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古文 高校生

☆高校古典です☆ 写真にある5の①、③、④についてなのですが ①下線部には漢字で「事」と書いてあるのですが「こと」と書き変える理由 ③私は「その中に本光る竹が一筋ありける」と書いたのですが解答には「その中に本光る竹が一本あった」と書いてあるのですが、なぜ、一筋ありけるではダ... 続きを読む

【練習ドリル】 4 次の傍線部の活用形を答えよ。 ① 酔ひたる人憂さを思ひ出でて泣くめる。 ②夜は誰と寝む。 ③ 稲妻の光の間にもわれや忘るる。 ④その人、かたちよりは心なむまさりたりける。 ⑥散ればこそいとど桜はめでたけれ。 ① 連体 連体 形 ⑤ 5 次の例文の傍線部を口語訳せよ。 ①われをつらしと思ふ事やある。 ②もののあはれは秋こそまされ。 もと 2 その中に光る竹なむ一筋ありける。 連体 形 形 ③ 連体 形 EDC ④ 山の名を何とか申すと問ふ。 ⑤ 花とて飽かずむることやはある。 ① ⑤ われをつらしと思う事があるか。 ②もののあはれは秘がまさる。 ③その中に本光る竹がありける。 山の名を何と申し上げるのかと問ふ。 花とて飽かか眺めることがある、いや、ない。 【基本ドリル】の解答 ①連体 ② 已然 雨が降る。 ② 雪が降る。 鳥が鳴くか。 in 鳥が鳴くか、いや、鳴かない。

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古文 高校生

京極中納言相語の質問です。上段では寂蓮入道は勅ばれる側だったのに急に下段では撰ぶ側になっているのですが何故ですか?勝手に立場が代わられたら主語を取るのが大変です。

和歌は、ただ初めの五字(=初句) から終わりの七字(=結句) まで、そうだそうだと思われることを詠んでいるものがよいので ある。寂蓮入道の歌に、次のような歌がある) 尾上より…...=山の峰から門前の田んぼまで吹き通って来る 秋風にのって、稲葉の上を吹き渡ってくる雄鹿の声よ (作者寂蓮はこの歌について) 格別に自分でも感嘆する気持ちが あって、『千載集』が選ばれたとき、どんなことがあっても入集す るはずの歌だという旨を申し出たのだが、撰者(=藤原俊成)は、 「(趣向の)おもしろい歌である。 この歌は道理に合わないわけ ではないが、後代の和歌を損なうような歌である。入集すること はできない」と申し上げなさったところ、 作者 (寂蓮)は、「その ままこの和歌一首を入集させたとしても、なんの不都合もあるま い」ということを、泣きながら申し上げたので、私(=藤原定家) の推薦枠として入集を申し入れ実現をみた。 ところが、最近、「海 辺の鹿」という題の歌)に、「松の枝もるさを鹿の声」とありま したのは、この(寂蓮の作品と)同じ趣向でありました。 「月だに 「つらき浦風に」といっているその「浦風」という言葉だけが海辺 に関わるものですが、 そのほかは「海」を指すものは何もない。 また、「松の枝もる」などとあります下の句も、鹿の声はどうして 松の木の枝をもれてくるのか、納得しがたい。そのころ、 (藤原) 家隆の歌に、 時雨ふる….……..=時雨の降るころになると、雄鹿の表面の毛に ある星(=白い斑点)も、まっ先に冬毛に変わるためにいろ つやがなくなり曇って見えることだ とあったのを、作者(家隆)は、うまく詠んだとお思いになって いたが、(俊成) 入道は、「これも理屈は通っている。 (鹿の毛が) 冬毛に変わるころに、表面の毛の星(=白い斑点)が曇っている というところは(趣向が) おもしろい」と言われたが、優れた歌 であるとはなさらなかった。 そういうわけで、(和歌は)どうあっ ても趣向のおもしろさをねらうべきものではないと(私として も)思うのです。加えて、(父俊成が寂蓮の歌について、後 代の) 歌を損なうだろうと申し残されたことが「松の枝もる」に ついても)当てはまるのである。 「稲葉を渡る」「松の枝もる」と いう言葉によっておのずから理解されるのである。

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