地、あれかにもあらず、うつつともおぼえで、暁にはまかでぬ。・・・(中略)・・・・ あかつき 師走になりてまた参る。乱してこのたびは日ごろさぶらふ。上には時々、夜々も上りて、知らぬ人の中にうち臥して、つゆま どろまれず、恥づかしうもののつつましきままに、忍びてうち泣かれつつ、暁には夜深く下りて、日ぐらし、父の老いおとろへ The 155 て、われをことしも頼もしからむかげのやうに、思ひ頼みむかひゐたるに、恋しくおぼつかなくのみおぼゆ。母亡くなりにし姫 どもも、生まれよりひとつにて、夜は左右に臥し起きするも、あはれに思ひ出でられなどして、心もそらにながめ暮らさる。 立ち聞き、かいまむ人のけはひして、いといみじくものつつまし すびつ 十日ばかりありて、まかでたれば、父母、炭櫃に火などおこして待ちゐたりけり。車より下りたるをうち見て、「おはする時 こそ人目も見え、さぶらひなどもありけれ、この日ごろは人声もせず、前に人影も見えず、いと心ほそくわびしかりつる。かう てのみも、まろが身をば、いかがせむとかする」とうち泣くを見るもいと悲しつとめても、「今日はかくておはすれば、 内外人 多く、こよなくにぎははしくもなりたるかな」とうちいひて向ひたるも、いとあはれに、なにのにほひのあるにかと涙ぐまし う聞こゆ。 (「更級日記」より) 2

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古文 高校生

黄色の蛍光ペンの所、解説では主語が変わっていますが、それってどーやったら分かりますか? 特に 御 という感じを使った人が出ていなくて(リード文で)分からなかったです。

次の【文章Ⅰ】は、鎌倉時代の歴史を描いた「増鏡』の一節、 【文章Ⅱ】は、後深草院に親しく仕える二条という女性が書い た『とはずがたり」の一節である。 どちらの文章も、後深草院(本文では「院」)が異母妹である前斎宮(本文では「斎宮」)に恋慕する 場面を描いたものであり、【文章Ⅰ】の内容は、【文章I】の6行目以降を踏まえて書かれている。【文章Ⅰ】と【文章Ⅱ】を読んで、 後の問い(問1~4) に答えよ。 なお、設間の都合で【文章Ⅱ】の本文の上に行数を付してある。(配点 50 ) 【文章Ⅰ】 →問4⑥① H 院も我が御方にかへりて、うちやすませ給へれど、まどろまれ給はず。ありつる御面影、心にかかりておぼえ給ふぞいと わりなき。 「さしはへて聞こえむも、人聞きよろしかるまじ。 いかがはせむ」と思し乱る。 御はらからといへど、 年月よそにて生 ひたち給へれば、うとうとしくならひ給へるままに つつましき御思ひも薄くやありけむ、なほひたぶるにいぶせくてやみ なむは、あかず口惜しと思す。 けしからぬ御本性なりや。 なにがしの大納言の女、御身近く召し使ふ人、かの斎宮にも、さるべきゆかりありて睦ましく参りなるるを召し寄せて、 「なれなれしきまでは思ひ寄らず。ただ少しけ近き程にて、 思ふ心の片端を聞こえむ。 かく折よき事もいと難かるべし」 Bせちにまめだちてのたまへば、いかがたばかりけむ、夢うつつともなく近づき聞こえ給へれば、いと心憂しと思せど、あ えかに消えまどひなどはし給はず。 →問4個○ 【文章】 1 斎宮は二十に余り給ふねびととのひたる御さま、神もなごりを慕ひ給ひけるもことわりに、花といはば、桜にたとへて も、よそ目はいかがとあやまたれ、霞の袖を重ぬるひまもいかにせましと思ひぬべき御ありさまなれば、ましてくまなき御心の 内は、いつしかいかなる御物思ひの種にかと、よそも御心苦しくぞおぼえさせ給ひし。 御物語ありて、神路の山の御物語など、絶え絶え聞こえ給ひて、 「今宵はいたう更け待りぬ。 のどかに、明日は嵐の山の禿なる梢どもも御覧じて、御帰りあれ」 など申させ給ひて、我が御方へ入らせ給ひて、いつしか、 「いかがすべき、いかがすべき」 問4 (①④ と仰せあり。 思ひつることよとをかしくてあれば、 「幼くより参りししるしに、このこと申しかなへたらむ、 まめやかに心ざしありと思はむ」 10 など仰せありて、やがて御使に参る。ただやおほかたなるやうに、「御対面うれしく。御旅寝すさまじくや」などにて、忍びつ つ文あり。氷襲の薄様にや、 「知られじな今しも見つる面影のやがて心にかかりけりとは」 更けぬれば、御前なる人もみな寄り臥したる。御主も小几帳引き寄せて、 御殿籠りたるなりけり。 近く参りて、事のやう奏 すれば、御顔うち赤めて、いと物ものたまはず、 文も見るとしもなくて、うち置き給ひぬ。 「何とか申すべき」 →問4⑥◯① と申せば、 「思ひ寄らぬ御言の葉は、何と申すべき方もなくて」 とばかりにて、また寝給ひぬるも心やましければ、帰り参りて、 このよしを申す。 「ただ、寝たまふらむ所へ導け、導け」 20責めさせ給ふもむつかしければ、 御供に参らむことはやすくこそ、しるべして参る。 甘の御衣などはことごとしければ、御 大口ばかりにて、忍びつつ入らせ給ふ。 まづ先に参りて、御障子をやを開けたれば、ありつるままにて御殿籠りたる。 御前なる人も寝入りぬるにや、音する人もな く、小さらかに追ひ入らせ給ひぬる後、いかなる御事どもかありけむ。 問4⑥〇 5 AJ (HF) 条が幼いときから完の剣近くにいたことを旨す。

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古文 高校生

忠度都落ちというプリンとなんてすが日記で読めばわかると言われました。ですが(3)、(4)が読み取れませんでした。わかる方いますか?

エキスパートB 一一八三年一月××日 ●日記を読んで次の問いについて考察しよう。 今日もたくさんの弟子が私を訪ねてきた。 平家一族が栄華を極めるいま、貴族社会では和歌が盛んだ。私は和歌の として、平家一族をはじめ、多くの人に和歌を教えてきた。私の息子である定家と家隆も和歌の才能が開花し、今 おおいに活躍してくれるだろう。 一一八三年 二月××日 弟子の うれしいことがあった。なんと、あの後白河上皇が「千載集」という勅撰和歌集をおつくりになるそうだ。私はその撰者 に任命された。息子の定家の助けを借りながら歌を選ぼう。九八九年以降の優れた歌を掲載するのが私の役目だ。 一一八三年 五月××日 大事件だ。源義仲が率いる源氏の兵士達が、平氏の支配する都に攻め込んでくるそうだ。私の弟子には平氏がいる。 都と平家一族はどうなってしまうのだろうか。いやいや、私たちだって例外ではない。都の五条京極に住んでいる以上、 戦乱に巻き込まれる可能性はある。 世の中が乱れ、勅撰和歌集の制作は中断せざるをえないだろう。 一一八三年 六月××日 平家一族は都から逃げ落ちることが決まったそうだ。平家は、支配下にあった機関や家を焼きはじめた。攻め込んで くる源氏が、家財を略奪するのを防ぐためだそうだ。しかし、黒い噂も聞こえてくる。どうやら平家は関係のない家 にまで火を放っているそうだ。私の家も警戒せねば。平家に目をつけられないよう、門を固く閉ざしておこう。 一一八三年 七月××日 とうとう源義仲が都に攻め入ってきた。 平家一族は都から去り、逃げているところだろう。 源氏に捕まれば殺されて しまう。私の弟子たちは無事だろうか。 あの平忠度という弟子、いまは平家のために命懸けで戦っているが、平和な時 代に生まれれば、優れた歌人として歴史に名を残したであろうに。惜しいが、もう会うこともできないだろう。これか らは源氏の時代だ。 一一八三年 八月A日 家中が騒がしい。どうやら誰かが訪れてきたようだ。平家と関わると源氏からどんな罰を受けるか分からない。平家 (教科書本文と史実に基づいていますが、この日記はフィクションです。) の者ではないといいが・・・ 1「都」とはどこか。 現在の都道府県名で答えよう。 富山県京都 この日記を書いたのは誰か。どこに住んでいるか。 現在の都道府県名で答えよう。 藤原俊成 京都 BA月4日に書き手を訪ねてきたのは誰か。教科書本文を参考に書こう。 この日記の書き手は、平氏に対してどのような気持ちを抱いているか考察しよう。

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