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古文 高校生

枕草子「御前にて人々とも」 最後の一文なんですけど、なぜ謙譲語の「啓せ」の敬意の方向が使いでなはく作者(清少納言)から中宮定子へ向けての敬語、「参らせ」が作者(清少納言)から使いではなく中宮定子に向けてなのでしょうか?  「参らせ」の方は直前の尊敬語「給へ」で作者である清... 続きを読む

まへ 御前にて人々とも 御前にて々とも、また、もの仰せらるるついでなどにも、「世の中の 腹立たしう、つかしう、片時あるべき心地もせで、ただ、いづちもいづ ちも行きもしなばやと思ふに、ただの紙のいと白清 なるに、よき筆、 しきし ② みちのくにがみ 白き色紙、陸奥紙など得つれば、こよなうなぐさみて、さはれ、かくてし ③かうらいばし むしろ ばしも生きてありぬべかんめりとなむおぼゆる。また、高麗端の莚、青う こまやかに厚きが、縁の紋いとあざやかに黒う白う見えたるを、ひき広げ て見れば、何か、なほこの世はさらにさらにえ思ひ捨つまじと、命さへ惜 しくなむなる。」と申せば、「いみじくぼかなきことにもなぐさむなるかな。 をばすてやま 姨捨山の月は、いかなる人の見けるか。」など笑はせ給ふ。 候ふ人も、「い みじうやすき息災の祈りななり。」など言ふ。 のち さて後、ほど経て、心から思ひ乱るることありて、里にあるころ、めで たき紙二十を包みて賜はせたり。仰せ言には、「とく参れ。」などのたまは ⑤⑤ ず みやう 寿命経もえ書くましげにこそ。」と仰せられたる、いみじうを ひ忘れたりつることを、思しおかせ給へりけるは、なほただ人にてだに、 をかしかべし。まいて、おろかなるべきことにぞあらぬや。心も乱れて、 啓すべきかたもなければ、ただ、 よはひ 「かけまくもかしこきかみのしるしにば鶴の齢となりぬべきかな 5 あまりにやと啓せさせ給へ。」とて参らせつ。 お * さぷら (第二百五十九段) 10.

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古文 高校生

問一の質問なのですが、なぜロは連体形になるはずなら願望の終助詞ではないとわかるのですか?

傍線部と文法的に異なるものを一つ選べ。 せきもり よひよひ も 人知れぬわが通ひ路の関守は宵々ごとにうちも にしき む 龍田川もみぢ乱れて流るめりわたらば錦なかや絶えなむ とやま かすみ のへ 高砂の尾上の桜咲きにけり外山の霞立たずもあらなむ さみだれ 一言を君に告げなむ時鳥この五月雨に闇にまどふと 問二傍線部2と文法的に同じものを一つ選べ。 イ男、都へいなむと言ふ。 ざえ 口 太政大臣、いとよき人なれども才なむなき。 入らせ給はぬさきに雪降らなむ。 若宮など生ひ出で給はば、さるべきついでもありなむ。 「塩竈に」の歌の内容として正しいものを一つ選べ。 あさなぎ 塩竈にはいつやって来ることができるだろうか、朝凪に釣りをする 船はこの私を乗せに立ち寄ってくれたらいいのに。こう思ってしまう ほど、ここの景色は私が見た塩竈のすばらしい景色に似ているなあ。 塩竈にやって来たのはいつだったのだろうか、朝凪に釣りをする船 はこの景色を見にここへ立ち寄ったのだろうか。こう思ってしまうほ ど、ここの景色は私が見た塩竈のすばらしい景色に似ているなあ。 塩竈にいつの間にやって来たのだろうか、朝凪に釣りをする船はこ の景色を見るために立ち寄ってほしい。 こう思ってしまうほど、ここ の景色は私が見た塩竈のすばらしい景色に似ているなあ。 塩竈にはいつかやって来ることがあるのだろうか、朝凪に釣りをす る船は私たちをみな乗せに立ち寄ってもらいたい。 こう思ってしまう ほど、 ここの景色は私が見た塩竈のすばらしい景色に似てい かもがわ 問一 むかし、左のおほいまうちぎみいまそかりけり。 賀茂川のほとりに、六条 いらっしゃった 左大臣が かんなづき わたりに、家をいとおもしろく造りて住み給ひけり。十月のつごもりがた、 趣深く 月末の頃 菊の花うつろひさかりなるに、紅葉の千種に見ゆる折、親王たちおはしまさ 来させなさって 咲き誇っているうえに せて、夜ひと夜、酒のみし遊びて、夜あけもてゆくほどに、この殿のおもし この邸の趣深いこと 一晩中 きをほむる歌よむ。そこにありけるかたゐ翁、 板敷きのしたにはひありき いやしい老人が て、人にみなよませ果ててよめる。 塩竈にいつか来にけむ朝なぎに釣する舟はここによらなむ となむよみけるは、奥の国にいきたりけるに、あやしくおもしろき所々おほ 不思議な かりけり わがみかど六十余国の中に、 塩竈といふ所に似たるところなかり けり。さればなむかの さらにここをめでて、「塩竈にいつか来にけむ」 とよめりける。 「伊勢物語」 左のおほいまうちぎみ・・・左大臣 源融を指す。 かた・・・を指すという。 塩・・・奥の名所内にこの景色を写して造った。 11 ニ 問三 ハ 11 ほととぎす

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国語古文です。  動詞の行は例えば「あり」だと”ず”をつけて「あらず」となるので、”ず”の一個上の”ラ行”になる、 また、同様にして「聞く」だと”ず”の一個上のカ行になります。そのためこれらと同じように考えると「蹴る」の行は「蹴らず」となり”ず”の一個上の”ラ行”になると思... 続きを読む

4 下一段活用 口語でラ行五段に活用する「蹴る」という動詞は、文語では以下のように活用する。 基本形 語幹 未然形 行 終止形 連用形 連体形 已然形 命令形 ける。けるけれ こと (言い切る) けで る たり 下に続く主な語 未然形 ①鞠を蹴むと思ふ心つきて、 連用形 ② ここなんと思ひてはたと蹴たり。 終止形 ③ さと寄りて一足づつ蹴る。 連体形 ④鞠を蹴る事か。 まりこ 已然形 ⑤ 円子川蹴ればぞ波はあがりける。 すまひ 命令形 ⑥ この「尻蹴よ。」といはるる相撲は、 ポイント SESR けで 4 とき 9T けよ (命令で 言い切る) カ (古今著聞集) (新花摘) (落窪物語) (浮世物語) (源平盛衰記) (宇治拾遺物語) 語尾がe段の一段に活用し、終止形・連体形に「る」、已然形に「れ」、 命令形に「よ」を伴い、語幹と語尾の区別がない。 5 下二段活用 口語でか行下一段に活用する「上げる」という動詞は、文語では基本形が「上ぐ」で、 以下のように活用する。 基本形 語幹 トライ - → 下一段活用の特徴 (2) (1) a段段 JSK 未然 連用 終止 連体 en 已然 命令 鞠を蹴ろうと思う気持ちがとりついて、 きっとここだろうと思ってぱっと蹴った ぞうしき ③ さっと寄って(雑色たちがそれぞれ一 ずつ蹴る。 を蹴ることであるか。 ⑥ 円子川の水をその名のように鞠を蹴 うに) 蹴ると波があがった。 ⑥ この「尻を蹴れ」といわれる相撲取りは 2 口語にも「蹴散らす」「蹴とばす」 「落とす」のように、複合語のなかに 下一段活用であった跡が見られる。 「蹴る」の活用表を完成させよ。 下一段の動詞を一語答えよ 下二段活用の特徴 e段 CO SK eeee 0段 eる eる

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古文 高校生

このプリントの答えがわかる方がいらっしゃれば教えてください😭 数が多くて申し訳ないのですがよろしくお願いします🙏

番 古典探究「雪のいと高う降りたるを」 雪のいと高う降りたるを、A例ならず御格子参りて、炭櫃に火おこして、物語などしてB集まり候ふに、 「C少納言よ。 香炉峰の雪いかならむ。」 と仰せらるれば、御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、D笑はせ給ふ。 巨人々も「Fさることは知り、歌などにさへ歌へど、G思ひこそよらざりつれ。なほ、Hこの宮の人にはIさべきなめ り。」 と言ふ。 1 読み仮名 御格子 炭概 候ふ 御簾 2 語句の意味 参る 例ならず 候ふ . 3 文中の状況はどのようなものか、整理せよ。 4 傍線部A、Gをわかりやすく口語に改めよ。 5 傍線部Bについて、敬語を抜き出し、その種類、敬意の方向を答えよ。 6 傍線部Cは「遺愛寺鐘敵枕聴、香炉峰雪撥簾看」を根拠とする、誰の詩の一節か。 7 また、この詩の内容を踏まえた時、傍線部Cのように言葉を発した意図がわかる。 何か、その意図をわかりやすく説 明せよ。 傍線部Dの主語、またEがどのようか かを答えよ。 り 傍線部Fは何を指すか。 傍線部Hは誰を指すか。 傍線部文法的に説明せよ。 添加 文中より天下の副助詞を抜き出せ。 右の文の入る作品は何か。また著者名を答えよ。

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この古文を解答解説願います。 自分古典が苦手なので少し解説も入れて頂けるとうれしいです。

次の文章は「小夜」の一節で、今は宮の妃となっている大納言の君の出産前後の様子を描いたものである。かつて、 である大納言の北の方からげられていた姫君は、北の方の発案で異母妹の 女の女房として参内していた時に、当時の から思いを寄せられたことがあった。 梅壺女御は君に嫉妬し、北の方は悪計をめぐらして君を帝から遠ざけたが、その後すべ てが明るみに出たため、北の方は周囲から非難されることとなった。 これを読んで、後の問いに答えよ。 御産も近くなりぬれば、さのみさておはしますべきならねば、大納言のもとに、玉・鏡のごとく磨き立て、出てくれば、春 官は、 つれづれ思わびけり。 そのほどに、御息所さる御気色なりければ、母上よりはじめ、大納言殿、うち騒ぎあひたる。 折りの都・ 集まり、心を尽くしあひたり。春宮、いかならんと思しやるに、あらましごととも御胸騒ぎておぼえ給ひつつ、御 よりしげし。 正、参り (注3) ひ、雨の脚 さて、いたくもなやみ給はで、夜中過ぐるほどに生まれ出で給ひてうち泣き給ひつるに、人々、うれしなどいふばかりなし。 大 (注1) 納言殿、まづ 「なにぞ」とのたまへば、「若宮」と申すに、うち笑み給へり。御祈りの僧どもにも抜け物ありて心地よげなり。 春宮もかくと聞き給ふに、たひらかならんだにうれしかるべきを、若宮と聞き給ふに、うれしなどいふばかりなくおはしける。 やがて御佩刀参らせ給へり。 御兄人の弁少将、取り入るる気色も、心地よげなり。まして御産などめでたし。 三日、まづ院よ うぶやしなり り心を尽くし給へれば、などかおろかならん。 五日・七日などは、我も我もと、残る人なし。 は、かかることども聞き給へるにつけても、父君、また世の人々も、いかに思ふらんと身のうさのみ置き所なし。 つらしとも人をばいかがうらむべき身のうさのみぞうきと知らるる 御乳母などは、かかるめでたきことども見聞くにつけても、くちをしく思ふ。 かくめでたきことに含ひののしらんと思ひしを ひきかへて数ならず思ひ落としし人はかくいみじき御さいはひにて、わが君はあるにもあらで過ぐし給ふ世のならひも心うく、 なにしに見しままのことも言ひ出だしけんと、おのがどちは、「我が身 」「人の巻」などさへ言ひ腹立つぞをかしきや。 (注1) 北の方も、 かく世に を聞き給ふにも、梅壺の、などかかるめづらしきことをだに、し出で給はざりけん、 そ 御息所ここでは春宮の妃の敬称。 きじょう 2 母上 母親代わりとして君の世話をしている。 宰相の君と呼ばれる人物。 3 3 あらしごとども御胸騒ぎておぼえ給ひつつ 春宮が御息所の出産について気をもんでいる様子を表現している。 「なにぞ」とのたまへば、「若宮」と申すに は姫君が出産した子の性別を尋ねる言葉。「若宮」は、ここでは 「なにぞ」 出産した子が男児であることを答えた言葉。 5 御佩刀 誕生した若宮に贈られるものである。 守り刀。 6御産養 五・七・九日目の夜に、新生児の縁者によって催される祝宴 「産養」とは、誕生の日から三・ 7 梅北の方が悪計をめぐらして姫君を帝から遠ざけたことが明るみに出たため、帝が退位した後、宮中から退出している。 御乳母 梅壺女御の乳母。 6 なにしに見しままのことも言ひ出だしけん 梅壺女御に仕える女房たちは、君の部屋に入る帝の姿を見咎め、それを 壺女御や北の方に報告することがあった。 北の方が悪計をめぐらして君を帝から遠ざけたのは、この報告がきっかけとなっ (注1) (9) 356 SCA (31) んかすんどろ れさへ嘆かれ給ふ。 80 せうと (注10) (注2) 454

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古文 高校生

模試で古今著聞集を解いたのですが文章で出てくる位がよくわからないです。 中納言と右大弁は兼任できるのですか。 正三位と中納言はどちらの方が偉いのですか。 なぜ正三位になったら左大弁になれないのですか。 誰かお願いします😭😭

選択肢】 冒頭に「歌合せでは」とあって、歌合せの場合だけに限定してい が正しいとすると、「歌合せ」以外の場では歌の表現に注意しなくてもよいと になってしまおう。 ここでは、話題を「神の前で詠む和歌」に限定しているのが不適。【文章Ⅰ】 の前で詠む和歌」の作法は話題になっていない。 ②と同じく、話題を「歌合せ」に限定しているのが不適。 は⑩。 したように、【文章Ⅰ】の主題は、「和歌を詠むときには、その和歌の内容が の前に かもしれないので、その表現に注意しなければならない」ということであっ を踏まえて、浜の南の宮が焼けたことと、生徒Aの発言中の 南の宮作り改めてけり夜半の白雪」という表現は、本当は雪が降って浜の 段と違って見えるということを詠んだだけだけど」 とあることから解いてい る。 「浜の南の宮作り改めてけり夜半の白雪」は雪の降った翌朝の景色が普 と詠んだのだが、「作り改めてけり」が浜の南の宮が焼失して作り直すこ を暗示する表現になっていたために、本当に火事になってしまったという話 前の実綱の国の歌で述べたことを補強している。 以上を踏まえると、「浜 が近い将来作り直されることを暗示するような表現」が正解と判断される。 「涙の南の宮の改修は神の望みである」、③「浜の南の宮がどんな災害をも回避す ⑨「浜の南の宮の修理は順調に進行する」は、「文章Ⅰ】 の本文にそれと相当す 実守中納言は、宰相の中将でいらっしゃったが、東宮坊に勤めたことに対する賞で 正三位に昇進なさったので、 実綱は)左大弁になる順番を追い越されてしまった。「こ の歌のせいだろうか」と、当時の人々は噂しあっていたということだ。 本当に詩歌の道 はよくよく考えなければならないことである。昔もこのような例はたくさんあったので しょうか。 同じ広田神社)歌合せで、「社頭の雪」という題の歌) 女房の佐が詠みました 歌は、 今朝見ると、浜の南の宮を作り直してしまったのだなあ。 夜半の雪によって。 この歌が詠まれた)後、再び浜の南の宮は焼けておしまいになった。 これも歌の徴候 が現れたものだろうか。 あの実績の中納言は、弟の実房・実国などに官位を) 追い越されなさったときは、 どうして私たち一族は序列が乱れているのだろうか。 羨ましいのは(列を乱 さないで飛ぶ) 秋の雁たちだ。 このようにお読みになったのは、たいそう殊勝なことで、恨みはそのように深かっただ ろうが、誠信が、弟の斉信に追い越されて、目の前で悪行の報いで死後に苦悩の世界に 赴くことを心に決めて恨み死にをなさったのとは似ていないだろうか。 【文章】 斉信民部卿が宰相の当時、才能が人より) 優れていることによって、兄の誠信の君 を追い越して、 中納言におなりになったので、 誠信は、我が身の失態を忘れて、目の前 の恨みに耐えられないで口惜しいとお思いになったのだろうか、七日目の日に、恨み死 にでお亡くなりになった。 (誠信は) 手を握ってお亡くなりになったが、恨みの) 心が 強かったからだろうか、指の爪が、 みな甲へと突き抜けていたということだ。 弟に官位を追い越されることは、帝王や、臣下をはじめとして、その例は少なく ない。 直ちに、これほどまでのことがあるだろうか(いやない) と、 恐ろしく思えるこ 三条内大臣公教会のご子息である、 実綱中納言は、弟の君達である、 実房、 実国など に追い越されて、 どうして私たち一族はこのよう (に序列が乱れているのだろうか。羨ましいのは (列を乱さないで飛ぶ) 秋の雁たちだ。 などとお休みになったとかいうことも、実綱の) 恨みはたいそう深くお感じになって いたのだろうが、このようなこと(=誠信のように恨み死にをすることはなかった。 誠信が目の前の現世)における悪行の報いで死後に苦悩の世界に赴く報いを実感な とだ。 +2 ●現代語訳 【文章Ⅰ】 同じ(承安二年、この(二年前の住吉大社の)歌合せの行事を広田大明神が、海の 上から羨ましくお思いになっているということを、二、三人が同じように夢として見申 し上げた。 道因がそのことを聞いて、また(二年前と同じように)人々の歌を請い求め 歌合せを開催した。歌合せの題は、「社頭の雪」「海上の眺望」「述懐」が、このよう <= 人々の歌を請い求めての歌合せ〉であった。これ<=この歌合せ>も藤原俊成が判者を つとめた。「述懐」の歌に、二条中納言実綱卿が左大弁のとき、宰相の教長入道と歌合 の相手として組み合わせて、 のりなが 「位山を上る」という「上る」ではないが、位が上がれば人に追い越されてしま う我が身であるよ。(古歌に「最上川のぼればくだる」とあるが、私は) 最上川 を漕ぐ舟ではないのになあ。 その 実綱)は、四位・五位だった期間は重要な役職を経験することなく、弟たち二 人に位階を追い越されて哀れな境遇になっておられたが、仁安元年十一月八日、蔵 人の頭に任命されて、 同じ (仁安) 二年二月十一日、参議に就任して右大弁を兼任した。 同じ(仁安) 三年八月四日、従三位に就任した。 嘉応二年正月十八日、左大弁に転じた。 昔の哀れな境遇のとき)の恨みも解消するくらいに、このように次々と続いて昇進な さっていたのに、この歌<=「位山のぼればくだる..…」 の歌〉をお詠みになったのは どのようにお思いになったからだろうか。こうしている間に、同じ(承安) 三年正月六 さったというのは、本当につまらないことと思われる。 顕基中納言が、いつも「罪がないのに流罪になって)、配所の月を見たかったなあ」 とおっしゃっていた状況には(誠信の死に方は) 似ていらっしゃらなかった <=違って いらっしゃった〉。 実に適切な仏道に人を導いてくれる機縁となる物事に出合えていな がら、(誠信が命を落としてしまったのは、無意味なことではないか。 これだけではなく、寛算が死後悪霊となり (祟りをなしたことや)、清和天皇が、前 世で、法華経転読の功徳を自らの極楽往生のために用いないで、伴善男に対する復讐 のために用いることを誓って死んだ (こと) は、恨みが深いためである。 ともよしお ふくしゅう

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論議に逢ひ給ひたりける の部分の、論議に の、(に)は、どう訳せば良いでしょうか。  儀式の名前の下の(に)の訳し方がわかりません。

ふうていしょう 第3問 次の【文章Ⅰ】は、藤原俊成の歌論書『古来風躰抄』の一節である。また、【文章I】は、 は 葉』の一節で、「芹つみし・・・・」の歌が、一説として以下の故事に依っているということを述べたも 問い(問1~6)に答えよ。 (配点30) 【文章Ⅰ】 「ぎゃうぎぼさつ ちくわう (注1) けうま 行基菩薩、まだ若くおはしける時、智光法師に論義に逢ひ給ひたりけるを、智光少し驕 ひたりと思へる気色なりければ、歌を詠みかけられける。 (注2) まふくだ かたばかま 真福田が修行に出でし片袴我こそ縫ひしかその片袴 H きぶく かく言はれて、 「二生の人にこそおはしけれ」と、帰伏しにけり。この事は、行基菩薩の前の身 (注4) かしづ ひけれど、国の大領などいふものにやありけん。その家の娘のいみじく傅きけるが、かたちな わらは する女のありけるが、子に真福田といふ童ありけり。 十七、八ばかりなりけるが、その家の娘 よし ぬべくなりにける時に、母の女その由を問ひ聞きて、「我が子生きて給ひてんや」と油 さき

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受可自尊の助動詞る、らるについてですが、受け身なのか尊敬なのかが分かりません。そのせいで内容が取れていない気がします。最初に出てくる歌の前の文で、歌を詠みかけられける。という部分がありますがこれは歌をお詠みになった なのか歌を詠みかけられたという受け身の意味なのかわかりませ... 続きを読む

ふうていしょう 第3問 次の【文章Ⅰ】は、藤原俊成の歌論書『古来風鉢抄』の一節である。また、【文章Ⅱ】は、鎌倉時代初期の歌学書『和歌色 葉』の一節で、「芹つみし・・・」の歌が、一説として以下の故事に依っているということを述べたものである。これを読んで、後の 問い(問1~6)に答えよ。 (配点 500) 【文章Ⅰ】 ぎゅうぎぼさつ 行基菩薩 まだ若くおはしける時、智光法師に論義に逢ひ給ひたりけるを、智光少し驕慢の心にやありけん、若き敵に逢 ひたりと思へる気色なりければ、歌を詠みかけられける。 (注2) ふくだ かたばかま 真福田が修行に出でし片我こそ縫ひしかその片袴 おほかた かく言はれて、「二生の人にこそおはしけれ」と、帰したけり。この事は、行基菩薩の前の身に、大和の国なりける長者とぞい ひけれど、国の大領などいふものにやありけん。その家の娘のいみじく傅きけるが、かたちなどいとをかしかりけるを、門守 78 する女のありけるが、子に真福田といふ童ありけり。 十七、八ばかりなりけるが、その家の娘をほのかに見て、人知れず病にな りて、死ぬべくなりにける時に、母の女その曲を問ひ聞きて、「我が子生きて給ひてんや」と洩らし言ひたりければ、娘、「大方 はやすかるべきやうなる事なれど、無下にその童ざまにては、さすがなりぬべし。さるべからん寺に行きて、法師になりて、 学問よくして、才ある僧になりて来たらん時逢はん」と言はせたりければ、かくと聞きて、急ぎ出で立ちける。 「童の着るべかり ける袴持て来。我縫ひて取らせん」と言ひければ、母の女喜びながら、忍びて参らせたりけるを、片袴をなん縫ひて取らせたり ける。さて、寺に行きて、師につきて学問を夜昼しければ、二、三年ばかりに、味の妹の智者になりにけり。さて、後来たりけ れば、「今宵」と言ひて逢ひたりける程に、この娘、にはかに消え入るやうにて亡くなりにけり。法師あさましく悲しく覚えて、 寺に帰りて、道心深く起こしていよいよ尊くなりにけり。されど、我が童名「真福田」といふこと、僧の中には、さしも知らせ ざりけるを、年経て、行基といふ若き智者の出で来たりけるに、論義にあひたる程に、その昔名をかく言ひて、「我こそ縫ひし のち その片袴」と言ひけるに、思ひ続くれば、「我がもと道心起こし始めし女は、即ち、この行基にこそおはしけれど、我が身を き僧となさむとて、しばし仮に彼の女と生まれて見えたりける」と心得るに、尊く、めでたくも恥ぢも覚めるなり。知識け まこと 真に大の因縁なるものなり。 【文章Ⅱ 】 ごと 芹つみし昔の人も我が如や心にものはかなはざりけむ (注6) (注7) まぼ おうな ある説には、昔、大和国に猛者ありけり。 山をつき池をほりていみじき事どもを尽くせりける。 門守りの嫗の子に真福田丸と いふ童、池のほとりに行きて芹をつみけるに、猛者のいつき姫君出でて遊びけるを見て、この童おほけなき心起こりて、病に 臥しにけるを、姫君もれ聞きて、「あはれにやすき事なり。早く病をやめよ」と言はせければ、童喜びて起きゐぬ。姫君の言ふや う、「忍びて文通はさむに、手を習へ」と言へば、童ほどなくて習ひつ。また言はく、「父母死なむこと近し。 その後は何事も沙 せむに、文字知らざらむ、 わろし。 学問せよ」と言ふ。童学問してうるほひぬ。 また言はく、「忍びて通はむに、童は見苦し。 「法師になれ」と言ふに、やがてなりぬ。 また言はく、「その事となからむ法師を近づけむもあやしかりなむ。経どもをよめ。 祈り せさするやうにてもてなさむ」と言へば、よみつ。また言はく、「なほいささか修行せよ。護身なんどせさするやうにて近づけ む」と言へば、修行に出で立つ日、姫君あはれみて藤の袴を調じて取らするに、片袴をばみづから縫ひつ。これを着て修行しあ りく程に、帰りて聞けば、 姫君そのまにうせにけり。 これを聞きて深く道心を起こしてひとへに極楽を願ひて往生しぬ。 弟子ど も後の事に行基菩薩を導師に請ひたるに、礼盤にのぼりて言はく、「真福田丸が藤袴、 我ぞ縫ひし片袴」とばかり言ひて、異事も 言はでおりぬ。弟子あやしみて問ひければ、「亡者智光は必ず往生すべきものの、はからざるに世間に貪着して悪道に行かむと せしかば、我方便してかくはこしらへいれたるなり」となむありける。姫君は行基の化身なり。行基菩薩は文殊の変化なり。真 福田丸は元興寺の智光なりといへり。 とんちゃく GN (注8) 1 -79-

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